6-11 共感能力の限界
「で、あれば軍議はホーフエーべネ奪還が主な議題となる。お主たちにも参加してもらうぞ」
オルトロスが話に区切りをつけたので、ターロは気になっていたことを訊いた。
「陛下、そう言えばヘーオス様はどこに?」
ヘーオス。
オルトロスの長子だ。
ラインより六つ程年上だったはずなので、今は二十三歳くらいだろう。
ライン王子留学当時、何度も顔を合わせてはいるが、そのくらいの年代の六つ違いは大きく、一緒に遊ぶということはなかった。
リトスも十以上離れているという事もあり、へーオスではなくラインの後ろをついて回った。
だからといって仲が悪いとか嫌われているというわけではなく、優しく色々教えてくれた年の離れた親戚のお兄ちゃん、という印象だ。
そのヘーオスがいない。
「ああ、ヘーオスなら修行だ。今は聖教国に潜入している」
「聖教国?!」
修行というのは分かる。
この国では嫡子というだけでは王位は継げないからだ。
実力を示さねばならない。
オルトロスも若い頃は修行に出て、吟遊詩人に謳われる程の武勇を各地で示している。
吟遊詩人に謳われるという事は民衆の人気を博している事と同義で、それは政権の安定に欠かせない物だ。
己の代の治世を確固たる物にする為にも、修行の旅は王位を継ぐ関門として避けては通れない。
しかし聖教国、とは予想外だった。
ラインの故国、ホーフエーべネは帝国と聖教国に挟まれてはいるが、それぞれとの交流は殆ど無かった。
帝国とは敵対関係、聖教国はほぼ鎖国状態だったためである。
ライン王子の聖教国に対する心象は、排他的で何を考えているのか分からず薄気味悪い、というものだった。
「何でまた、聖教国に、、、」
というターロの疑問に、
「分からん」
短く応えるオルトロスだった。
これは王位継承の為の修行の旅。
父として思うところは多々あれど、王として口出しはしないようにしているのだろう。
「ターロ様、、、」
オルトロスとターロの話が一段落したところでメトドが、ターロに話かけてきた。
「天使の事ですが、、、」
「うん、どうしたの?」
「普通の竜より共感能力が強くなっているとの話でしたよね?」
「そうだね」
プロクスを見ると、頷いている。
「奴らも共通視を介して見る事が出来る、と言っていました」
「うん」
「しかし、相談事は口に出していますよね?」
「ああ、確かにそうだね。 、、、そうか。よかった」
メトドの言いたいことを汲み取って納得するターロ。
「ターロ。分かるように説明してくれ。お前やメトドさんの様に皆も頭が良いわけではない」
横で聞いていたが話に付いてこられなかったカルテリコスが不平を漏らす。
「会話をするって事は、その共感能力はテレパシー程強いものではない、って事さ。見聞きした事は共有できても、考えていることを伝えられるほどではないんだろうね」
そのターロの説明にメトドも同意見だと頷いている。
「その事が分かっているだけでも、天使に対する対策の立て方が変わってくるじゃん」
「そんなに大きな事か?」
カルテリコスはそれがどうした、という顔をしているが、
「そりゃあ大きいよ。もし常時テレパシーの様なやり取りが出来ているなら大変な事だ。カルテリコス、例えば合図や号令なしで全く同時に矢を射掛けられる集団がいたらどうだい?」
「む、、、それは怖いな」
「でしょ? テレパシーが際限なく使えて軍隊全員をつなげることが出来たら、伝令無しで軍師の意のままに兵を動かすことが出来る訳さ。怖いでしょ?」
「怖い、な。 それは、無敵の軍隊となるだろう」
やっと話の重要性を理解したカルテリコスに、まあ、軍隊全員を繋ぐほどのテレパシーなんて不可能だからそんな事は現実ではありえないんだけれどさ、と笑ってからターロは、
「そう言うわけでさ、天使に強化された共感能力があるってきいて、ちょっと不味いな、って思ってたんだけれど、そこまでのものじゃなかったらしいって事さ」
とまとめた。
「よかった、っと言ったのはそういう意味だったのだな」
とカルテリコスは、ターロの最初の納得を納得した。
重要な話が大方終わったので、そんな雑談をしていると、
「陛下。パヌル様が至急のお目通りを願い出ておりますが、、、」
と、侍従か告げに来た。
「パヌル、、、。 ああ、ヴロミコスの息子か、、、」
急に顔を曇らせるオルトロス。
「どうかしましたか?」
その話が出た時にその場にいなかったターロが尋ねると、
「ターロ様。天使の再襲撃でメトド殿に指摘されても話が途中になっていたのですが、中から破られた結界装置はヴロミコス管轄の物だったのです」
メタメレイアは、そうだった、とメトドに目配せしながら応えた。
「構わぬ。通せ」
オルトロスが侍従に命じて少しすると、真っ青な顔をしたパヌルが入ってきた。