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其の男、異世界の木鐸となる  作者: 岩佐茂一郎
【第一部】第一章 異世界渡り〜樹海の国”ケイル”
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1-10 論語

「あのアウロが率先して計算練習するとはなぁ、、、」


「ええ、見事なものですね、、、これが"木鐸"の力でしょうか?」


 ロエー長老とメトドが、何やら言いながら大田に近づいてくる。


「すみません、他の子供達にまで、勝手に教えてしまって、、、」


大田は頭を掻きながら謝罪したが、


「? いや、いや、謝ることなんぞ何もありませんぞ。みんながあんなに楽しそうに計算練習に取り組むなど信じられん。いくらでも教えてやってくだされ、此方からお願いします」


と長老。


メトドも大きくうなずいている。


「そう言ってもらえると助かります。で、アウロ君の事ですが、、、」


と大田が切り出すと、やはり気にかかっているのであろう、メトドが、


「どうですか、彼は?」


「初級魔法も未だに使えないとの事でしたが、集中力が足りないとか、そんな感じなのでは?」


「そ、そうなんです。なんと言うか魔法を教わっていても心ここにあらずというか、、、」


 それを聞いてニヤッとした大田が、


「それこそ、アウロ君が精霊魔法の才能がある証拠なのかもしれませんよ」


と言う。


「それはどういう、、、?」


意味が分からず戸惑うメトド。


「私の知る限り、いや、正確にはライン王子の記憶によると、ですが、精霊というのは気まぐれなものらしい。その影響があって、アウロ君は本当にやりたいと思ったことしかやろうとしないし、少しでも疑問に思ったことがあると先に進みたがらなかったりしませんか?」


「確かにアウロはそんな感じじゃな」


と長老。


「では、どうしたら、、、?」


メトドの問に大田は、


「必要な事に興味をもたせ、彼が持った疑問は流さないで、とことん解決するまで付き合う、これだけです。まあ、言葉で言うと簡単ですが、実際やるとなると難しい事ではありますが、、、」


「成る程」


「まあ、少し様子を見てみましょう、加法十六段が奇跡を起こすかもしれない」


「?」


何のことだ、という顔の二人に大田はただ微笑んで話題を変えた。


「それよりも、大賢者の方丈というのは?」


急に話題を振られてハッとするメトド。


「そうでした」


と、長老の方を見る。


「まだ昼前じゃ。今から向かうとするか」


「そうですね。ターロ様、小一(こいち)時間ばかり歩くことになりますが大丈夫ですか?」


「はい、もうだいぶよいので、ゆっくりでしたら」


「では行きましょう。」


という事になった。


他の者にいろいろと後のことを頼んだ長老と、メトドそして大田の三人は里の裏手から森へと分け入る。


歩きながらロエーが大田に尋ねた。


「ところでターロ様は何処かで鼻笛を?」


「そうです。いや、あれは凄かった、あんな景色、初めてみました」


長老の質問にメトドが興奮する。


「皆さんとここに来る時と、さっきアウロ君に吹いてもらったのを見まして、、、」


大田の答えに絶句する二人。


「それだけで、あんなにも吹きこなせるように? 里にはあの様に吹ける者は誰一人おりませんぞ!」


「、、、ロエー長老、、、もしかしてこれがあの魂力”聞一(一を聞いて)(以って)知十(十を知る)”の力なのでは、、、」


「そうか、そうかもしれん、いやそうに違いない、、、」


何やら納得する二人。


(”聞一以知十”、、、今度は顔回か、、、って、やっぱり論語かい)


自分の分を越えた魂力に、戸惑いながらも、納得もいく。


論語は小学生の頃からの座右の書。


開かない日はほとんど無いと言ってよかった。


何かで論語の一節を知り、小遣いをはたいて、岩波文庫の論語を買った。


難しくはあったが、簡素な現代語訳と最低限の注釈のおかげで何度も読んでいるうちに意味が分かるようになっていった。


高校生になる頃には、ほとんど暗記していたと思うが、それでも事あるごとに読み返していた。


論語は大田にとって、師、そのものだった。


論語と言うと何だか封建制度の忘れ物の様に扱われ、古臭い・堅苦しい、というイメージがついて回っている。


しかし、そう思っている人は、本当に読んだことがあるのだろうか? と大田は疑問に思う。


論語は純粋に面白い。


確かに時代を感じる様な内容もあるが、それは正に時代の所為である。


例えば目上を敬う、といった内容。


孔子の生きていた時代は勿論、近代まで、人は生まれた地域社会から、ほとんど外に出ず一生を終えた。


そういう環境下では、生きた長さが経験の豊富さにほぼ等しい。


だから目上の意見を尊重し敬うべきであったのだ。


それをそのまま現代の感覚で、古臭いと切り捨てるのはナンセンスだ。


逆に今のように、好きな所へ好きな時に行くことが出来て、情報も本やネットを通していくらでも集められる時代では、年齢=経験値にはならない。


なのに、


「俺のほうが年上なのだから、言うことを聞け・敬え」


という馬鹿がゴロゴロいる。


このセリフは、裏を返せば、自分は年齢以外、他者に勝っている点はない、っと言っているようなものだということが分からないのだろうか?


まあ、分からないようだから尊敬されないのだが、、、。


こんな、論語=儒学を根拠に社会に浸透してしまった、”目上を敬う”、という考えに胡座をかいて何も考えない、こういった輩を見るたびに、大田はうんざりする。


論語の価値は、というより孔子の凄いところは、上下関係を重んじたとかそんなことでは断じて、ない。


春秋時代という生き馬の目を抜く、荒れた時代に、


「世の中を治めるには”愛”でしょ」


と、言って回った事だ。


戦争だらけの世の中でそんなことを言ったって、そりゃ、相手にされないだろ、と大田は思いつつも、この2500年も前の熱血教師に感化された。


(かっけーな。こんなセンセーいねーかな)


これが大田少年の、孔子に対する印象だった。


成長するに連れ、そんな教師はいない、という事を思い知らされるが、同時に、だから論語が時代を越えて残っている、という事にも納得がいったのだった。


そんな論語が魂に沁みて力になっている。


その事実に身が引き締まる思いもするが、やはり、畏れ多いという気持ちのほうが先立つ。


二人の称賛に、ちょっと居心地が悪くなったので大田は強引に話題を変えた。


「方丈には何が?」


「大賢者様の遺産です。我々の里が管理を任されていて、大賢者様の後継者足り得るお人が現れたらお連れする事になっております。この方丈の事は里の者と、王家とそれに親しい方しか知りません」


(後継者って、、、大げさなことになってきたな)


と大田は内心焦る。


「まさか私がその後継者だとでも?」


「まさかではありません。その魂力、異世界渡りである事、お人柄、殿下から引き継いだ記憶と魔力、どれをとっても後継者に相応しい」


「その異世界渡りというのは?」


「大賢者様も異世界から来たのですよ。魔法の力も物凄かったが、異世界の知識も大賢者様の力の源でした」


(俺と同じ転生者?)


「その異世界の知識や、大賢者様が考案なさった数々の魔法が方丈にはあります。初歩の物は我々でも閲覧可能ですが、大規模破壊を(もたら)すような危険な魔法は封印されています。後継者と認められれば、全てを引き継げる、と言われています」


「全てを?」


(大規模破壊魔法とか使えちゃったら、国や何かから暗殺指定されんじゃね?)


大田は危惧するが、メトドは、


「そうです。全てです。全魔法使いの憧れ、大賢者様の魔法を引き継げるのです! 凄いことです!!」


(いや、無邪気に興奮しているけど、、、)


大田は困惑するばかりだった。

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