表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
其の男、異世界の木鐸となる  作者: 岩佐茂一郎
【第一部】第五章 山岳の国 ”プース”
127/678

5-8 呪縛を解く

「あんれぇ! その山羊は!」


少しして、コボルト似と一緒にフワフワと崖下から戻ってきたターロの腕には、一匹の山羊が抱えられていた。


「いなくなった山羊って、この子?」


ターロがアプセウデースに確認すると、


「ああ、そうだ! こいつに間違(まちげ)ーねーだよ!」


「干し草の寝床で暢気に寝ていたよ。きっと帰ってくるときにでも(はぐ)れて崖から落ちた拍子に、脚を折ったんじゃない?」


見ると前脚に添え木がしてある。


「これは君がやったの?」


とアウロが訊くと、頷くコボルト似。


「、、、そうだったんだべな。 ありがとうよ」


アプセウデースは礼をいう。


「まあ、今までのチーズ泥棒だとかで、手柄は帳消しだね」


ターロがコボルト似の首根っこをまた掴んで持ち上げると、シュンとする。


皆、それを見て笑った。


だが、アウロだけは笑っていない。


「、、、近づくものは殺せって天使から命令されてるのに、そうしなくていいように頑張ったり、、、崖に落ちた山羊のお世話をしたり、、、善い事しながら一所懸命に生きている君を、僕は、、、僕は、勝手に、合成されて辛いだろう、って、決めつけて殺そうと、、、いいや! 先生が止めてくれなかったら、本当に殺していた、、、。なんて謝ればいいんだろう?」


涙を溜めて、また自分を責め始める。


「アウロ。精霊達が頼んだのは、合成生物には自我が無いって思ったからだろ? この子は例外なんだ。精霊達も、こんな子がいるなんて思ってなかったからお願いしたんだ。もう気に病むんじゃないよ」


とターロが言うのを聞いてか、コボルト似はテケテケテケとアウロに歩み寄って、泣いているアウロの涙を舐めた。


「、、、許してくれるの? 、、、うふふ、くすぐったいよ」


やっと笑ったアウロに、コボルト似はチーズを少し削って渡す。


「え?」


困惑してターロを見るアウロ。


ターロは笑って、


「あははは。あげるってさ。これでも食べて元気出せって事じゃない? 自分のチーズじゃないのにね」


今度はアウロも含めた皆で笑った。


「さて、この子をどうするか、、、。このままでもいいけど、きっと天使の制約の呪い(ゲッシュ)がかけられていると思うんだよねぇ」


ターロのその言葉に、


「先生、それはどういう事?」


アウロが貰ったチーズを半分かじりながら尋ねる。


残り半分はドーラが食べていた。


何人(なんぴと)たりとも古代竜に近寄らせてはならない、とかっていう制約だよ。魔法か何かでかけられているんじゃない? どう? メトドさん」


メトドが目を瞑って、魂力でコボルト似を見ると、やはりそのような呪いが魂に刻まれているらしい。


「この子をどっかに閉じ込めておいて、その隙に古代竜のところに行く、って手もあるけれどねえ」


と言ってコボルト似を見る。


チーズはもう自分のものになった、と理解したらしく、暢気に食べている。


「でも、与えられた仕事が出来ていないってがばれたら処分されちゃうかもしれないし、、、。それは可哀想だなあ」


と呟いたのを聞いて、アウロが、縋るようにターロに訊く。


「そんな! 先生、何とかなりませんか?!」


ターロは少し考えて、コボルト似の正面に座り、


「なあ、今までの話聞いていただろ? 理解しているかい?」


と尋ねると、コボルト似は少し首を傾げてから頷いた。


「そうか。でさ、君はこのままでいたい?」


無反応。


「それとも生まれ変わりたい?」


この質問には強く頷く。


「上手く行くかわからないよ。成功すれば天使の支配から脱することが出来ると思う。けれども、失敗すると死んじゃうかも知れない。それでも生まれ変わりたい?」


コボルト似は強く深く頷いた。


「よし、上手く行くか分からないけれどやってみよう。ただし条件があるよ。アウロ」


ターロはアウロに、


「生まれ変わった後の面倒はアウロがみるって約束できるかい?」


「は、はい!」


その返事を聞き、今度はテュシアーを見て、


「テュシアー。君の魂力が必要なんだ。この子は無理やり合成獣の体に精霊を定着させて造られている。一度それをばらして再構築してみようと思うんだ。その"ばらす"作業は君の魂力で出来るんじゃないかな?」


