6-19 月夜の軍議
「では軍議を始める」
天使の襲撃を退けた翌日の夜、招集者が揃い軍議は開かれた。
月がやけに明るい。
先ず、ライン王子の生存とターロ・ルオー・ホーフエーベネとして大賢者イッヒーの後継者となった事が公表される。
一同驚愕するが、それだけで終わりではなかった。
約二ヶ月前にターロ達が王家発行手形を持って国内視察に出た事、
連邦内での帝国の工作、
恐ろしく忌まわしき兵器とも言うべき"蟲"について、
ブラキーオーンではその蟲を使っての工作が進行していた事、
だが海域一帯に巣食う海賊を手先とした帝国の工作活動は、既にターロ達によって壊滅させられている事、
オステオンの神殿は元々天使の実験装置で、封じられていたのは魔神ではなく火の精霊であった事、
それがターロたちに開放され不死鳥として生まれ変わった事、
そのオステオンでは砂漠管理団に帝国の息がかかっていたこと、
二年前のスケロス内乱は帝国の工作によるものだったこと、
その首謀者、レマルギアの罪は暴かれ既にオステオンは新体制に移行していること、
プースでは、古代竜に天使等が施した封印をターロ達が解いた事、
ここにいるプロクスがその古代竜であること、
天使の正体は竜の突然変異体であること、
昨日の天使の襲来は古代竜級の竜を捕獲する事が目的で、それを旧ホーフエーベネの"墓所"と呼ばれるところに封印されているらしい天使たちの母竜の復活に使おうとしている可能性が高い事、
パヌルの父のことは敢えて触れていない。
貴族院派の重鎮である彼の不参加を訝しむ声もあがるが、色々あってな、と言うオルトロスの一声の、これ以上突っ込んで聞いてくれるな、と言う言外の圧力に皆従った。
この二ヶ月でターロ達が調べ、暴き、解決してきた事がいっぺんに説明されていく。
こんなにも沢山の成果をたった二ヶ月であげるなど、聞いている誰もが信じられなかった。
ターロ達も聞きながら、色々あったなあ、と、遠い目をしている。
それらの報告が終わり、参加貴族から質問が上がる。
「陛下。国内に調査員を派遣していたのではなかったのですか?」
「うむ。していた」
そのオルトロスの応えに、他の初老の男が、
「なのにこれらのこと全てを事前に察知できなかった、というわけですかな?」
と、ニヤニヤしながらそう言う。
「貴族院の重鎮で、王家と対立する派閥の者です」
メタメレイアが小声でターロに知らせる。
オルトロスは表情も変えずに、
「残念ながらそうなるな」
そう応えた。
「しかし彼は二ヶ月の間に、こんなにも多くの事を暴き解決してきた。それはライン王子、いやターロ大賢者様が王家の諜報員より余程、優秀だったのか、それともその報告自体が虚偽なのか、、、」
ヴロミコス派の貴族のかなり失礼な発言にも、オルトロスは別段反応を示さない。
ずっとこんな感じなので一々相手にしていられないのだという。
「そこのカルテリコスはペガサスライダーだ。すぐ外にペガサスもいる。天使を一矢で仕留めたところは大勢が目撃している。偽る事が不可能なことぐらいは卿でも分かるであろう? 」
昨日参戦した貴族達もそうだそうだと頷く。
「それからスケロス方面の調査は貴族院の割り振りであったと記憶しておるがな。何も報告は貰っておらんぞ。調べる能力がなかったのか? それとも帝国工作を察知していながら知らせなかったのか?」
と無表情でやり返す。
自分の内通と内乱の繋がりが露見せぬようヴロミコスが貴族院に働きかけてそこを担当としていたのだろう。
初老の貴族は、ぐぬぬぬ、という顔で黙った。
くだらない派閥争いはどこにでもあるだな、とうんざり顔のターロが、何かにハッと反応する。
メトドがそれに気付きどうしたのかとターロを見るが、彼は窓の外を凝視するだけで何も言わない。
オルトロスが、
「はっきり言おう。今は内輪で下らない争いをしている場合ではない。協力できないのであれば引き取ってもらって構わん」
と貴族院派を睥睨しする。
「皆も知っての通り、連邦は天使と帝国に対抗するべく前大賢者と我が父が設立したものだが、設立後大きな衝突には至っていない。設立そのものが抑止となったのだろう」
異論の余地のない事実なので、口を挟む者はいない。
「長く続いた沈黙の後、二年前帝国は突然同盟国であるホーフエーベネに攻め込み、我が国との国境に砦を築いた後はまた黙りが続いていた。 だが、昨日動きがあったわけだ」
防衛戦に参加していない貴族も、城下に住む身内に話を聞いたり、崩れた家屋や城壁を自分の目で確認して、その脅威は理解しているのだろう。
天使の来襲を、虚偽なのでは、とは流石に誰も言わなかった。
「天使の戦闘力は大変なものだった。実際のところ、帝国軍と天使が本気で攻めてくれば、我々ではどうにもならん。国が滅びてしまったら派閥に何の意味があるのだ? それとも、帝国に内通しているからこの国が滅びてもいいとでも言うのか?」
魔力の込められた声。
迫力は並のものではない。
その問いかけに答えられる者はいなかった。
「もう、うだうだ言う者はいないな?」
念を押すと話を進める。
「我々ではどうにもならん、と言ったが、昨日の攻撃は撃退できた。それは偏にここにいるターロ達のお陰だ。見ていた者には分かるだろう?」
防衛戦に参加していた貴族が頷く。
「前大賢者が亡くなって三十年。我々は長く続く平和状態に油断が過ぎたのではないか? 勿論私も含めてだ。どんな理由があるのかは知らんが、今まで天使らが本腰を入れてこちらを攻めてきた事はない。だからといってこの状態が永遠に続くわけではない事は昨日の一件で思い知らされた。力を合わせて事に当たらねばならぬぞ」
王家の力、魔力の乗った声の力なのか、派閥の覇権争いをしようという者はもういない。
こうやって毎回オルトロスの"声"に治められてしまうのに、何故か懲りずに後日また影で集まり、より強い権力を手に入れようと無駄な計議をする、と、後でメタメレイアが呆れたようにターロ達に語った。
「人族の王よ」
プロクスがゆったりと立ち上がる。
人化竜だと聞かされたが、招集された貴族達はピンとこなかった。
しかしその背に真紅の羽根がある事、そして何より人族にはない存在感がある事で信じないわけにはゆかない。
「どうした?」
「何故天使の侵攻がないのかの理由を説明できる者がもうすぐ来ます」
ターロが立ち上がって、
「え? あれ、プロクスのお知り合い?」
と窓の方へ歩いていく。
「そうです。ですから攻撃したりしないでくださいね」
その言葉に、エウローも立ち上がって窓の外を見ると、遠くの空に月明かりに照らされた黒い点が見える。
その時、結界が突破された警報が鳴った。
城下はざわめくが、
「迎撃無用と通達しろ」
すぐにエウローが城兵に指示を出し、メタメレイアは警報音を切った。
プロクスとオルトロスは露台に出て、それを待つ。
警報を聞いてリトス達も部屋に入ってきた。
黒い点はだんだん大きくなる。
それが何か目視でも認識できるようになり、そしてバルコニーに降り立った。
プロクスは、漆黒の翼を折り畳んだそれへと声をかけた。
「お久しぶり、、、。 三百年ぶりね、闇竜の娘よ」