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其の男、異世界の木鐸となる  作者: 岩佐茂一郎
【第一部】第六章 盟主国 ”ケパレー”
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6-22 エーデル

「私も悪かったのです」


エーデルが俯いて言う。


眠りに就いているとは言え、暗闇の中で永遠とも思える長い長い時間続く孤独。


私は何のために生まれてきたのだろう?


何故、自らを封印した母を見張らなくてはならないのだろう?


微睡(まどろ)みの中でそう自問していたところへ現れたのは、ラウシュ。


契約の一族。


そういえば、歴代の王の中で結界を破って入ってきたのは彼が初めてね。


最初はおどおどしていたが、生来(せいらい)好奇心が強いのか恐る恐る話しかけてくる。


本来なら、何なら少しばかり脅しでもして二度と契約を破らぬように誓わせ追い出して再び結界を貼り直し、眠りに就くべきだったのだろう。


だが、微笑みを以て彼に応えてしまった。


そうしているうちに段々打ち解けて、


「え? 名前がない?! それはいけない!」


と、彼が付けてくれたのが、


"エーデル"


「、、、美しい響き、、、」


今まで名前がない事に、何の不便も感じなかった。


自分に話しかけてくる存在など母竜くらいだったが、それもただ、"娘よ"、と呼びかけるだけ、、、。


おかしな話だが、名付けられて初めて、生きている、という実感が湧いた。


名前を貰ってからは楽しい日が続いた。


彼は外の事を色々と話してくれた。


美味しいものも持ってきてくれる。


特に甘いものは、愉しみだった。


(ドラゴン)って甘いものに弱いのかな?)


そう思ってターロとメトド・アウロはドーラをちらっと見た。


ドーラはもうターロの膝の上で熟睡している。


夜だから仕方ない。


「私は再び結界を張る事も、眠りに就く事もなく、毎晩彼を待つようになっていました」


それどころか、闇に紛れて二人で墓所を出てしまう。


ラウシュと一緒に誰も来ない中庭で煌々たる月を見上げながら色々な事を話した。


彼の部屋の露台(バルコニー)で星空を見ながらのささやかなお茶会。


城を抜け出て遠出をする。


月明かりに照らされる湖での舟遊。


山の上から見る城下街の明かり。


何もかもが美しく楽しかった。


そんな時間は、勿論、永遠に続かない。


墓所の結界が破られてから何年かたったある日、ラウシュは暗い顔で階段を降りてきて、隣に座ると涙を流し始めた。


「エーデル、、、私は、王になんてなりたくなかった、、、。だが、この国の王にならなければ、君に逢う事は出来なかった、、、ああ、、、」


「どうしたのですか?」


「大臣達から、、、結婚を進められている。世継がない事をうるさく責めるのだ」


「結婚?」


「ああ、人族が番うことだ。我々は竜のように一人で卵を産むことが出来ない。番って子を()さなくてはならないんだ」


「うふふ、結婚が何であるのかは、知っていますよ。よいではありませんか。結婚なさいな。私に気兼ねする必要などありません。私は(ドラゴン)なのですよ」


「、、、そんな、、、エーデルは私が結婚してもなんとも思わないのか?」


「前にもお話しましたが、私達ドラゴンは、古代人の愛玩動物(ペット)として人工的に造られたのですよ。犬や猫と同じです。飼い犬を可愛いがっている事が理由で結婚しない人なんていますか?」


「いや、、、私は君をそんな風に思った事は一度もない。そんな事は言わないでくれ、、、」


「ありがとう。でも、私が人族でないのは事実です。そして貴方のために世継ぎを産めない事も。だから結婚してください。私は時々遊びに来てくれればそれでいいのですよ。勿論、甘いものがあれば尚の事よいです」


