5-4 二度目の精霊界
『ほら、言ったでしょ。アウロは此方へどう来るかまだ知らないの。水の世界に来られたのは精霊樹が呼んだからなのよ』
水の精霊が執り成してくれる。
『む〜。じゃあ、しょうがないわね。でもアタシとも契約してくれるんでしょ?』
少し機嫌が直ったらしい風の精霊が、契約を持ちかけてきた。
『せっかちね。アウロが困っているじゃない。ちゃんと説明してあげないと』
と、圧倒されるアウロを、また水の精霊が助けてくれた。
「えっと、、、僕は精霊界に簡単に来られるの?」
『簡単に、ではないわ。契約した精霊が呼べば、睡眠中みたいに魂が体から離れやすくなっているときは比較的楽に来られるけれど、何の助けも無しに来られるのは相当な力を持った精霊使いだけよ』
水の精霊の言葉を風の精霊が横から奪って、
『そうよ。それでアウロと契約した水の精霊に頼んでこっちに呼んでもらったの。ここは大木の木陰。水の世界と風の世界の重なるところだから』
精霊樹ほどでなくても、年経る木には様々な精霊の力が宿るらしい。
『ならば、儂も交ぜてくれい』
下の方から声が聞こえる。
『あら、土の精霊』
(そうか。大樹なら、土の精霊界とも重なるよね)
『私が先よ!』
風の精霊が突風になる。
『、、、やめて!葉っぱが、、、』
小さな声が聞こえた。
「あ、大樹の精霊?」
薄っすらと見える小さな女の子が震えている。
風の精霊が暴れるので怖がっているようだ。
『まあ、ごめんなさい。あなた、もう少しで精霊樹になれるのね!』
「ど、どういうこと?」
精霊達の気ままな会話にアウロはついていけない。
『精霊樹はね、精霊界全てとあなたの物質界が重なった所に立っているって、この前言ったでしょ?』
確かに聞いたとアウロは頷く。
『全て、というのは簡単に言っただけでね、正確には精霊界の重なりは動くの。土の上に水が流れれば、それだけで土と水の世界は重なるわ。そこへ木が生えて、風に吹かれれば風の世界も加わって、そして雪が降ったり霜が落ちて氷の世界。雷が落ちて、雷の世界。その雷で火が付けば火の世界。そのくらいの世界の重なりがあると、そこに生えている木は精霊の霊力をいっぱい溜めて精霊樹になるのよ。勿論何百年って経ったものだけだけれど』
「そんな仕組みだったんだ、、、」
『そうよ。精霊は全ての現象に宿っているわ。現象だけでじゃなくって、存在にもよ』
その言葉を土の精霊が継ぐ。
『そうじゃ。特に鉱物には強い精霊が宿りやすい。魔力を貯め込む性質があるからな』
風の精霊も加わる。
『あなた達人族が作ったものもよ。高い技術で作られた物が、長い年月大切に使われると精霊が宿るのよ』
「物も?!」
『ええ。戦士と共に死線を何度も切り抜けた剣。思いの籠もった指環。知識の詰まった本。美味しいお茶と楽しい団欒を何千回と経験した茶碗、、、そういった物、全てが精霊を宿すのよ』
「そうなんだ、、、」
水の精霊が話を元に戻す。
『あなたが木陰を借りて昼寝をしているこの大樹も、もう数百年ここに立っているわ。後は少し辛い経験になるけれど、落雷を浴びて、身を焦がして、、、、それに耐えて、燃え尽きなければ精霊樹になれそうよ』
「そっか、、、大変なんだね、精霊樹になるのって、、、」
落雷と聞いて震える女の子の頭をアウロが優しく撫でると、女の子はにこっと微笑んで消えた。
消えた事から転移を連想したのか、天使のことを思い出す。
「そうだ。一つ訊きたいことがあったんだ」
『何?』
「みんな、何で天使をそんなに嫌うの? 奴らが来たら隠れちゃうでしょ?」
『ああ、、、』
あからさまに三人とも不快そうになる。
「えっと、、、聞いちゃいけないことだった?」
『そんなんじゃないの。そうじゃないけれど私達には辛いことなのよ』
