1-11 大賢者の方丈
一時間少々歩くと、木々が鬱蒼と茂り、道が二手に別れた場所に出た。
そこでメトドが杖を掲げ魔力を込める。
すると分かれ道の間にもう一つ道が現れた。
「おお〜!!」
大田が声を上げる。
(こんなふうに木が歪んで森に道ができるアニメ映画があったな、、、)
「この杖が方丈への入り口を開く鍵となっています。今は私と長老しか使えない。この杖なしでは歩いて方丈にたどり着くのは不可能です。ぐるぐると森の中を死ぬまで彷徨うことになる」
「、、、なにそれ、コワイ」
「そうです。大賢者様の結界ですから」
「我々里の者はこの杖があれば方丈へ入れますのじゃ。それとは別に、王家の方も転移陣を使って方丈に入れますぞ」
と長老。
「王家?」
「そうですじゃ。大賢者様は先代の陛下の教師、御親友にして相談役、そして現国王陛下の教育係をなさっていましたのじゃ。で、この方丈には、王家の血筋の方のみが使える転移陣が設置されております」
ロエー長老の言葉に、メトドが続ける。
「先程、この杖を使って方丈への道を開いた事は、王宮に伝わるようになっております。久しぶりの事なのでおそらく、国王陛下か、姫君かが、様子を見に転移してくるかもしれません」
記憶ではラインは幼少期この連邦に魔法留学に来ていた。
「リトス!」
記憶に鮮明に残る姫の名を叫ぶ大田。
「やはり覚えておいでか。とても仲がよろしゅうございましたで」
と、微笑むロエー。
王宮で宮廷魔術師の講義を受けている間、横にちょこんと座って終わるのをずっと待っていたリトス。
初めて合った時はまだ五歳だった。何故かラインに懐き、連邦国滞在中ずっと後ろをついて回った。
ラインも実妹の様にリトスを可愛がり、王宮の誰もが、いや、国中の誰もがそんな二人を暖かく見守った。
(リトスはどうしているだろう? 大きくなったろうか? 今は確か、、、12歳になったはずだ)
ラインが三年の留学を終え、自国に帰る時は大泣きして部屋から出てこなかった。
結局会えずに国に帰ってしまった事を、鉱山の苦役で死を覚悟したときに悔やんだものだった。
ここで大田は、ラインの記憶を完全に自分の事として感じている事に気がついた。
そして複雑な心境になる。
俺はラインではない、、、いや、ラインなのだろうか?
そんな事を考えているうちに方丈らしき建物の前に着いた。
方丈と言うだけあって本当に小さい。
(ここに三人も入れるのか?)
と思いながら、扉を開け入っていく二人に続いた大田は目を見張った。
「!?!? 広い!!」
外から見る建物はせいぜい縦横三メートル、高さ五メートルといったところなのに、中は二十畳はあろうかというリビングに壁一面のぎっしり本の詰まった本棚、部屋には大きなテーブルと、がっしりとした机がある。
奥にもいくつか部屋がありそうだ。
「空間魔法による拡張です。大賢者様の偉大な御業です」
(御業って、、メトドさんの大賢者への敬意は、信仰に近いな)
メトドの様子に若干引きながら大田が部屋を見回すと、奥の部屋から光が漏れてくる。
「転移陣が光っています。どなたかいらっしゃったのでしょう」
メトドが言う通り、光がやみ人の気配がしてきた。
出てきたのは明らかに高貴な身分に連なる少女。
身にまとっている物は華美ではないがどれも洗練された物で、それ以上に本人の醸し出す気品が庶民のそれとは違う。
連邦の第一王女リトスだった。
「!」
そのリトスは大田、いやラインを見て固まる。
それはそうだ。
死んだと思っていたラインが目の前に居るのだから。
「ラ、ライン様なのですか!?」
何と返したらよいかわからず、戸惑う大田。
しかし、リトスは返事を待つことなく大田の胸に飛び込む。
「あ゛〜〜!! お兄様〜!!」
泣きじゃくるリトスに困り果てて、二人の顔を見るが、暖かい目で此方を見て微笑んでいる。
