6-20 闇竜の娘
「闇竜の、、、という事は、墓所の竜の、、、?」
横に立つオルトロスが問にプロクスが応える。
「そうです。最初の卵より生まれた、母竜の全てを引き継ぎし個体、、、」
その闇竜の娘がプロクスの前で膝を折る。
「炎の竜よ。お久しゅうございます。そして、申し訳ありません。我が兄弟の、、、」
「いいのですよ。封印は人族が解いてくれました。ですからもう気に病まないで。さあ、お立ちなさい」
バルコニーに出てきて、
「ケパレーに入る我々を下から見ていたのは貴方だったのですね?」
と尋ねるターロの顔を見るや、
「ラウシュ? 、、、であるはずはありませんね、しかし、、、」
闇竜の娘の動きがとまった。その彼女を労るようにプロクスが、
「闇竜の娘よ。いえ、エーデルよ。彼はそのラウシュの忘れ形見ですよ」
そう言うのを聞いて、エーデルと呼ばれた闇竜の娘は目を潤ませ、放心したようにターロを凝視している。
その様子にただならぬ何かを感じ、ムッとした顔でリトスがターロの左腕にしがみつき、同じくエーデルを軽く睨みながらドーラがターロの前に立って背中をターロに押し付けた。
な、なんでしょうか、この状況は? と、ひきつるターロ。
二人の視線に気付いたエーデルは一瞬ハッとして、誤魔化すように苦笑いする。
軍議の参加者がざわついているので、メタメレイアがオルトロスに小声で進言した。
「陛下、長年墓所を管理してきたホーフエーベネ王家に係わる話も出てきそうです。今日は軍議を解散しましょう」
うむ、と応えて、
「本日はこれまでとする。大賢者の後継者については後日公式に発表するつもりだ。それまでは広めぬように。ホーフエーベネ奪還に関しては明朝、具体的に協議をする」
軍議を解散とした。
エーデルを伴いオルトロス達とターロ一行は別室に移動する。
部屋の扉が閉められるのと同時にターロが、いや、ライン王子が口を開いた。
「、、、父とは、どういう?」
ラウシュ。
エーデルが口にしたその名前は、ライン王子の父、ホーフエーベネ王のそれだった。
メトドには旅の間、気になっていた事があった。
気にはなったが訊けなかった事。
ターロが一切ライン王子の家族について話さない、安否すら尋ねなかった事だ。
もしかしたらその理由がこれから語られるかも知れない。
「貴方がラウシュの息子、、、ライン王子ですね?」
「今は理由あってターロ・ルオー・ホーフエーベネと名告っています」
「、、、そうですか。、、、何から話しましょうか。 話す事が有りすぎて、、、」
それでも、エーデルと呼ばれた黒翼の人化竜は、ぽつりぽつりと話し始めた。
「私の母竜は、生まれて百年もしないうちに私を産みました。本来、竜は死の間際に一つだけ卵を産む事はご存知?」
皆頷く。
プロクスから竜は古代人の創造物だという事、その生態などは聞いていると伝える。
「そう。では、私の母竜が例外であるとお分かりいただけますね?」
個体数維持のために、一つ以上の卵を産むのは分かるが、闇の竜は、エーデルを産んだ後、立続けに十二個もの卵を産む。
それが今、序列最高位の六枚羽を持つ天使達。
後に人族から名を与えられる。
「その後、更に一回り小さい卵を百以上産みます。それが名のない、四枚の羽を持つ子達です」
この頃から母竜の様子がおかしくなった。
今の人族は、創造主である古代人達とは違いすぎる、野蛮で不潔、滅ぼすべきだ、と、いい出したのだ。
母竜とて、古代人を直接知っているわけではない。
しかし、碌に魔法を使えもしないのに怪しげな儀式をするだけで、古代文明の遺跡を使い熟す事も出来ず荒らす一方の人族をみてそう思い込んでしまったのだろう。
そして更に小さい卵、二枚羽の天使を産む。
その数は千に届く勢いだった。
「千、、、」
その数を聞いてオルトロス達は青褪めた。
「しかし数に頼って人族を滅ぼそうと考えていた母に二つの予想外が起きます。一つ目は私を除き、兄弟達は固体進化時に、精霊の力を取り込むことが出来ず、竜の体を維持することが出来ない、という事でした」
竜の体は精霊の力により魔法的に自然界の物質を集めて構築されているらしい。
精霊の力により体の構成物質を集められなかった闇竜の子達は、固体進化時に、より強い竜の体を再構築するどころか、元の竜の体すら維持できず、人化したままになってしまった。