これ以上思い詰めないようにとの配慮なのか、そう冗談めかして言うエーデルの言葉に、


「、、、エーデル、、、」


ラウシュはその先の言葉を続けられず、ただその慈愛に満ちた笑顔を涙を溜めた目で見つめる事しか出来なかった。


そして彼は結婚した。


駆け落ちしようと言われたが、墓所を放おっておくわけにはいかないし、勿論、彼にも自分のために国を捨てるような無責任な事はさせたくない。


彼は周りの者の勧めに従い貴族の中でも有力で、歴史のある家から妻を娶った。


その時はそれでいいと思った。


しかしエーデルは、気付いてしまった。


彼女もまた、ラウシュを愛している、と。


駆け落ちを持ちかけられた時、どれほど嬉しかったか。


婚儀の用意で忙しくなり彼が来ない夜が続いた時、どれだけ切なく心細かったか。


そして再び、彼が階段を降りてくる足音を聞いたときの、あの心を満たす喜びの芳しさがどれほどのものだったか。


「、、、勿論この気持ちを彼に伝えたりはしませんでした。しかし、、、」


ラウシュが再び墓所通いを始めるようになると、内心嬉しくはありながらも、それを嗜める。


「ラウシュ。お妃も大事にしないといけませんよ」


「、、、分かっているのだ。だが、、、彼女とは一緒にいても何も面白くない。話していても返ってくる返事はつまらない中身のないものばかりだ。そのくせ私に気に入られようと、見え透いたおべっかを使う。、、、そんな会話に私はほとほと嫌気が差したのだよ。もしこれが君だったら何と言うだろうか、と、常に思ってしまう。それはそれで后に隠し事をしているようで心苦しい」


それでも、墓所に降りてくるのは週に一度と約束させる。


しかし週に一度が五日に一度になり、三日に一度になり、すぐに、毎晩、に戻ってしまう。


「ラウシュ。約束を守れないのなら、墓所の扉を封印します」


今日こそはしっかり約束させようとエーデルは強めにそう言ってみるが、いつもと違って、なんだかぼんやりしているラウシュ。


「、、、どうかしましたか?」


「、、、世継が、、、生まれたよ」


「まあ! おめでとう」


「、、、めでたいのだろうか?」


「おめでたいに決まっています」


「しかし、私は彼をみて、、、なんと言うか、、、なんとも思わないのだ。可愛いとか父親としての情と言うか、、、そういう思いが湧いてこない、、、他人(ひと)事のようだ」


「うふふ、男親なんてそんなもんだと本に書いてありましたよ」


「古代人の? 、、、そういうものなのだろうか? 、、、よくわからないが、なんだか彼に悪い気がするのだ。愛してもいない后との間に生まれて、、、どう接しったらよいか分からない、、、」


ラウシュはラウシュなりに罪悪感を感じていて、それが余計、后とラインを遠ざけることとなってしまった。


数年後、


「彼女らが憎いとか、嫌いだ、とかは一切ないんだ。でも私には表面だけ取り繕って家族を演じる事はどうしても出来ない。息子も気を使って話しかけようとしてくるが、彼の濁りのない見るとな、、、つい避けてしまう、いや、逃げてしまうのだよ、、、」


「そんな、、、一度くらい貴方からお声をかけてご覧なさいな。最初を乗り越えれば、きっと思ったより簡単にお話できますわよ」


「、、、そうだろうか、、、そうかも知れない。、、いや、そうなんだろう。頭では分かっているのだが、駄目なのだ、、、。 息子には済まないと思っている。周りの者がかわいがってくれて、まっすぐで、いい子に成長しているのがせめてもの救いだ、、、」


ラウシュは息子、ラインの事をそんなふうに言っていた、とエーデルは皆に語った。


話を聞いているターロの様子がおかしい。


ドーラが目を覚ました。


ターロの膝から降りてターロを見上げている。


繁々(しげしげ)と眺めて、


「、、、だれ?」


と訊いた。


「ドーラちゃん、どうしたの? お兄様が分からなくなったの?」


リトスが不思議がる。


「、、、!」


メトドもドーラの問を不思議に思いターロに視線を移して驚いた。


「、、、ライン、、、王子?」


魂力で本質を見抜けるメトドには見えていた。


ラインの魂が表面に現れている。


「そうだったのか、、、」


とターロ、いや、ライン王子が呟いたかと思うとそこで、昏倒した。

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