5-11 天使の呪い
「熟睡してるのかな?」
ターロが言うと同時に、 古代竜 が目を開けた。
鼻息ですら、うっすらと炎に変わっている。
体の色といい、炎の属性を持つ竜で間違いないだろう。
当たりである事をターロとメトドは無言で頷き合って確認した。
やはり天使の砂漠での実験は、この竜を封印する為の物だったと考えて良さそうだ。
『、、、珍しい。何年ぶりの客でしょう、、、』
外見とは裏腹に、優しそうな女性の声。
尤もドラゴンの骨格で人語を話せる訳はないので念話の一種なのだろうが、不思議な事に頭に直接響くのではなく耳から聞こえている様に感じられる。
「俺はターロ。エンシェントドラゴンがこの地にいる、と聞いて来たのですが、、、」
『それは恐らく私のことですね。もしかしてイッヒーから聞いて?』
「そうです」
『まあ、約束を守ってくれたのね、あれから何年経ったのでしょう?』
「分かりません。彼の手記を読んだだけなので、、、。でも少なくとも三百年以上は経っているはずです、で、約束というのは?」
『誰か、何とかしてくれる人を連れてくると言っていたわ』
(イッヒーさん。またですか)
砂漠の火の精霊に続いて今回も丸投げされた。
しかも前回と違って手がかりすら残されていない。
「古代竜さん。 呪いとはどういうものなのでしょう?」
今まで和やかに話していたのに、急に古代竜が無表情になった。
「?」
待っても何の返事もない。
「えっと、、、古代竜さん?」
『あら、何かしら?』
「?」
何かがおかしい。
『その子、、、竜ね? 髪と目の色からしたら、地竜なのかしら? でも変ね。地竜が人化出来るなんて、、、』
「そうなんですよ。樹海で会った地竜なんですけれど、何故か人化出来るようになったんです」
『そうなのね。まあ、過去に例がないわけじゃないけれど、、、』
会話は成立している。
「あの〜、それで、あなたの呪いは、、、」
また話を戻してみるが、やはり、無表情になってしまった。
竜の顔に"無表情"というのもおかしいが、そうとしか表現のしようがない。
目から光が急に無くなるのだ。
ここにいる全員が、古代竜に違和感を覚えた。
「ターロ様、、、どういうことなのでしょう?」
メトドがターロに訊く。
「もしかして、、、」
何かに気付いたようで、それを確かめようとターロはまた古代竜に話しかけた。
「以前イッヒーさんが来たんですよね?」
『そうよ。面白い人族だったわ』
「何もせずに帰っていった?」
また無表情になる。
「イッヒーさんは一人でしたか?」
『ええ、一人で来たわ』
「で、呪いを解かずに帰っていった?」
無表情。
「やっぱり、、、」
確信を得て振り返ったターロが皆に言った。
「呪いについて話そうとすると、固まっちゃう様になってるんだよ。まさに呪いだね」
「なるほど、そう言うことですか。しかし、古代竜でも抗えないとなると、、、」
「うん。火の精霊で研究して、特別に誂えた魔法なんだろうね。砂漠の祭壇みたいにどこか別の場所に魔法陣があれば解除もしやすいんだけれどな、、、。メトドさん。あの古代竜自体に仕掛けられているんじゃない?」
メトドが魂力で古代竜を探る。
「確かにあります。胸の鱗の裏に魔法陣らしきものが見えます。しかし覗く事を阻害するような仕組があるらしくて内容まで見えません」
目を開けるとそう言った。
「やっぱりそうか。直接魔法陣を仕掛けられたんじゃ、抗し切れないよな。解析阻害付きだなんて凝ってるね。テュシアーに解除してもらう前に念の為にちょっと見せてもらおう」
と言ってターロが近づく。
やはり古代竜は無表情のまま動かない。
が、メトドには、何かが見えた。
「ターロ様! 嫌な感じがします! お下がりください!」
奇しくも大賢者イッヒーと同じ感想を口走る。
「え?」
その言葉に振り返ったターロに古代竜の尾が襲いかかった。
ボグアアァッッッ!!!
ターロは避ける暇もなく直撃を喰らい吹き飛ぶ。
「! ターロ様っ!!」
「先生ぇっ!!」
あまりの事に叫ぶのが精一杯で誰もその場から動けない。
が、
「ぬししゃまーーーッ!!!」
ドーラだけが向こうまで飛ばされたターロに駆け寄った。
「ああああ゛〜っ!!!! ぬししゃまっ!! ぬししゃま〜っ!!」
半狂乱の体だ。
ドーラに揺すられているターロの体はおかしな方向に拉げている。
即死だったのか、ピクリとも動かない。
「何をするッ!」
カルテリコスが古代竜に詰問する。
皆がその声にハッとなり、ターロを殺した張本人を見上げた。
相変わらず無表情だ、が、皆、息を呑む。
無表情ながらも古代竜の双眸からは血の涙が流れていた。
食いしばった口元からもツウッと赤い一筋が首をつたう。
「、、、、そうか。そういう呪いかっ! 天使めぇっ!!」
メトドが声を荒らげた。
「どういうことだ?!」
尋ねるカルテリコスにメトドが応える。
「この呪いは、解こうとする者を殺すように仕組まれているんだ! 呪いについては話せず、調べようと近づくと何の前触れもなく襲いかかる。無意識の攻撃だからターロ様の気配察知にも引っかからなかった。なんて卑劣な呪いだ!」
「そう言うことか!」
ドーラが、
「ああああっ!!!!」
叫んで跳び出した。
「ドーラちゃんっ!」
テュシアーが止めようとするが間に合わない。
ドガッ!
未だ動かない古代竜の顎に拳を叩きつけた。
「ドーラ、止めろ! 古代竜は呪いで攻撃しているんだ!」
メトドの叫びもドーラには届いていない。
着地してすぐに跳び掛かり、また殴る。
「ぬししゃま いないの いやー! ひとりは、いーやーっ!!!」
叫びながら何発も古代竜への打撃を加えていく。
古代竜はその猛攻に後ろに大きく仰け反るも、直ぐに向き直り、
グララガアアアアーーーッッ!!!
竜の咆哮をドーラに浴びせた。
空中で炎のドラゴンブレスの直撃を受けたドーラが黒焦げになって落ちていく。
「いやああああっ!!」
テュシアーの悲鳴が虚しく山に、響いた。