人化が解けない、のではなく、竜化出来ない、と言った方が正しいらしい。
「さらに二つ目の予想外が起きます。一番小さい卵から生まれた子たちの寿命が極端に短いことが分かったのです」
二枚羽の天使は生まれて五年〜三十年ほどしてから起きる固体進化の後、五年ほどしか生きられないという。
「それを知った時、兄弟の中でも最も力の有る六枚の羽を持つもの達が、人族に技術を教え、大規模な冬眠装置を造らせました。魔法陣を使い仮死状態にして時を止める技術です」
プロクスに施したのは、イフリートを研究する事によってその技術を炎の竜に特化させた物だったのだろう。
「冬眠装置造りに協力した人族はその後、他の技術・知識なども教わり、大きな力を付けていきます。それがペレエダーニェ帝国の始まりです」
同時代に、古代人の遺跡を発掘し、残っていた文献等を読み解いて魔法の技術を急速に高めていったのが魔法王国ケパレーだった。
「一つ訊いてもいいかな?」
ターロが質問した。
「何故、君たち古代竜は、我々と同じ言葉が話せるんだい? ドーラみたいにたどたどしくって、後から覚えたっていうんなら分かるけれど、、、、最初はこんな感じだったの?」
その質問にはプロクスが答えた。
「いいえ、ターロ。我々は上位種です、本来人化のできない地竜のような魔獣に近い存在ではありません。生まれたときから話す事は出来ます。しかし使うのはこの言語ですよ。ターロ。貴方は、古代人が古代語、詠唱魔法で使うあの言語で日常会話をしていた、と思っていませんか?」
「え!? 違うの?」
メタメレイア達も、驚いている。
「違いますよ。古代語は飽くまでも魔法使用のための言語。古代人にとっても古代語だったのです」
「、、、なんか、ややこしいな、、、」
「日常会話で使う言語は、今皆さんが使っている物とほとんど変わりません。魔法詠唱と文章を書くときだけ古代語を使っていました。だから古代語は詠唱魔法を使わない私達竜には必要ないのです。あの子達、、、天使たちは残された文献などから古代語表記を学んで魔法陣を構築する方法を身に着けたようですが、、、」
「ああ、、、そうなんだ」
(成る程、古典ラテン語だとか、日本語の古文と一緒か)
「どういうことでしょう?」
いつも通り一人で納得してしまうターロにメタメレイアが訊く。
「えーと、何から説明しよう、、、歴史が長くなると、言葉って変化しちゃいますよね? で、例えば、俺たちが日頃話している通りに文章を書くと、何百年か後の、今の言葉を使わなくなっちゃった人達には読めない」
皆、あまり実感がわかないが、そういう事もあるかも知れない、と一応理解はできた。
「でも一つ上手い解決方法があります。文語、というものを用意しておくのです」
「文語?」
聞き慣れない言葉にオルトロスが鸚鵡返しに言う。
「ええ、話し言葉とは違う、文を書くための物です。これを決めてしまって変えずに使い続ければ時代が移って話し言葉がどんどん変わったとしても文語は変わらないのだからどんな昔の本でも読めるんですよ」
「成る程、、、しかしそれでは学習の量が二倍になるな」
「完全に違う言語ではないので二倍まではいきませんよ。それに子供の頃から使っていれば慣れちゃいます」
「そう言うものか、、、まあ、そうかもしれんな」
「そうですよ。俺の前世でも千年以上前の文法を元にした文語が有りましたが、俺が生きていた時代の百年程前から使われなくなりました」
「千年以上、、、凄いな。まあ、しかし、やはり使われなくなったのか」
「はい。俺はその事を惜しいと思っているんっすよ。一度使わなくなったら再び使えるようにする労力が馬鹿みたいに大きくなる。ちょっと不便でも、使い続けてさえいれば、さほどの労力なしに、千年前の文章を読めたのに、、、。俺の時代では殆どの人が、古代の文献を理解できなくなっていました。文化的損失ですよ、まったく」
皆、ターロが何に憤慨しているのか分からない。
分からないが、彼にとっては不合理な事が異世界であったのだろう。
「ハッ! 、、、済みません。こんな話どうでもいいことでしたね。そうか、言文不一致か、やるな古代人、、、それを知れたのでもういいです。話を元に戻しましょう」
とエーデルの方を見た。
エーデルは、
「ふふふ。貴方のような人族ばかりなら、母も滅ぼそうなどとは考えなかったかもしれませんね」
と微笑むのだった。