5-17 アプセウデース
「ふおぅぉぉぉ、、、」
アプセウデースはミスリルの甲冑がカタカタと音をたてる程震えている。
それもその筈。
彼は今、古代竜の背の上にいるのだ。
そしてその古代竜は翼を広げ大空を滑るように飛んでいた。
落ちたら間違いなく死ぬ。
羽ばたいていないのにその速度はかなりのものがある。
メトドにはプロクスの翼から魔力が放出され、それが推進力となっているのが見えていた。
翼だけではない。
竜の体全体も何らかの魔力で覆われている。
そのおかげで背に乗る者は皆、吹き飛ばされることもなくかなりの高度にもかかわらず普通に息が出来ていると気付いたメトドは、
「この目で竜の飛行の仕組みを見られるとは、、、」
嬉しそうだ。
そのメトドにテュシアーはしがみついている。
恐怖で震えてはいるが、メトドにしがみつく大義名分を得た。
嬉しそうだ。
ターロとアウロ、ニパスは落ちても浮く手段を持っているので全く怖がっていない。
アウロはニパスを抱えて、プロクスの首に跨りはしゃいでいる。
神話の竜騎士気取りなのだろう。
嬉しそうだ。
一方、ターロには竜の姿になった自分に乗ってもらいたいが、飛べないので我慢しているドーラ。
不機嫌だ。
歩きで六時間程かかった行程を十分もかからず到着。
飛行機・新幹線と言った乗り物がある世界から来たターロにはただの楽しい時間だったが、他の面々は初体験の速度。
カルテリコスらは、残念ながら付いてこられなかった。
集落はドラゴンを見て混乱するが、その背からアプセウデースがフラフラと降りてきたのをみて、違う意味で大騒ぎになった。
アプセウデースが長老に竜の呪いを解いたこと、そしてプロクスから聞いたことを伝える。
その上でケパレー行きの許可を求めた。
「ターロ殿」
長老はターロに向き直る。
「このアプセウデースは若手の中では一つ飛び抜けた金工の腕を持っておる。特に細工はもう教えるものもないくらいだ。ただ、金工所の技術は頭打ちでな、どうしてもミスリルの錬成で、もう一つ上のものが作れない」
「もう一つ上?」
「そうじゃ。古代の遺物。例えば、ほれ、そこのペガサスライダー様が首にしている物は古代文明の骨董品じゃろう? 魔力を帯びているはずじゃ。我々にはそこまでのものがどうしても作れん。魔術の知識がないのでな」
長老が、追いついてきたカルテリコスの精霊銀の頸環を指していう。
一瞥しただけで価値を見抜いていたようだ。
「だから首都に行きたいと?」
「そうじゃ。お前様は王家の手形を授かるくらいのお人じゃ。なにかよい伝手があるじゃろう。天使の事もあって事態を楽観できんのは承知しておる。こんな時に何じゃが、、、」
「分かりました。オルトロス陛下に掛け合ってみましょう」
とターロは約束した。
「おお、お願い出来るか。我等プースの民は受けた恩義は必ず返す。新たな技術を得ればきっと対帝国のお役に立てるじゃろう」
と長老は莞爾として笑う。
ターロも隣でトントン拍子に進む話に目を潤ませているアプセウデースの肩に手を置いて、
「それに、私もお手伝いできるかもしれません」
意味深な笑みを浮かべる。
それをアプセウデースはキョトンと見上げていた。
こうして新たな仲間がまた一人増えた。
「今出ると、流石にプロクスの速さでも到着は夜になっちゃうよね? 夜、城の上空にドラゴンが飛んできたら、恐慌をきたすから明日、早朝出てカルテリコスに先触れになってもらおう」
という事になり、今日はゆっくり休むこととなった。
プロクスは近くの寝心地がよい岩場を見つけて寝るという。
明日の夜が明けた頃来る、と言って去っていった。
「ねえ、アプセウデース。ドラゴンの尻尾、どうやって止めたの?」
ターロが訊く。
油断していたとは言え、自分が全身粉砕骨折を負って死ぬ程の衝撃を魔法も無しに受け止めた事が信じられない。
ミスリルの武具にそんな力があるのだろうか? という興味からの質問だった。
しかし、秘密はミスリルではなかった。
「ただ、うっしゃー、って感じで受け止めただよ」
とのアプセウデースの説明を聞いて、
(ありゃ、だめだ。ドーラと同類の、論理的に説明できない人だ)
と悟ったターロは仕方ないので実演してもらう事にした。
こんな事でプロクスを呼び戻すのも何なので、ドーラの飛び蹴りを受けてもらう。
「じゃあ、ドーラ、お願い。くれぐれも殺さないようにね」
「ん」
短く返事をしたドーラが跳ぶ。
ガッツッ!!
アプセウデースはドーラの蹴りを、プロクスを受け止めたときのように地面にハルバードの矛先を刺し、中程と石突側を持って斜めに構え、蹴りの力を上手く逸しつつ受け止めてみせた。
「うわ、本当に受け止めたよ、、、。どう? メトドさん」
ドーラの蹴りはいくら武器を斜めに構えて力を散らしたとは言え、人の力で受け止めきれる威力ではないはずだ、とターロがメトドに確かめると、
「やはり、魔力です。土魔法の一種かと。魂力には至っていませんが、修練を積めば可能性がありそうです」
「やっぱり、、、。俺にも出来るかな?」
二人で進んでしまう話を傍らで聞いていたカルテリコスがたまらず問う。
「どういうことだ?」
「あのビックリ防御力。無意識に魔力で底上げしているらしいんだ。山岳の民は皆出来るのかな?」
長老に尋ねると、多かれ少なかれ皆使えるらしい。
その力は金工の腕前に比例するそうだ。
「そうか、、、。代々、金属を扱っているうちに、それに必要な肉体強化と、金属強化の魔法を無詠唱状態で使えるようになっているんだね。無意識下に刷り込まれるまでの反復が必要なんだろうな。じゃあ、俺にはすぐに使えないか。まあ、でも、、、」
と、試しにアプセウデースに詠唱魔法を教えてみる。
しかし、何の効果もなかった。
「やはり、魔法は、魔力操作と想像力の両輪が揃わないと真の威力が発揮出来ないのでしょうか?」
とメトドがターロに訊いた。
山岳の民は魔法に関する鍛錬をほぼ積んでいない。
簡単なライトの様な生活魔法ですら使えない者が多い。
器用な手先で必要な道具は大抵作れてしまい、それらがあれば魔法など必要ないからだ。
「逆に考えるとアプセウデースが魔力操作を覚えれば、防御力は更にとんでもない物になる、って事じゃない?」
これから頑張ろう、とターロがアプセウデースの背中を軽く叩くと、
「おねげえしますだ!」
新しい生徒の元気な返事が返ってくるのだった。