ターロの考えはこうだった。、


天使が精霊を人造生物に定着させたのなら、何らかの魔術的方法でだろう。


ならば先ずそれを無効にして、肉体から精霊を剥がすことはテュシアーの魂力で出来るはずだ。


スザクは自我が薄れて、消えかけていたので、元の精霊に戻すことは出来なかった。


それとは少し違うが、このコボルト似の場合、風と氷の精霊が合成されており、長い時間経験を共有してしまった今、分離して元の精霊に戻すことは叶わなくなってしまった。


そこで、スザクのように生まれ変わらせるのだが、その時に更にテュシアーの魂力でコボルト似の魂に刻まれた天使の制約を打ち破る。


その後ターロの魂力"木鐸"で、再構築した肉体に精霊を再度定着させる。


「成る程!」


メトドが声をあげた。


「本当にそんな事が出来るのか?」


スザクの再生に立ち会っていないカルテリコスとアプセウデースは、理解は出来るが信じられない会話にどう反応していいか迷っている。


ターロは、


「ちょっと手順が多くなるけれど経験済みだからね。出来る、って言うかやってみせるさ。俺の祝福は絶対大丈夫なんだろ?」


と、アウロを撫でた。


ドーラは、今回は頭を出してきた。


それも撫でてから、


「よっしゃ、善は急げだ。今やっちゃおう!」


と言って、気合を入れる。


「え? 今ですか? ここで?」


テュシアーは驚くが、


「うん。こういう事は勢いでやっちゃたほうが上手く行くんだ。変に構えて後回しにすると考えすぎてかえって失敗する。さあ、やろう!」


テュシアーはメトドを見るが、彼は静かに頷くばかりだ。


その頷きに覚悟を決めたテュシアーが、コボルト似に手をあてて、魔力を込め始めた。


(この生き物を天使の呪縛から開放して!)


後ろから魔力移譲をするためにメトドが彼女の肩を支える。


テュシアーの手が光り始めた。


「おおー!」


カルテリコス達が驚きの声をあげる。


ターロもコボルト似に手を翳して精霊と肉体が分離し精霊から天使の制約が消される瞬間を待ちつつ、合成獣の肉体にもありったけの魔力を送って再構築を促す。


一度スザクで経験しているからか、思ったよりすんなり進むが、肉体の再構築にかかる魔力消費が予想外に多い。


土中・大気中から粒子のような物が集まってくる。


再構築に必要な物なのだろう。


それらがコボルト似を覆った魔力の光の中で蠢いている。


(おいおい、どんだけ凄い体を手に入れるつもりなんだよ?)


このごっそり魔力を持っていこうとする犯人は、風と氷の精霊らしい。


二人(今となっては一人だが)が、天使に理不尽に合成された経験から、彼らに抗し得る強い肉体を欲しているようだ。


(まあ、魔力切れになっても、ライン王子の魂力で耐えられるだろ)


と、軽く考えターロはコボルト似の今の姿、狗の頭と、風と氷の精霊力を持った存在から、生まれ変わった後の姿を想像する。


本来の神話ではそのようなものでは無かったが、前世のゲームや、ファンタジーの中ではそうなりつつあった方の姿を思い描いた。


その(イメージ)は、、、



肉体から精霊が剥がれ始めた。


完全に離れてしまわぬよう魔力の紐で二つを固定。


仮死の状態を保つ。


そしてテュシアーの破邪の力が精霊から天使の制約を消し去ったその瞬間、ターロは肉体と精霊とを再定着させるために残りの魔力全てを注ぎ込んだ。


(この肉体に、


精霊を


魂として定着させる


魂とは


転生の時に見た


あの


白い靄の様な力の塊


そして、魂と肉体を結びつける物が、、、


、、、命


魔力を命に変換!


命が


肉体と


魂とを


結び付ける!)


スザクの時の様に、転生の後押しをする為、詠唱。



メテムサイコシス(輪廻転生)



コボルト似を包んでいた光は強さを増し、見ていた誰もが目を開けていられなくなった。


その光がおさまって、皆が驚く。


そこに座っていたのは、尻尾を振る一匹の可愛いらしい仔犬だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