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其の男、異世界の木鐸となる  作者: 岩佐茂一郎
【第一部】第五章 山岳の国 ”プース”
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5-0-3 大賢者、森へ行く3

「あそこが集会所みたいなものかな?」


二人は集落中央に建てられた藁葺きの大きいな建物を見つけた。


「オークにこんな物を建てる技術が、、、?」


オークは野蛮で洞窟だのに住んでいる、と思い込んでいたロエーは驚いた。


「ね。知らないと勝手に決めつけちゃってるでしょ? 彼らは意外と文化的なんだね」


そう言ってイッヒーは更に進む。


「あ、第一村人発見」


と言ったイッヒーの視線の先には小さなオーク、おそらく子供の、がいた。


「怖がらないで、僕達、悪い魔法使いじゃないよ」


イッヒーは言うが、子供は恐怖のあまり口をぱくつかせて硬直している。


「イッヒー様、、、その台詞は何でしょうか?」


「ん? お約束?」


いや、訊き返されても困る、と思うロエー。


「やっぱり通じないか、言葉。 、、、じゃあ、これは?」


と言って、イッヒーは唱えた。



【オーラル トランス(通訳)レーション アンド テレパシー(遠隔精神反応)



《あー、あー。聞こえてますか? 言葉分かりますか? 飴食べますか?》


「おおう?!」


頭の中で響く声にロエーの方が驚いた。


イッヒーは、驚きの為に更に口をぱくつかせているオークの子供の、その口に、ぽいっと飴を投げ込む。


一瞬、んぐっ、と言う顔になった後、


《あ、あ、あっまーい!》


子供の心の声が伝わってくる。


《お、通じるみたい。成功成功。ロエー、ほら、意志の疎通できるでしょ? ね?》


ロエーにニッと笑ってみせたイッヒーはオークの子に向き直って、


《大丈夫だから。おじさん達、悪い魔法使いじゃないんだよ。ちょっとお話しに来たんだ》


《お話?》


《そうそう。お話》


子供の警戒は少し解けたようだ。


《僕、イッヒー。君は?》


《、、、プエンテ》


《プエンテちゃんか。女の子らしいかわいい名前だね》


《、、、ありがとう》


名を褒められて嬉しいのはオークも同じらしく、更に警戒が解けたように見えた。


ここでロエーはイッヒーがオークの子の性別を分かっていた事に感心する。


言われてみれば、確かに女の子らしい格好をしているが、ロエーには全く気づかなかった、と言うより性別がある、という事にすら考えが至らなかった。


それだけ自分はオークを下に見ており、逆にイッヒーは同列の存在と考えているのだと気付いて、ロエーは一人恥入る。


そんなロエーの心内をよそにイッヒーとプエンテの"会話"は続いた。


《ねえ、大人達、帰ってきたでしょ?》


《うん。みんな、混乱している。王様が急に死んじゃったって。トロルが大暴れして、みんな死んじゃったって、、、》


しくしく泣き出すプエンテ。


彼女の身内も死んだのかも知れない。


その王様を殺した犯人は僕です、とは流石に言えず困ってしまう二人。


イッヒーは跪いてプエンテに目線の高さをあわせると、


《ねえ、プエンテちゃん。王様達は、僕たち人族を殺そうとしていたんだ。でも、もうこんな事が起きないようにしたくてね、それを相談するために僕たちはここへ来たんだよ。手伝ってくれないかなあ?》


と言って、プエンテの頭を撫でる。


《もう、誰も死なないように?》


しゃくりあげながら訊き返すプエンテ。


《そう。誰も嫌な思いをしないように》


じっとお互いの目をみる。


そしてどちらともなく、ぎゅっと抱擁を交わすと彼女は、


《プエンテ、手伝う。何すればいい?》


と言った。


異種間の心の交流を目の当たりにして、ロエーは強い感動を覚えた。


それと同時に、目の前の恩人の偉大さは(ひろ)い知識や高度な魔法の能力ではなく、その人間性にあるのだ、と悟った。


イッヒーはプエンテを片腕で抱きかかえたまま、集会場へと歩を進める。


集会場は集落の真ん中を通る川の傍にあった。


その前には広場があり、帰ってきた者の殆どがそこに集まっているようだ。


「●▶■!!!」


オークがイッヒー達を見つけて、何事かを喚き立てる。


武器を突きつけて、大声で威嚇してきた。


「△◎◇!!」


プエンテが何か言い返している。


しかし、大人のオーク達は聞く耳を持たないようだ。


「イッヒー様、大人のオークと会話できるようにはしないのですか?」


ロエーが当然の疑問をぶつけるが、イッヒーは、


「それは出来るけれど、しないよ。僕がいなくなった後、何時でも話が通じるわけじゃないからね。プエンテちゃんだけを通して交渉してみよう。オークにもこういう事に慣れてもらわないと意味がないでしょ?」


