0 死は突然にやって来る
キーンコーンカーンコーン、、、
授業終了のチャイム。
所謂ウェストミンスターの鐘と言うやつだ。
今までにこのメロディーを何度聞いただろう。
ここは学校ではなく学習塾。
どこの街にも一つはある、普通の補習型の塾だ。
本日最後の授業が終わり、生徒が帰り支度をする。
大田太郎はこの塾のたった一人の講師。
少人数型で、生徒の学年はバラバラ、科目も別々。
大田も身支度を済ませ、エアコンとパソコンを落として生徒と一緒に外へ出た。
「センセーさよーならー」
最後のコマは時間が遅いので生徒は高校生か中学生。
「さようなら、気をつけてな」
と、挨拶を返しながら鍵を閉める。
そこへ黒塗りのバンが急停車。
ガッとドアがスライドしたかと思うと中から二人の男が降りてきた。
二人共目出し帽をかぶり、一人はサバイバルナイフを持っている。
「!!」
ナイフを持っていない方の男が、自転車に乗ろうとしていた女子高生の背後から口を塞ぎ抱え込んで車に連れ込もうとした。
「おい!」
大田はとっさに駆け寄るがナイフの男に阻まれる。
(手加減しちゃ逃しちまう)
そう判断した大田は右手でナイフの男の喉を掴んだ。
「コ゛ノヤロォ!」
思わぬ攻撃で息が詰まった男は大田の左脇腹を刺した。
が、革ベルトのおかげで動けなくなる程深くは刺さらない。
激痛は無視し、大田は左手を更に添えて一気に男の喉を握りつぶした。
学生の頃から剣道で鍛え、社会人になってからも素振りは毎日欠かさない。
その握力は人間の喉を括り潰すのに十分なものだった。
男は息ができない苦しさで地面をのた打ち回る。
数分もすれば窒息死するであろうこの男は放置して腹に刺さったサバイバルナイフを逆手に引き抜いた大田は、生徒を羽交い締めにしている男へと近づく。
「ひっ!」
男は怯んで女子生徒を放り出し車へ逃げ込もうとするが、それを捕まえて左の鎖骨と僧帽筋の間の窪みにナイフをつきたて押し込む。
体重を掛けたのでおそらく心臓まで届いたのであろう。
大きく体を引きつらせて倒れ、ピクリとも動かない。
ナイフを引き抜くと血の池が広がった。
大田自身も出血で意識が朦朧としてくるが、力を振り絞ってナイフの刃先をタイヤ側にし、バンの後輪に突っ張り棒のように仕掛ける。
仲間二人があっという間にやられたのを見て、一人残った運転席の男は車を急発進させた。
その反動で仕掛けたナイフがタイヤに突き刺さり、パンク。
ナイフが刺さったままなので、ひどく揺れて男は焦り、更にアクセルを踏み込んで加速したところで、大通りに出た。
信号は大通り側が青。
ちょうどダンプカーが右から直進してきて運転席はぐちゃぐちゃになった。
(屑人間三人と引き換えかよ、、、。 割に合わない死に方だな。 いや、生徒の未来と引き換えなら、妥当か、、、)
などと、薄れていく意識の中で大田は呑気に考えながら、膝から崩れ落ちた。
(あぁ〜、血ぃ、流しすぎると、ホントに寒くなるんだなぁ)
「嫌ぁぁーっ!、先生ぇーっ!」
攫われかけた少女が駆け寄ってきて泣き叫ぶ。
大田の左脇腹からどくどくと血が流れ、唇がみるみるうちに青くなってゆく。
刺されたあとナイフを抜いたのが不味かった。
無理をして動いたのも傷口を広げてしまったようだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい」
女子生徒は泣きながら謝り続ける。
(ありゃ、、、このまま死んじゃうと、この子にトラウマ残しちまうなぁ。そりゃいかん、、、)
大田は残った力を振り絞って何でもない様に笑ってみせると、少女に静かに言った。
「なんで君が謝るのさ。悪いのはあのクズ共だよ」
「で、でも、、、」
縋ってきた少女の手を、血に濡れていない右手で優しく包む。
「君を守れたんだからいいんだよ、、、もし報いたいと、思ってくれるんなら、、、いっぱい学んで、立派な、大人に、なって、世の中の、、役に、立って、くれ、、、よ」
「センセ〜ェ〜」
「情けない、声、出さない、、で。 、、、宿題、やれ、よ」
「、、、はい」
「歯、、磨け、、よ」
「? 、、、はい?」
(あれ? そっか〜ぁ、世代的にドリフは分からんかぁ、、、。しまった。この子にトラウマじゃなくて、謎を残しちゃったなぁ、、、)
ここで大田の意識は途切れた。