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其の男、異世界の木鐸となる  作者: 岩佐茂一郎
【第一部】第五章 山岳の国 ”プース”
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5-0-2 大賢者、森へ行く2

「森の奥の豚頭族(オーク)大鬼族(トロル)小鬼族(ゴブリン)共を引き連れて襲ってくる!」


そう報せをうけ、里には緊張が走った。


「これのことだったのか、、、」


イッヒーが呟いた。


「何がじゃ?」


傍らにいてその言葉を聞いたオババが尋ねると、


「精霊樹からの依頼ですよ。この里の危機を救えって。じゃあ、行ってきまーす。あ、ロエー、一緒に行く?」


「おいおい、ちょっと待たんかい。オークじゃぞ? ゴブリンは言うまでもないが、トロルまで従えているという事は、豚頭の王(オークキング)になったと思ってよい。それをお主だけでなんとかしようというのか?」


"豚頭の王(オークキング)"


オーク族は、山麓の森の際の岩陰や洞窟の周りに集落を作って暮らしている。


普段からオークがゴブリンを捕まえて奴隷にする事はあるが、トロルは頭こそ悪いものの身長四メートルほど、体重一トン弱の巨躯とその馬鹿力故、使役したりは出来ない。


が、例外がある。


オークキングだ。


居住地域の密集度がある水準を越えると、一族の中で最も優秀な個体がオークキングへと"進化"する。


新しい縄張りを獲得するために強力な統率者が必要だからだ。


そして、オークキングは当に"統率者"としての能力を得る。


魂力 "支配者"。


これにより、同族は勿論、ゴブリンやトロルといった知能の足りない種族は支配をうけ、抗えなくなる。


オークより知性が上である鬼族(オーガー)や人族がその影響を受けることは滅多にない。


トロルもいる、ということはオークキングが誕生したと思って間違いない。


そして、それは人族にとって最悪な知らせだった。


普段は連携など取れないオークなので、争いになっても人族が後れをとったりはしない。


だがオークキングのもと、大規模武装集団(レギオン)と化した奴らには生半可な戦力では太刀打ちできない。


それこそ国家規模の軍隊が必要で、樹海の里の狩人などではどうにもならない。


「くそっ、こうならないように定期的に間引いていたんだが、、、。どこに隠れ住んでいやがったんだ?」


里の者は悔やむが、後の祭りだ。


オーク共は里を襲い全てを蹂躙するだろう。


こうなっては取れる方法は一つ。


できるだけ遠くへ逃げる、それだけだ。


本来ならそれが常識なのだが、この里はそれができない。


精霊樹があり、それを見捨てるなど死ぬよりも辛いからだ。


だが、オババの、一人でなんとかするつもりか? という問にイッヒーは涼やかに答えた。


「ええ。それが条件ですから。あ、付いてきたいなら止めませんけれど、、、追いつけるかなあ?」


といって、歩き出す。


この三ヶ月間でイッヒーと仲良くなった里のものは、無謀な事は止め、早く逃げるように彼に言う。


イッヒーはその思いを嬉しく思うが、


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。奴らは、、、山の方から来るね。ロエー、行く?」


「は、はい」


何故自分が指名されるのか分からないが、恩人の誘いだ。


断る選択肢はない。


ロエーが諾、と返事をすると、


「じゃ、行ってきまーす」



テレポート(瞬間移動)



と、買い物にでも行くような挨拶と、短い詠唱を残してイッヒーはロエーと共に里の皆の前から消えた。


目の前から二人が消えて、里の者が皆、困惑していると、


バシュウウウ ウ ウ  ン   ンッ


山の方角から、大きな炸裂音が聞こえてきた。


「ま、まさか、本当に二人で、、、急いで向かうのじゃ!二人だけを死なせては里の恥! 戦えるものは武器をとれ! 者共!進め〜!!」


屈強な男の背負籠(しょいご)に括り付けられたオババの号令一下、皆は里を飛び出した。




「イッヒー様、、、」


ロエーは、一瞬視界がぼやけたかと思うと、森の中にいた。


向こうから、地鳴りのような響きが聞こえる。


それは足音だった。


どれだけが集まったら、こんな音になるのか想像もつかない。


「本当に我々だけで迎え撃つのですか?」


「うん? ああ、大丈夫だよ。ところで、ロエーはなんでこんな事が起きるのか知っているかい?」


ロエーの質問は、大丈夫、の一言で片付け、質問を返してくるイッヒー。


「オークキングの誕生のことですか?」


仕方無しに、ロエーは答える。


「そう、オークキング」


「はい。密度が高まると、新天地を目指すために指導者が生まれる、と聞いています」


「お、簡潔な答えだね。優秀優秀」


変な感心をしているイッヒー。


「それがいかがいたしましたか?」


話が見えないのでロエーは訊いてみる。


「だからさ、その指導者がいなくなれば烏合の衆に戻るわけでしょ? う〜ん、ちょっと見晴らしが悪いかな、、、」


精霊樹から授かった新しい杖を掲げると、イッヒーは魔力を込めて、唱えた。



オープンナップ(我が) マイ フィールド(視界よ) オブ ヴィジョン(開け)