と言い、プエンテに尋ねた。


《ねえ、プエンテちゃん。皆はなんて?》


《人族に攫われたのか? って。違うって言っても聞いてくれない》


攫ったなら、わざわざこうして出向いてこないだろう、やっぱりオークは頭が悪いな、とロエーは思う。


《困ったね》


《困った》


二人はどうしようか、と見つめ合っているうちに、失笑してしまった。


「!!」


それを見ていたオーク達が驚く。


笑っているぞ、プエンテもだ。


本当に攫われたのではないのか?


言葉は分からなくとも、そんな事を言い合っているとロエーには察せられた。


「◎▽○▫▷、、、」


今度はプエンテが長めに皆に話す。


この人族は、相談に来たと言っている。話し合いに応じてくれ、といったことを伝えているらしい。


何人かの大人が歩み出た。


《何を話し合うのか? と言っている》


プエンテを通訳としての交渉が始まった。


イッヒーは訴える。


"オークキングを誕生させ、他の種族を滅ぼして自分達の土地にするやり方は、結局自分たちが困ることになる"


"土地が小さいうちはいいが、大きくなると、本格的に人族や鬼族(オーガ)と対立することになる"


"そうなったとき、いくらオークキングがいても、豚頭族(オーク)は滅びることになる"


"他の種族を甘く見ないほうがいい"


というようなことを伝えると、


"ふざけるな、そんな事にはならない"


"我々はもう一度、王を生み出して今度こそ森を自分たちのものにする"


"数を増やせば、頭のいい人族だって、皆殺しに出来るぞ"


というようなことが返ってくる。


プエンテは申し訳なさそうに通訳するが、イッヒーは笑っている。


"本当に人族を皆殺しに出来るかな?"


とイッヒーの挑発をプエンテが通訳する。


"馬鹿にしやがって!"


"先ずはお前らから血祭りだ!"


オーク達は何も手に入れること無く帰ってきたこともあって、やけくそになっている。


話を聞いていて、ロエーは苛立ちを抑えられなくなってきた。


(何故こんなに馬鹿なんだ?)


顔を赤くしたロエーをみて、イッヒーが言った。


「駄目だよ、ロエー。怒りに我を忘れちゃ。このプエンテちゃんだって、オークなんだよ。オークは皆、こうなんだ、ていう決め付けはよくない」


その言葉に、ロエーはハッとなった。


「仰るとおりです。私が至りませんでした」


素直に謝る。


謝罪の言葉を口にしてしまうと、冷静になれた。


「お、頭が冷えたようだね。じゃあ、オークの皆さんを傷つけないように、人族の偉大さってやつを見せつけるのはどう? 言葉だけじゃあ納得しないだろうからね。 ほら、都合のいい事に横には川が流れているよ」


ニヤッと片方の口角を上げるイッヒーの意図を理解したロエーは、


「成る程」


と彼もまたニッとして、川の方へ精霊樹の杖を高く掲げ、大声で唱えた。



ルーム アップ(いでよ)ウォーター・ドラゴン(水竜)



なんだ? 何をしている? と、オーク達が警戒して後ずさったその時、川の水が盛り上がったかと思うとそれがみるみるうちに形をとっていく。


見たこともないような巨大な水竜が川から頭を出した。


そしてオーク達を威嚇するように口を大きく開ける。


ザッパアアァァァーーーッ!!


"うわ〜〜っ!!"


オーク達は腰を抜かして尻もちをつく。


恐怖のあまり、土下座で許しを乞う者もいた。


だが、実のところ、この水竜に攻撃力はない。


せいぜい魔力を解いた時にただの水に戻って、近くのものをびしょ濡れにするくらいだろう。


しかしそんな事を知る由もないオークには効果覿面だった。


人族の魔術師は怖いよって言って、というイッヒーの言葉を聞き、


「▫▷○○◇!!!」


人族を相手に戦うということは、こんな竜を操る魔術師と戦うことなのよ!


