6-14 アソーティタの最期
「お前の罪と今後については、追って沙汰をする。下がれ」
オルトロスの言葉に、パヌルは腰をかがめたまま後退って退出していった。
扉を閉める間際にチラッとターロを見て深く頭を下げる。
その額は擦り切れ血が滲んでいた。
ターロは失笑してしまう。
オルトロスは、
「今退出した者に念の為、見張りをつけろ。気取られるな」
そう近衛に命じてから、ターロに、
「本当によいのか?」
と確認する。
ターロは今パヌルが閉じた扉からオルトロスに視線を移して応えた。
「ええ。ライン王子だったらきっとこうすると思うんです。まあ、彼らを罰した所であの侵略で喪われた命が戻って来る訳じゃありませんしね」
じっとターロを見据えていたオルトロスは、ふぅ、と息を吐くと、
「そうか」
と呟いて目を閉じ、椅子に深く座り直す。
泰然として言うターロの中に自分が知っている昔の、少し頼り無さ気ではあるが誰にでも優しく、そして実は芯の強いライン王子の面影を見た気がしたオルトロスだった。
「陛下、、、。 こんな時に申し訳ありませんが、よろしいでしょうか?」
徐にカルテリコスが思い詰めた様な面持ちで立ち上がった。
「うん? どうかしたか?」
「父の、、、父の最期をお聞かせ頂けませんでしょうか、、、?」
頭を下げ、畏まるカルテリコス。
先程のパヌルの話を聞いて、尋ねずにいられなくなったのだろう。
オルトロスは、
「そうだな、、、。 お主には聞く権利がある」
威儀を正すと、語り始めた。
「あの日、アソーティタ殿は私に一対一の果たし合いを申し込んできた。 我が父、先王ポロスもスケロスに出兵した折、ピュペレーという英雄からの申し入れにより果たし合ったと言うが、、、」
「恐れながら陛下、、、そのピュペレーなる者は私の許嫁の祖父です」
「そうであったか、、、うむ、、、。 、、、ともかく私は我が父と同じ様に果たし合いを受けたが、、、。 違ったところはな、アソーティタ殿は始めから私と戦う気が、無かった」
「それは、、、どういう?」
「うむ。アソーティタ殿は、天馬を降り、徒で私に向かってきたのだ。それどころか、弓も捨て、お主も腰に佩いておるその小刀、それを引き抜いてだな、、、」
とカルテリコスの守刀に目線を移した。
「何故、、、?」
「私もそう思ったよ。しかし、アソーティタ殿は私に切りかかり、鍔迫合になった時に確かにこう言ったのだ。 、、、"殺してくれ"、とな」
「!」
声にならない叫びをあげるカルテリコス。
「自ら差しの勝負を申し込んできておきながら、殺してくれ、とは納得がいかない。どんな理由があるのかと聞き出そうとしたが、その言葉以降、人らしい反応もなくなってだな、、、。 唸りながらただ出鱈目に切りかかってくるだけであった、、、」
カルテリコスが下げている顔の下の床が濡れていく。
「今にして思えば、蟲に取り憑かれていた為に一騎打ちを申し込み"殺してくれ"と言うのが精一杯だったのであろう。 、、、しかし、国を想い余計な犠牲を出さぬようにと気力を振り絞って蟲に抗ったあの振る舞いは、尊敬に値する」
オルトロスは立ち上がって話を続ける。
「最後には蟲に抗しきれずただ野獣のように刀を振り回すしかなかったのであろうな。私は仕方なくアソーティタ殿が振り回す刀を取り上げ、、、止めを差した」
ふう、と息を吐くと暫し待て、とオルトロスは自室に入っていき、戻ってきた手には一振りの抜身の小刀と布を持っていた。
「戦場の事ゆえ、詫びはせぬぞ。だが、受け取れ。アソーティタ殿の守刀だ」
オルトロスにも思うところがあって、アソーティタに止めを差した守刀を二年の間、保管していたようだ。
跪いて頭を下げ、両腕を差し出すカルテリコスの二の腕を取って、オルトロスは立ち上がらせる。
そして刃に持ってきた布を巻き、それをカルテリコスの胸に押し付け彼の手を取って受け取らせて、
「私に跪かずともよい。二代に渡って、我等とスケロスとは悲しい因縁を持ってしまったが、これで終わりにしよう」
と言った。
「はっ、、、」
涙に濡れたカルテリコスの次の言葉は、終に出てこなかった。