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其の男、異世界の木鐸となる  作者: 岩佐茂一郎
【第一部】第六章 盟主国 ”ケパレー”
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6-0-3 スケロス平定 3

「かかってこいや!」


ポロスの叫びと同時に、ピュペレーのペガサスが翼を広げる。


そのまま飛び立ってポロスの頭上を越えていった。


「空になら逃げられると思ったのかよ!」


ポロスは投げた大盾を拾って円盤のように投げつける。


大盾は(あた)れば挽肉(ミンチ)になる程の勢いでピュペレーに向かって飛んでいく。


それを後ろに目でも付いているかのように、ピュペレーはふわりと上方に避けた。


盾は取り囲んでいるスケロス軍の中に落ちていく。


わ〜、っとスケロス兵が逃げ散って空いたそこに大盾は突き立った。


ピュペレーの駆るペガサスは捻りを加えた反転でポロスに向き直り上空から突っ込んでくる。


急降下するペガサスの上からピュペレーの矢が放たれた。


三本同時射出、それを連射してくる。


普通ならその勢いに臆して後ろか横に避けるだろう。


そこを狙って(とど)めの一撃を浴びせるのがピュペレーの必勝法なのだが、ポロスは何の躊躇(ためら)いもなく最も早く死角に入れる前へ(・・)と出た。


(なんて奴だ)


お互い同じ情懐を相手に抱く。


ポロスは、


(空からの攻撃に加えてあの弓勢(ゆんぜい)での速射。拳の風圧くらいじゃ何本かの軌道は逸らせても残りを食らっちまう。速すぎてナックルズで捉える事もできねえ、、、。盾は投げちまって向こうだし、そもそも一騎打ちで盾を使うなんざあ下衆のやることだ。 とは言え、いつまでも避けきれねえしな、、、)


ピュペレーは、


(あれを避けるだと? あやつには恐怖心がないのか? 前に出て避けた者など魔獣も含めて初めてだぞ、、、。 矢が尽きれば此方(こちら)には手が無くなる。 どうする? 、、、飛ぶから下に死角が出来る。 ならば飛ばねばよい)


ピュペレーは賭けに出た。


安全な空からの攻撃を捨て、捕まれば後のない地上に降りて駆ける。


そこはペガサスだ。


地を駆ける速さも、羽の補助によって普通の馬のそれを遥かに越える。


その速度を乗せた三本の矢をポロスに向けて水平に放った。


この一手は、


右は跳ばねば避けきれない距離があるので、体勢を崩し第二射を避ける事が出来なくなる。


左ならペガサスの正面に出るので踏みつけられる。


上に跳べば空中に浮いている間は何も出来ず、矢を避ける術はない。


詰みだ。


だがポロスは、横にも上にも避けなかった。


ぐっと腰を落とすと正面に飛んできた矢を左の掌を広げて受け止める。


ナックルズの握りに当たり勢いは削がれるがそれでも矢は掌を貫通する。


それを意に介さず脇に引いた右拳を大音声(だいおんじょう)の詠唱と共に捩じ込むように打ち出す。



【マスキュラル(筋力) イラ(爆発)プション】



ポロスの右腕から竜巻のような衝撃の奔流が噴出し、ピュペレーはペガサス諸共吹き飛ばされた。


距離のある空ならば力も散って飛行が乱されるくらいで済んだであろうが、正面から至近距離でまともに喰らったのでひとたまりもない。


ピュペレーもペガサスも意識を刈られ大地に突っ伏した。


ポロスは左掌に刺さった矢の羽側を折って手の甲の方へと引き抜くと、血の滴るそれを高々と掲げ、


「俺様の、勝ちだあっ!!!」


と叫んだ。


スケロス全軍、英雄ピュペレーの敗北という信じられぬ光景を目の前にして動けずにいる。


テレポートしてきたイッヒーがポロスの掌にヒールをかけながらボソリと、


「やっぱり君のほうがデタラメだよ」


その言葉を ふん、と鼻を鳴らすだけで応え、


「師匠、こんな弓使いはなかなかいねえ。惜しい。助けてやってくれ」


血塗(ちまみ)れの折れた矢を投げ捨てながらポロスはそう言った。


「そうだね。三本同時に射るだけでも凄いのに、それを連射するんだからね」


同意して、イッヒーはピュペレーとペガサスにヒールをかける。


意識は取り戻すがすぐには立ち上がれない。


全身複雑骨折しているだろうから当然だ。


「む、、、私は負けたのか? 、、、負けたのだろうな。 、、、掌を貫かせて矢を止めるような者に勝てるはずもない。完敗だ」


立つのを諦め負けを受け入れたピュペレーに、ポロスが尋ねる。


「お主が正面から来たから勝てた。空から俺様の体力を削るようにじわじわとやれば、やられていたのは俺様だったろう。何故そうしなかった?」


「その様な勝ち方で手に入れた国の未来が、美しいはずはなかろう?」


その(いら)えを聞いて、ポロスはニヤリとする。


痛みで顔を歪ませながらもピュペレーはゆっくりと体を起こし、


「敗者が、何かを望むべくもない事は、百も承知。そのうえで恥を忍んでお頼み申す」


頭を下げるのに対し、ポロスは、


「聞こう」


と、鷹揚に先を促す。


「忝ない。先程のやり取りでご覧の通り我が国には、この島の情勢など見えておらぬのに恭順など有り得ぬ、と言い張る勢力が少なからずいる。将軍はまだ若く、お優しいのでそれらの勢力を抑えることが出来ぬのだ。私が死をもって貴公らに許しを乞うた、という形を取らせてくださらぬか?」