とプエンテが少し大げさな意訳で大人を叱った。


ロエーが杖を下ろすと同時に川へ帰っていく水竜をみて、オーク達はすっかりおとなしくなった。


その後の交渉はプエンテを通してロエーが行うが、円滑に進む。


オークキングが生れてしまうほど数を増やさないようにする。


増えすぎた場合は集落を小分けにする。


人族と交流を持つ。


そんな事が、色々と決められた。


これらを仮決定として後日、他の人族も交えて本決定のための交渉の場を設ける事となった。


オークキングの影響を完全に脱し普段に戻ったオーク達は、よく笑った。


建物の中も清潔だ。


聞くと毛並みのツヤを保つために、泥塗り所というものがあるらしい。


性別を問わず利用するという。


泥を塗り、しばらく置いてから水で綺麗に洗い流すと、毛並みが良くなるだけではなく、臭いや蚤等も防げるという。


人族よりも綺麗好きかも知れない。とロエーは思った。


すっかりオークたちと打ち解け、彼らの主食だという芋料理もご馳走になった。


イッヒーは交渉をロエーとプエンテに任せていて暇だったので"石焼き芋"という料理法を教えて、オークの奥様達に大人気になっていた。


しかもイッヒーは、なんとこの短い時間でオーク語の簡単な会話なら出来るようになっている。


話し合いが終わったので、帰路につく二人。


プエンテは名残惜しそうにしていたが、


"また直ぐ来るよ。君たちの言葉も覚えなきゃいけないし。プエンテちゃんにも人族の言葉を覚えてもらいたいし"


とイッヒーは約束する。


"じゃあ、何時来るの? 明日?"


"、、、プエンテちゃんは、せっかちだね、、、"


ちょっと困っているイッヒーをみてロエーとオーク達は一緒になって笑った。


集落を出て振り返るとまだ手を降って見送っているオーク達。


ロエーは、彼らに手を振り返しながら、


「彼らと理解し合うなんて事が出来るなんて、、、全く想像もしていませんでしたが、、、本当に、できるんですね」


しみじみとイッヒーに言う。


「そうだね。戦士は勇気ある者の代表のように思われているけどさ、違うよね。殺し合う、っていう選択肢は勇気のある者のすることじゃない。臆病だから殺し合うんだよね。本当に勇気ある行動ってさ、恐怖を乗り越えて、未知のものとでも仲良くなろうと努力することなんじゃないかなぁ」


イッヒーもまた振り返ってオーク達に手を振りながらそう言った。


「深いお(おし)え、生涯の宝といたします」


頭を下げるロエーに、


「やだなあ、そんな大げさにしちゃ。まあいいや。実際、それを知ってもらいたくて連れてきたんだからさ」


と言ったイッヒーは、真面目な顔になって、ロエーに向き直った。


「ロエー。魔法使い、特に強力な魔法を使えるものは、常に暴力に酔ってしまう危険に曝されているんだ。だから、力は安易に使っちゃいけないよ。力を乱用せず、最小限で、最大の効果を出すようにするんだ」


そしていつもの顔に戻って続けた。


「その点さっきの君の魔法は満点だったよ。かっこよかったなー、あの水竜。見たことあったの?」


「はい。昔、絵本で」


「絵本かー。じゃあ、かっこよく描いてあるはずだよね」


アハハハ


笑っていると向こうから里の者達がやって来た。


「探したぞ。イッヒーさんや、どうなっておるのじゃ? 向こうで大量の潰れたオークが、、、」


「ああ、あれですか。あれはトロルが、、、」


ことの顛末を説明する。


「そうか、共存を選んだのじゃな?」


話を聞き終わってオババがロエーに尋ねた。


「いけませんでしたでしょうか?」


今になってロエーは出過ぎた真似をしたかと心配になるが、


「いや、それでよい。イッヒーさんや。里の若い者に大切な事を教えてもろうて、感謝の言葉もない」


にまっ、とオババは顔いっぱいに笑うのだった。

これで幕間は終わります。


この後、イッヒーは、方丈を作り、ケパレーの王城と魔法陣で結びますが、特に盛り上がるエピソードもないので割愛しました。


次回から第5章の本編に入ります。


ご期待ください。


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