すると、目の前の木々がグニャリと曲がって、オークの軍勢まで視界を妨げるものが無くなった。


「!!」


非現実的な光景にロエーの脳内の処理は全く追いつかない。


「お、やっぱりいい杖だね。魔力の変換効率が格段に上がったよ。あ、今のは文章詠唱の簡単なやつね。便利だよ、って、、、おーい。固まっちゃってるね。 まあいいや。 あ、いるいる。キング。あんなふうに輿(こし)に担がれてたらバレバレなのにねえ。えーと、トロルは、、、。何だ、四匹だけだよ。よかったね。あいつら、逆上すると話聞かないから困るんだよね、、、」


と、何やら一人でブツブツ言っているイッヒー。


「、、、イ、イッヒー様。 此方からよく見える、ということは向こうからも丸見えなのでは?」


再起動したロエーの問に、


「そりゃそうさ。でも大丈夫、あ、耳、塞いでたほうがいいよ」


といって、今度は杖を突出す様に前に掲げ、魔力を込めると、詠唱。



スナイピング(狙撃)



バシュウウウ ウ ウ  ン   ンッ


樹海に空気を裂く様な音が響いた。


輿に乗っていたオークキングは、一瞬ビクッとしたように見え、そしてゆっくりと輿からずり落ちていった。


「おお、眉間を貫通したよ。可愛そうだけれど仕方がないよね、向こうから攻めてきたんだからさ。やられてあげるわけにはいかないものね。オークキングに一度なっちゃうと戻れないらしいからさ、こうするしかないんだよね。せめて苦しまないようにしてやるのが情けってもんじゃない? 、、、て、聞こえてないの?」


耳を塞げなかったロエーに、その言葉は届かなかった。


"王"を討ち取られたオーク達は混乱の極みに達する。


支配が解けたトロル達は操られていた事に怒り狂った。


丸太を振り回して手当たり次第、周りのオークを吹き飛ばしていく。


大木の丸太だ。


その一薙で何匹ものオークの命が刈り取られる。


密集しての行軍だったので、ひとたまりもない。


みるみるうちにオークは数を減らしていった。


ゴブリンはというと、もともと攫われて奴隷にされていたので、これ幸いと一目散に逃げていく。


トロルに吹き飛ばされなかったオークも逃げ帰っていった。


きっと隠れ住んでいた集落へと帰るのだろう。


「追いかけて住処を突き止めちゃおう。トロルは放おっておいてもそのうち()きて元の住処に帰っていくよ。そしたら今日の事は忘れちゃうだろうよ」


と、ロエーの耳にヒールをかけてやって、イッヒーが言う。


「は、はい」


オーク同様に混乱しているロエーは歩き出したイッヒーにやっとの思いでついていった。


「こんな所に、、、」


辿り着いたのは山間の谷間。


きれいな川が流れ、驚いたことに畑もちらほら見える。


住居らしき物も沢山見えるし、集落を挟んでいる山肌には、天然のものと、後から掘ったらしき洞窟も見える。


そこも住居などに使っているようだ。


かなり大きな集落と言えよう。


ロエーの里の何倍もの規模だ。


「へー。いいところだね。桃源郷みたいだ」


しばらく景色を堪能するようにしていたイッヒーがロエーにこんな事を尋ねた。


「さて、どうするかな。 ロエー。君には選択肢が三つあるよ。一つ目。この集落を全滅させる。また今回みたいにオークキングが誕生したとき、僕が里にいるとは限らないからね。後顧の憂いを断つ、という意味では一番確実な選択肢だ」


ロエーはじっと次を待つ。


「二つ目。今までのやり方通り、監視して、また増え始めたら間引く。今回は場所が分からなかったから、個体数増加を止められなかったっけれど、集落の場所がわかったんだから、今まで通りのやり方でもいいよね」


頷くロエー。


「三つ目。この集落のオークと接触して、個体数を増やさない努力をするよう約束してもらう」


最後の選択肢を聞いて、ロエーは驚いた。


「え? オークと交渉するのですか? 奴らとどうやって会話を、、、?」


オークと人族が話し合う、人族がオークを説得する、いずれにせよ聞いたことはない。


「彼らだって、こうやって集落を作って生活しているんだ。言語くらいあるはずだよ。あの畑を見てごらん。実に平和的じゃないか。接点がなくて相手を知らないから恐怖って生まれるんだよね。きっと彼らだって人族を怖がっていると思うよ」


「、、、そうなんでしょうか?」


オークが自分たち人族を恐れている等と考えもしなかったロエーは衝撃をうけた。


「どうする? どれを選んでもいいよ。勿論、本来、君一人で決めるべきことじゃないから、持って返って里の皆と話し合ってもいいよ。でも、二つ目以外の選択肢を選ぶのなら今やっちゃったほうがいいと思うんだよねー」


イッヒーはロエーを試すような目でじっと見ている。


このときロエーの心はすでに決まっていた。


「私は、、、、オークを説得してみたいと思います」


三つ目を選んだ。


その答えに満足げに頷いたイッヒーは、


「君なら、説得を選んでくれると思ったよ。じゃあ行こうか」


と集落に向かってスタスタあるき始めるのだった。

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