6-21 ラウシュ
「さて、それからの事です」
ターロの質問で話の腰を折られてしまったが、エーデルは気にするでもなく話を元に戻した。
「当初は四枚羽根以下の子たちは全員が眠りに就くこととなりました。六枚羽の起きている子達は冬眠装置の管理と、人族と協力して打開策の研究をしていました」
エーデルは出されたお茶を一口啜って続けた。
「私は母に人族を滅ぼすなど、止めるよう何度も頼みました。しかし、妄心に取り憑かれていた母は全く聞き入れてくれませんでした。兄弟もそれに追従している、というかたちで、、、。私一人ではどうにもなりませんでした」
そこでエーデルは、
「母が、子どもたちの延命の方法が見つかれば、更に卵を産み、本格的に人族を蹂躙を開始する、と言うのを聞いて私は彼女の説得を諦め、炎の竜に相談したのです」
プロクスも、そうでしたわね、と頷いている。
闇の竜が必要以上に卵を産むため、共通感覚による個体数を正しく把握出来ず、他の竜が卵を一つ以上産めない。
闇の竜より大分後に孵ったプロクスは一つすら産んでいない。
このままでは竜も滅びてしまうので二人は已むを得ず闇の竜を倒すことにした。
闇の力は、光を伴う激しい炎を操るプロクスには通用しない。
プロクスはいわば闇の竜の天敵だったので、エーデルも彼女に相談をしたわけだ。
プロクスが闇竜に挑み、圧倒する。
しかし闇の竜は死の直前に、
「闇の精霊には、全てを眠らせ、全てを闇の底に封じ込める力がある。私は自ら闇の奥深くに潜り込み、復活の時を待つぞ。炎の竜よ、これで勝ったと思うなよ。我が子達が必ず私を黄泉帰らせるであろう!」
そんな予言めいた言葉を残して、自分自身に封印を施しプロクスには届かない闇の奥深くに逃げ込んだ。
実際、プロクスにはどうにもならなかった。
その闇の封印に炎の竜の咆哮をぶつけても吸い込まれるだけだった。
闇の力は一旦封印として完成すると、どんな光も吸い込んでしまうようだ。
この封印が破れない以上、止めを刺すのは諦めるしかない。
そこでエーデルがその闇の封印を更に封印し、その番をする事にした。
近隣の人族の王に、封印の手伝いをするよう頼み、その代わりに知っている古代遺跡の技術を提供する。
その契約がホーフエーベネ王国の発展へと繋がった。
闇竜の子達は、悔しがるが、今の段階で自分達に出来ることは何もない事も分かっている。
いつの日か封印を解く事を誓い、今は放置しておく事にして帝国の深部へと身を潜めた。
エーデルも自ら、墓所の中で眠りに就くことにする。
結界を張り、侵入者がなければ百年ごとに目覚めるように設定し、目覚めの際、外界の情報をもらった。
そこまで聞いてオルトロスが、
「ちょっと待ってくれ。だとすると、イッヒー大賢者が脅威に感じた天使たちは誰なんだ?」
と尋ねた。
尤もな質問である。
「目覚めた時に私が聞いた話では、彼らは時々研究材料として遠くから人族を攫っていたそうです。それには実験・検証も兼ねて、四枚、二枚羽の子たちを一時的に目覚めさせていました」
帝国内で攫うと人族との協力関係が壊れるので、かなり遠くから攫ってきたらしい。
攫われた人々は帝国内での実験だけではなく、オステオンでのイフリート封印の犠牲にもなった。
プロクスはこの時期に封印されることになるが、エーデルは眠りに就いていたためその事を知らなかった。
「ある時から、山を越えて行った子たちは殆が帰ってこなくなりました。おそらくその大賢者なる人族に殺されたのでしょう、、、」
ケパレーに現れるまえのイッヒーの行動は謎に包まれている。
彼自身、自分のことを多く語らなかった。
だから分かっている事は、本や吟遊詩人の英雄譚に謳われている事のみだ。
「そうだったのか、、、。イッヒー先生はケパレー建国の前からお一人で戦われていたんだな、、、」
オルトロスは天を仰いだ。
子供の頃に色々と教えてくれたイッヒーの事を思い出しているのだろう。
「そして、貴方の御父上、ラウシュの話です」
エーデルがターロを見た。
「あれは私が何度目かの眠りに就いた後でした。墓所に張った結界が破られ私は目を覚ましました」
エーデルはその侵入者を、寝台から身を起こし座って待った。
階段を下りてくる足音は一人。
それがラウシュだった。
父が崩御し、墓所の管理を引き継いだラウシュ。
そこに何があるのか、どうすればよいのか、は、聞かされていた。
扉の向こうには解いてはならぬ封印とともに、闇竜の姫が眠りに就いていて百年ごとに目覚め、この世の動向を確認の後また百年の眠りに就くという事も。
決して墓所の結界を破り入ってはならぬ、と言い渡されていた。
しかし彼は好奇心に負けてしまう。
言い伝えられる、百年ごとに目覚める美姫。
どうしても一目、見てみたい。
しかしこのままなら自分が生きているうちに彼女が目を覚ます事はなさそうだ。
幾夜も寝室と墓所の扉の間を行き来した挙げ句、或る夜、終に墓所の扉を開けてしまった。
恐る恐る階段を下る。
手元の手杖の先に灯る魔法のライト以外は漆黒の闇。
階段が終わった先に、何かの気配がある。
手杖を掲げてその気配の主を照らしたラウシュは、思わず息を呑んだ。
艷やかな黒髪の間から覗く、磨き上げた象牙のように白い肌。
じっとこちらを見つめる黒曜石のような瞳。
そこには今までに見た誰よりも美しい女性が座っていた。
ラウシュは雷に打たれたような衝撃を受け、
そして、
恋に落ちた。