(そんな、孫を見るような目で見てないで何とかしてくれ、、、)
「亡くなったとばかり思゛っていまじだぁぁぁ〜!」
きっと、ちゃんとお別れの挨拶が出来なかった事を彼女も後悔していたのであろう。
ずっと抱えていた思いを吐き出すかのように泣き続けた。
「、、、リトス」
自分のではないとは言え、ラインの記憶と完全に融合している大田も胸に来るものがあり涙ぐんだ。
そして、少し落ち着いて来たと思うと急に、
「お父様にお知らせしないと! どこへも行かないでくださいね! きっとですよ!」
と言うと大田達の返事も聞かずに転移陣に消えていった。
「、、、えっと、、、」
大田は言葉を失う。
嵐のような子だ。
そういえばあんな子だった。
「、、どうしましょう? いまさら、ライン王子じゃない、なんて言える雰囲気じゃ、、、」
と、言う大田に
「本当の事を申し上げたほうがよろしいかと、、、。厳密にはライン殿下でない訳ではないのですから」
そう応えるメトド。
ロエーも同じ意見のようで、
「隠してもばれますぞ。姫の勘は鋭い」
(おい、何だよその他人事感たっぷりのアドバイス、、、)
そんな事を言っている間に奥の部屋が光り、二人、出てきた。
「ライン! 本当に生きていたのか!」
オルトロス。
連邦の盟主国、ケパレーの王、その人だ。
「お父様! 私の申し上げた通りでしょ!」
興奮する二人に、大田は申し訳なさそうに言う。
「お久しぶりです。陛下、姫。ただ、、、私はラインであってラインでないのです」
「「 ? 」」
何を言っているんだ、という顔の二人にロエーが助け舟を出す。
「陛下、姫、驚かずにお聞きくだされ。ライン殿下には大賢者様の様に異世界渡りの者の魂が宿っておりますのじゃ」
そして、今までの話を詳しく聞かせた。
「そんな! では、やはり、お兄様は亡くなってしまったの!?」
「いや、死んだと言うより、俺の一部になったと言うか、、、」
また泣き出すリトス。
オルトロスは大田を探るような目でじっと見ている。
「記憶はしっかりあって、リトスのことは覚えているんだよ。ずっと、ちゃんとお別れできなかった事が気になっていたんだ。また会えて嬉しいよ」
この言葉にハッとなるリトス。まじまじと大田を見ると、
「わだじもです〜!!」
と、大田めがけて飛び込んできた。
「ぐふ!」
衰えた肉体には決して軽くない一撃をなんとか受け止めた。
「ああ、やっぱり本物のライン兄様です〜」
大田に背中をポンポンとされ、リトスは落ち着いたようだ。
「ライン、いやターロ殿と呼ぶべきか、、、」
娘が落ち着くのを見計らって、オルトロスが口を開いたが、二の句が継げずにいる。
「陛下、どうお呼びするべきかは、大賢者様にお伺いを立てては?」
ニヤリと笑うロエー。
「むっ、では継承の儀を? ターロ殿はそれ程のお人か?」
というオルトロスの問に、ロエーとメトドは深く頷く。
「どういうことですか?」
大田の質問にメトドが答えた。
「この方丈には大賢者様の魂が封印された魔法陣があるのです。その魔法陣による継承の儀式を通して、遺産を継ぐに相応しい人物かどうかが試されるのです」
そんなことが可能なのだろうか?
いや、魔法のあるこの世界なら可能なのだろう、と納得した大田。
「早速始めよう」
という、オルトロスの言葉に、
「はい、では皆さん此方へ」
とメトドが誘う。
本棚の本の何冊かを半分ほど引き出すと、
ガコン!!
という音とともに机が持ち上がり、その下に隠し階段が出現した。
「こ、これは、、、」
(なんてベタな、、、)
大田が呆れているのを、ただ驚き感心していると勘違いしたメトドは、
「大賢者様はこの様な機械仕掛にも造詣が深いのです」
と自慢げに言う。
こうして、一行は地下へと足を踏み入れた。