5-1 プースヘ
「ポーロスから、プースまではどのくらいかかるの?」
ターロが皆に訊くと目のあったカルテリコスは、
「歩きでどれくらいかは分からないな。ペガサスなら一日もかからないのだが、、、」
「そりゃそうだ。メトドさん知ってる?」
「正確には分かりませんが、地図からすると一日八時間歩いたとして、七日前後かと」
とのメトドに、
「先生は絶対寄り道するから、もっとかかるね」
アウロが付け加える。
真面目な顔で言っているので、からかったりしているわけではなさそうだ。
(ひ、皮肉られた方がましだ、、、)
アウロは天然毒舌であるとターロの中で確定。
「じゃあ、のんびり行きますか。まだ時間的余裕はあるし」
当初半年と言う期限は短く思われたので、行く先々で長期滞在することは無かったが、これならもっといろいろ見ておけばよかった、と、少し思うターロ。
まあ、また機会はあるでしょ。と思い直して、目的地プースへ思いを馳せる。
「プースってどんな所? イッヒーさんの手記にはさ、天使の呪いを受けた古代竜がいて、その解呪をしようと思ったけれど、嫌な感じがしたから止めた、ってあるんだけれど、、、誰か何か知ってる?」
誰も知るものはいない。
「また天使か。大賢者様でも解けなかった物とは、質が悪そうだな」
とカルテリコス。
皆に合わせ、プテリュクスも横を歩いている。
時々、速度が遅すぎてイライラするらしく、空を飛んで戻ってくる。
アウロとドーラは乗りたそうにしていたが、ペガサスは主と認めた者しか背に乗せない、というので諦めていた。
二晩の野宿の後、カルテリコスが二年間匿ってもらっていた村に着いた。
すでに村人等は首都での出来事をどうやってか知っている。
村人の情報網=行商人とその顧客である奥様方の情報網は侮れない。
「カルテリコス様!」
一行に気付いて村人一同が出迎えた。
「おめでとうございます。終に、終に将軍様の、、、お父上の汚名を濯がれましたな、、、」
集まった皆で、よよよ、と泣きはじめる。
「ありがとう。二年もの間、皆が支えてくれたからだ。本当にありがとう」
「もったいないお言葉」
といって、更に泣く。
(おお、麗しき主従愛)
ターロは、前世の時代劇を思い出していた。
そして不覚にも、もらい泣きをしてしまう。
「この方たちに助けて頂いた。恩人だ。丁重にお願いする」
カルテリコスがターロ達を指していった。
「おお、いつぞやの。お噂は伺っております」
と、下にも置かないもてなしぶり。
村を挙げての祝宴となった。
こんなとき率先して酒を呑むはずのターロが、果汁水を飲んでいる。
それに気付いたメトドが心配して、
「ターロ様、具合でも悪いのですか?」
と、尋ねると、
「、、、いや、、、何か嫌な感じがしてさ」
ターロには転生時にフォルスを取り込んで得た魂力、"野生の力"がある。
その直感は馬鹿にはできない。
「先生、、、」
今まで、飲食を楽しんでいたアウロが、青い顔をしてこっちへ来る。
「やっぱり」
と、分かっていたようなターロ。
アウロに確認する。
「来るんだね?」
「はい」
アウロが精霊から天使の襲来を知らされたようだ。
「カルテリコス! 天使が来る! 村の皆さんを避難させるんだ! ドーラと俺で迎え撃つ。アウロとテュシアーは村の皆さんを守って。メトドさんは、、、」
「未来視、二分ならいけます」
「じゃあ、温存。テュシアー達と一緒にいて。臨機応変に援護お願い!」
どこに転移してくるのか、と周りを見ると、村の入り口付近に四つの魔法陣が見えた。
「くそっ、四体も来る」
まだ宴会は始まったばかりだったので、泥酔している者がいなかったのが幸いした。
避難は支障無く完了しそうだ。
魔法陣から四人の天使が現れた。
首の横に矢を受けた天使もいる。
完治はしているようだが、矢を引き抜くとき広がったのであろう、痛々しく残る小さくない傷跡でそれと分かった。
他の天使は皆、翼が二枚だ。
ということは海の国の天使と同格。
内心ホッとするターロ。
(いやいや、油断大敵。四人もいるんだ。そのうちの一人は翼四枚、、、)
と、気を引き締め直す。
傷の天使が歩み寄ってきて口を開いた。
「お主らを山岳の国へやるわけにはいかぬ。ここで果ててもらおう」
「何で行かせたくないんだよ。古代竜か?」
というターロに、眉をピクリとさせただけで無言で光輪を放ってきた。
バン!
