6-23 ライン王子
「やあ、久しぶりだね。ライン」
「お久しぶりです。ターロさん」
真っ白な空間。
どこを見ても薄く光っているので、どこまで続いているのか、壁があるのかどうかも全く分からない。
足元でさえ光っているので立っているのか浮いているのかも分からなくなる。
(ここは、魂の中か、、、)
目の前にラインがいた。
融合の後、どう呼びかけても何の応えもなかったので、ラインの自我は消えてしまったのだと思っていたがそうではなかったらしい。
「ターロさん。僕は本来消えてしまっていてもおかしくないのですが、、、気がかりなことがあって、どうしてもそれを確かめたくって、、、消えられずにいました」
「父親のことだね?」
大田太郎はラインと融合している。彼の事は何でも知っている。
ラインの気がかりとは、父、ラウシュの事だった。
大田太郎は彼の記憶を共有して驚いた。
ラインはラウシュと会話した事がなかった。
巨大帝国だとかで、世継候補が何十人もいる、というのならまだ分かる。
しかし彼らはお互いそれぞれがたった一人の存在なのに、だ。
ラインの方から話しかけようと何度も試みたが、その度にうまく避けられてしまい、終にはラインが、もう父との会話を諦めた。
ケパレー留学時に、仲睦まじく語り合うオルトロス親子をみて、少なからず衝撃を受けた。
墓所に父の態度の原因がある事には気付いていた。
母も分かっていたであろうが、それを口にはしなかった。
大貴族の出身である母の矜持が許さなかったのだろう。
しかし、母は精神を病んでいく。
そしてますます父と母は疎遠になってしまった。
ラインは自分の両親にもオルトロス一家のようになってほしかった、が、叶わなかった。
それは仕方ないにしてもせめて理由を知りたかった。
それをたった今、知った。
「そんな理由があったのですね。納得しました」
「ええ! あれで納得できちゃったんだ?」
「はい。母は、、、本当に気の毒ですが。 、、、父の気持ちも分からないでもありません。闇の中の孤独。望まぬ結婚。政治の犠牲。誰も悪くはありませんよ。まあ、父にはもっと柔軟に振る舞ってもらいたかったですけれどね」
そう笑って言うラインを見て、
「おまえ、、、器でかいな、、、」
こいつ、王様になってたら名君になれたのに、、、と思う大田太郎。
「いえ、そんな事はありませんよ。どっちにしろ死んじゃったんですし、どうにもならないじゃないですか、父も母も僕も。今更エーデルさんにあたったって何にもなりません」
「ま、まあそうだけれど、、、」
「ターロさん。ありがとう。あなたがあの日、僕にぶつかってくれたから真実を知ることが出来た。これで本当に消えられます」
「え? 消えちゃうの?」
「はい。ここまで残っていたのもきっと奇跡です。これ以上は本当に無理ですよ。僕が消えたら今度こそこの体はあなたのものです。大事に使ってください」
「、、、、何かごめん、、、一回死んじゃったし、、、」
プロクスにぶっ飛ばされたときの話だ。
「あはは、あれだって、リトスの吊下装飾具があるから、何とかなると分かっていたじゃないですか。ペンダントがなければもっと慎重に行動していたでしょ? 僕も全て共有しているんだから分かっていますよ」
「、、、そっか」
「でも、もうやめてくださいね。魔道具の性能を試したい、なんていう好奇心を優先させて死ぬなんて。あの時は心底、この人頭おかしい、って思いました、、、」
「、、、す、すみませんでした、、、」
全く反論できない大田太郎。
(あ、穴があったら入りたい、とはこの事か、、、)
「さあ、皆が心配しています。そろそろ戻りましょう」
「え? もう? 消えちゃうんだよ?」
「はい。もう大丈夫です。墓所の秘密もついでに知ることが出来たし、、、後はよろしくお願いします、、、特に、、、リトスを、、、、」
そう言うラインの輪郭がぼやけていった。
急に椅子の上で失神したターロを心配して皆がその周りに集まっている。
寝台へ移動させようとした、その時、
「ライン!」
と、叫んでターロが目覚めた。
「お、お兄様?」
元の自分の名前を叫ぶターロに何が起きたのか、理解が追いつかないリトス。
リトスばかりでなくここにいる者は皆、彼に何が起きたのか分からなかった。
ターロにも分かっていないのか、虚空に手を差し出したまま動かずにいたかと思うと、キョロキョロ辺りを見回している。
「そっか、戻っちゃったんだ、、、」
そう言って手を降ろし座り直して、心配で固まったままのドーラを撫でると、
「今ですね、俺の中に幽かに残っていたライン王子の自我と話をしてきたんですよ。 、、、彼は父に疎まれていたんじゃないかってずっと気にしていました。でも、そうではなかった事が分かってホッとしていましたよ」
「、、、ラウシュ、、あなたの息子は、本当に、いい子だったのですね、、、」
ターロの言葉を聞いたエーデルの目から、止め処もなく涙が溢れた。
「、、、お兄様、、、」
なんと声をかけるべきか分からず、ただ、リトスはボソリと呟いた。
ターロはそのリトスの頭にも無言で手をやる。
ターロの中のラインの気持ちはこの手を通じて彼女に伝わったようだ。
リトスはそっとターロの胸に額をあて、その中にラインの温もりを見つけて泣くのだった。