「何でそんな面倒なことするの?」


イッヒーが堪らず口を挿む。


「私の命を無駄にせぬため、という言い訳があれば、将軍も抵抗勢力を押さえ込みやすい。私の命と引き換えに形だけでも一つになって、この国に安寧がもたらされるのであれば、、、安いものだ」


そう言ってピュペレーは自嘲気味に笑った。


「どうするんだいポロス? 僕は納得できない。この武人の面子(めんつ)ってやつ、ほんと面倒くさくって大っ嫌いだよ」


珍しくイッヒーの顔に笑みがなく嫌悪感が表れている。


「師匠、そう言ってくれるな。俺様には分かる。こうするより仕方のないところまで追い詰められているんだろ。陰険な(ジジイ)共が若者の足を引っ張るのはどこの国でも一緒だな」


というポロスの言葉に、その通りとばかりにうなだれるピュペレー。


「でも、じゃあ貴方が亡くなった後、その抵抗勢力ってやつに貴方無しで、将軍は対抗できるの?」


そんなイッヒーの尤もな問に


「他のペガサスライダーもいる。私の死を盾に、なんとか連邦に加盟して組織を固めて欲しいと事前に伝えてあるが、、、、正直、心許ない。ご助力いただければありがたい、、、」


全身の痛みを(こら)え縋るような眼差しを二人に送るピュペレー。


しばしの後、


「は〜。まあいいや」


イッヒーの大きな溜息。


「お、師匠の"まあいいや"がでたな。ピュペレー、安心しろ。この大賢者様がなんとかしてくれるぞ」


「こらこら、ポロス君。勝手なことを言うんじゃないよ。ピュペレー殿。本当に死ぬ気なんだね? 生きてなんとかするって方法だってあるんじゃないの?」


もう一度確認するイッヒーに、


「済まぬ、大賢者殿。どうせこの体だ。再起は無理だろう。生き恥を晒すより、見事散らせてくれ」


「、、、僕、その、見事散る、っていうのも嫌いなんだよね、、、」


眉間にシワを寄せるイッヒーに、


「師匠。分かってやれ。世の中にはこういう生き方しか出来ないやつもいるんだ。さっさとしてやらないと、こいつの苦痛を長引かせるだけだぞ」


ポロスがイライラし始める。


「、、、しょうがないな。分かったよ」


渋々承諾したイッヒー。


「重ね重ね申し訳ないが、全軍に向かって私の声が届くようにしていただけまいか?」


ピュペレーが居住(いずまい)を正しながら言った。


イッヒーが詠唱する。



ラウドスピーカー(拡声器)



魔法がかかったことを無言で頷いて知らせるイッヒーに目礼し、ピュペレーは全軍に語りかけた。


「聞いてくれ、スケロスの民よ。 我は皆が見ての通り、ポロス王に正々堂々の闘いで破れた。 敗者は勝者に何をされても仕方がないのが(いくさ)の常。 しかし、ポロス王は我の命と引き換えにスケロスを安んじてくださるとお約束して下さった。 今後は連邦に加盟し、他国と共存共栄する道を歩んでくれ。  、、、さらばだ!」


と言うや、ピュペレーは守刀を引き抜き、


ざふっ


己が腹に突き立てた。


「「「「 !!! 」」」」


スケロス全軍、手を差し出した形で硬直する。


「介錯を!」


そう言われて一瞥されたポロスが、


「む」


短く一言発して近寄ると、



ユーサネイジャ(安楽死)



詠唱し魔力の込もった人差し指で、ピュペレーの延髄を突いた。


ピュペレーはニッコリと笑い、







ドサッ






ゆっくりと、 前に、   倒れた。


「「「「 ピュペレー様〜ッ!! 」」」」


草原が絶叫で震える。


「師匠。俺様にもさっきの拡声魔法を」


細かく声を震わせるポロスに、イッヒーは拡声魔法をかけた。


「聞けぇーっ! スケロスの民よ。 俺様はポロス。ピュペレーの遺言を受け取った者だ! これより先、スケロスは我等が連邦に加盟してもらう。 異論は許さん!! それはこの見事散ったピュペレーの死を汚すことと知れ!」


そう言うとピュペレーの亡骸を抱えあげ、


「スケロスの未来に殉じた、この男の気概を汲み取ってくれ! 無に、しないでくれッ!」


そう言って涙を滂沱と流しながら将軍らの元へと運んだ。


慟哭するスケロス軍全員が跪いてその様子を見守る。


このピュペレーの死に様とポロス王の涙を見てもなお、独立維持を主張する者などいないだろう。


イッヒーは、思った。


(ポロスの声の魔力でこの場が一体に、、、そうじゃないな。 魔力がなくてもこうなっていただろう。 僕には理解できないけれど、確かにこれも武士(おとこ)のあり方の一つ、、、なのかな?)


ポロスは静かに歩を進め、遺骸を将軍に渡した。


「忝ない。 、、、幸せそうな死に顔をしおって、、、」


ピュペレーを受け取った将軍パニアーは、慈しむようにその遺骸を自分の外套(マント)で包む。


そして取りすがって肩を震わせた。


その様子を見下ろすポロスが、


「この者は、間違いなく稀代の英雄だった」


と、一言いうと、


「その言葉が何よりの手向けとなろう」


一人の老ペガサスライダーが、静かに言った。




こうして、このスケロスが最後の加盟国となり、連邦は正式に成立する。


ターロが転生してくる約四十五年前の出来事だった。

次回、第6章、本編が始まります。

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