6-12 パヌルの訴え1
「ラ、ライン、、、」
入室してそこにいるターロに気付き、一瞬、ハッとするパヌルだったが、以前のような剥き出しの敵意は感じられなかった。
憔悴しきっている様に見える。
パヌルは、オルトロスの前に跪き、
「陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう、、、」
「麗しくはない。挨拶はいらんから要件をはよう言え」
「はっ」
片膝立てから土下座になるパヌル。
「ヘ、陛下、お願いでございます!」
パヌルのあまりに必死な様子に、一同顔を見合わせる。
「何事だ? 分かるように説明しろ」
「はい、、、」
パヌルは平伏したまま懐から何かを取り出した。
レマルギアの事もあるので、懐に入れた手をターロは一応警戒したが、出してきたのは手紙だった。
「ま、先ずは、これを、、、」
頭は上げず、それを差し出すパヌル。
オルトロスの目配せに、メタメレイアが受け取って読む。
「こ、これは、、、。 陛下、ヴロミコスは帝国側に寝返りましたぞ」
それを聞いてもオルトロスは慌てる事なくただ頷いた。
「ヴロミコス領地内の結界が中から破られたのだ。それは察しがつく。 しかし何故だ? 理由が分からん。貴族院の重鎮で序列も高い。 領地も貧しくはない。帝国側に付く事にさほど旨味はなかろう?」
そう問われて、パヌルは自分のせいである、と涙ながらに話し始めた。
全てはライン王子が留学して来た事により始まった。
リトスに好かれているラインへのパヌルの嫉妬だ。
その事で、事あるごとにパヌルは父に泣きつき、ヴロミコスは我が子可愛さにラインを排除する機会を狙っていたらしい。
勿論パヌルが可愛いから、というだけでなく、パヌルとリトスが上手くいってくれれば王家の身内になれるという打算もあったのだろうが。
そこへ接触してきた帝国の工作員。
表沙汰になることはない、なったところで帝国はそれなりの地位を用意して受け入れよう、という確約と多額の見返りにヴロミコスは転んだ。
そして二年前、スケロスでの内乱の兆候をオルトロスに報せホーフエーべネから目を逸らせる手伝いをしてしまった。
その時のパヌルは詳細を知らず、ホーフエーべネは近く帝国に侵略されラインはもう駄目だろう、と言う事だけ聞かされていた。
当時はただ、憎きラインがいなくなる、という事を喜ぶだけで、一つの国が滅びるとはどういう事なのかには思いが至らなかった。
しかし、リトス達に付いてスケロスに行き、驚くことになる。
ラインが生きていた。
それだけでは無い。
そのライン達によってレマルギア将軍と帝国との繋がりが暴かれレマルギアは死ぬ。
そして天使の襲来。
帝国に協力しても碌な事はない。
それらの事を知らせ帝国とは手を切ってもらおうと、スケロスから帰ると同時に父を尋ねるが何故かどこを探してもいなかった。
母の姿もない。
身の回りの特に貴重な物も無くなっている。
屋敷の使用人達は全て暇を出されていて、誰も行き先を知らされていなかった。
わけが分からないが仕方なく一旦ケパレー城下に戻った。
パヌルは魔法学院で教授をしている従兄の助手をしているので、学院の独身寮で暮らしている。
そこに行き違いになるように、先程オルトロスに差し出した手紙が届いていた。
血族しか解けない魔法封印が施されている手紙を見て、嫌な予感がした。
そこには、
「ホーフエーベネとの境の砦の前へ来い。他へは知らせるな。連れてきたい者があれば連れてきても構わぬが、連邦には帰れないと思え。我々は帝国に亡命する」
との旨だけが書いてあった。
パヌルの話を聞き終わって小さく溜め息をついたオルトロスは、
「レマルギアの件から芋づる式に真相がばれて手が回る前に逃げた、ということか、、、」
そしてメタメレイアに、
「あの時、何故ヴロミコスがスケロスの内乱を察知出来たのか訝しがっていたな」
そう尋ねられ、頷いたメタメレイア。
「はい。領地が隣接しているのならまだしも、正反対に位置しているのにおかしいと思いました。出入りの旅商人に大枚を叩いて各地の情報を集めさせていたと嘯いていましたね。散財した甲斐があったと恩着せがましく言っていましたが、、、やはり嘘だったのですね」
その後、内乱を察知し大事に至る事を未然に防いだ、としてヴロミコスの地位はケパレー、特に貴族院内で上がる事になる。
「も、申し上げました通り、私が全て悪いのです。この身はどの様な罰もお受けします。父を、、、お助けください!」
パヌルは額を床に擦りつけて懇願している。
(こんなやつだけど、父ちゃん思いなんだな、、、)
ターロはパヌルを少し見直した。
しかしオルトロスは無表情に告げる。
「お前の話が本当なら、ヴロミコスを助ける術はないな」
パヌルがそれを聞いて固まる。
「そうであろう? やつのやったことは内通だ。立派な反逆罪だぞ。お前もだ。帝国のホーフエーべネ侵攻を知っていながら知らせなかったなど、許される事ではない」
一層小さく畏まるパヌル。
「どう思う、ターロ? いや、ライン王子」
不意に、ライン王子として、オルトロスに話を振られて、
「ほえ?」
ターロは場にそぐわない奇声を発してしまった。