ドーラの平手が蝿でも撃ち落とすように光輪を潰す。
「!!」
傷のある天使以外が驚く。
「共通視を通して見てはいたが、、、本当なのだな」
一人が呟いた。
「ああ、そのようだ。気を抜くな。そしてできれば生け捕りにしろ。手に余らば殺して構わん」
傷の天使が言うと、三人の二枚羽の天使は散開した。
天使らに囲まれた形になったターロはドーラと背中合わせになって迎え撃つ。
(なんだ? ドーラになにかあるのか?)
"生け捕り"という言葉が引っかかる。
「ドーラ。離れずにお互いの背中を守ろう」
「ん」
ドーラはターロから体術を習い、戦闘力の向上著しい。
組み手では、ターロはもう一切勝てない。
向かってくるドーラを転がしていた頃が懐かしい。
ドーラを生け捕りにするためなのか、光輪や衝撃波等の攻撃に意味がないと判断したのか、天使たちは飛ぶこと無く距離をじわじわと詰めてくる。
「!!」
【ブースト】
嫌な予感がしたターロは、振り返ってドーラを抱えると、空へ飛んだ。
下を見ると、四人の天使を頂点に大きな魔法陣が張られている。
(なんだありゃ? 結界? 束縛の魔法陣か? あっぶねぇー)
足を横に向け再度、ブースト。
魔法陣を避け、離れた所に着地した。
「む、、、勘がいいな」
天使らは此方に向き直り、構える。
「なんなんだ! 何でこの子を連れて行こうとする!?」
ドーラを攫おうとする天使に、ターロはだんだん怒りがこみ上げてきた。
「ぶっ殺す!」
こんなに怒りを露わにしているターロを見るのが初めてのドーラは驚いて見上げている。
天使達から視線を切らさずに、その頭を撫で、
「大丈夫。連れて行かせやしないよ」
とターロは優しく言った。
前世での死に際を思い出す。
(今度は、、、この子だけ置いて逝ったりしない!)
「ドーラ。捕まらないようにだけ気をつけなよ!」
そう言うや、ターロは近くの大木へと走り幹に足をかけ頭を天使達の方へと向けると、
【ブースト】
四枚羽の天使へ一直線に飛んでいく。
ターロの木刀の突きを、天使は硬化させた右手で大きく外に払う。
ターロは其の力に木刀を飛ばされそうになるが、辛うじて左手で保持し、空いた右手は天使の喉元へ伸ばした。
天使もまた、空いている左手を喉の前に差し入れ、首を掴まれることを回避。
ターロの右手は天使の左手首を掴み、左手の木刀は天使の手刀の形のまま硬化させた右手と鍔迫り合いをする形となっている。
膠着状態か、と思われたが、
ブボファッ
「ぐおぁああ!!」
真皮まで貫くような鋭い痛みに苦悶の声をあげる天使。
急にターロの右手が燃え上がり、天使の左手を炭に変えた。
天使は後ろに下がって痛みに膝を付き、珠の汗を流す。
「な、なんだ、その右手は!?」
顔を歪めて訊く天使に、ターロは応えた。
「ひ・み・つ」