水の精霊が言うのを継いで土の精霊が、
『そうじゃ。天使共は我等の不倶戴天の敵なのじゃ。彼奴らは、我等の仲間を捉え、実験と称して何人も、精霊界に帰れんようにしてしもうた』
と怒りを滲ませる。
「砂漠の国の火の精霊だけじゃないんだ、、、」
『そうよ! あんな大精霊は一度っきりだけれど、もっと小さな子たちはいっぱい捕まったわ。捕まっただけじゃなくって、無理やり合成されたの! 合成よ! 信じられる?!』
腹を立てている風の精霊に、他の精霊も同じ気持ちだ、と大きく頷く。
「何のためにそんな酷い事を、、、?」
『我等を合成して、攻撃の効果を高めるためじゃ』
「攻撃の効果?」
『そうよ! 私達と火の精霊を合成すれば、火が強く燃え上がるの。水や土だって、私達と合成するとより遠くへより速く飛ばせるでしょ? だから小さな風の精霊は沢山捕まえられたのよ!』
『それだけじゃないわ。合成に失敗した子は消えてしまったけれど、成功した子たちはそのまま、これも合成された魔獣に定着させられたのよ。だから二度と精霊界には帰ってこられなくなっちゃったの』
「そんな、、、酷い、、、」
言葉を失うアウロ。
成る程、精霊達が天使を嫌うわけだ。
『私達も、攫われた子を助けようとしたわ。でもね。物質界では私達は誰かに召喚されないと大した力が出せないの。彼らが張った結界すら破れずに、攫われた子たちが悲鳴をあげながら合成されていくのを見ているしか無かったの、、、』
そう言ってうつむく水の精霊。
彼女が泣けたのなら泣いているだろう。
全身が涙の彼女が涙を流すことはできない。
それがアウロには余計に痛々しく感じられた。
『だからアウロや。我等と契約をしてくれい。天使を倒すのならいくらでも力を貸すし、我等にも力をかしてくれ』
「僕でいいの?」
『何言ってるのよ!あなたがいいの!』
もう! 分かってないわね、という感じにふくれる風の精霊。
「、、、何だかよくわからないけれど、うれしいよ。ありがとう」
『きっと合成されて魔獣にされた子たちは、この先、天使にけしかけられて、あなた達を襲うと思うわ。でもお願い、アウロ。その子達を可哀想だと思うのなら、解放してあげて、、、』
沈痛な面持ちで告げる水の精霊。
「わかった。約束するよ。きっと解放する!」
決意を持って力強くアウロは応えた。
『じゃあ、私の真名を教えるわ。私は”・・・・・” 、、、
こうして、契約を済ませたアウロは目を覚ました。
「、、、そうだったんだ。 天使と精霊にそんな因縁が、、、」
話を聞いて皆は天使への義憤を募らせる。
「そうだ、先生!」
皆が暗い顔になってしまったのを見てか、アウロが明るい声をあげた。
「うん?」
「この大樹、もうすぐ精霊樹になれるそうなんです。無事に精霊樹になれるよう、祝福してあげてください!」
はい、どーんといっちゃって、みたいな顔をしているアウロに、ターロは、
「いや、だから、俺にそんな力はないって」
と苦笑いするが、
「またまたー。先生に祝福されれば、絶対大丈夫なんだから。お願いします!」
とアウロはターロをグイグイ木の方に押す。
皆は笑って見ている。
「しょうがないな、、、」
といって、ターロは目を瞑り、木の幹に手をあてて、祈る。
(無事に精霊樹になれますように、この先この世界を長く見守る偉大な存在になりますように)
手を離して目を開けると、アウロが満足そうに見ていた。
そんなアウロの頭をターロは撫でる。
すると透かさずドーラが、自分も撫でろ、と頭を腹にグリグリ押し付けてきた。
褒める理由もないので無視しているとグリグリの圧と速度が上がっていく。
このままだと内蔵を潰されかねないので、仕方無しにドーラも撫でるターロだった。