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【第8話】- 体裁と建前 -

父ダグラスの教えからマリーヌの日常は目に見えて変わっていく。昨日と同じ世界とは思えない程に、解放された心に呼応するようにキラキラと光り輝いて色鮮やかに鮮明に見えるから不思議だ。そんは新しく見える何も変わらない世界に、自分なりに自分らしく貴族社会に馴染む努力をしようと心に誓う。


お茶会での令嬢達やアレックには嫌われたままでも、これから出会うかもしれない人達にはもう自分を否定されたくない。


自分の絶対に譲れない”大切なもの”が見つかるその日まで生きる事になるだろう貴族社会で嫌悪されないように、苦痛なく過ごせるように、心から友達と言える人ができるように。もしかしたら自分次第で父の言うように貴族社会が好きになるかもしれないという予感さえしてくる。


マリーヌは新しい第一歩の手始めに、モヤモヤと常に纏わりつく鬱憤を晴らしたくて王都に来てから淑女には相応しくないと母に禁止されていた剣の稽古を再び始めた。母の猛反発もあったが、そこは父の協力を得て家の敷地内だけという条件付きで一緒に説得してくれた。流石は頼りになる自慢の父だ。


父が家にいる時は父親相手に庭で汗を流し、週末に兄が寄宿舎から帰れば貴族令息の嗜みだと執ように追いかけ回し剣の稽古の相手を無理矢理させる。父も兄もマリーヌには一切の容赦も無く稽古をつける。そして終わる頃には「もうヤダ!」と半泣きで根を上げそうになるが、いつまでも足元にも及ばない2人に悔しくて明日こそはとムキになって無心に剣を振るう。


体を動かすって本当に凄いと思う。稽古中は鬱々とした悩みなど一切思い浮かばない、とういか考えてる場合ではなくなるし、汗と一緒に晴れない悩みも流される、というよりもぐったり疲れた稽古の後には自分の悩みなんてどうでもよくなる程に疲労困憊になる。そして眠れぬ夜を送っていたにも関わらず頭より体の疲れが先に立って、それはもう泥のように熟睡できるようになった。


そして忙しい父が暇を見つけては母に内緒で誘ってくれる楽しみもできた。

母には父と街へ行くと言って馬車にこっそり馬具と兄のお下がりの乗馬服を積んで、王都から少し離れた草原や森で馬車馬に鞍を乗せて父と一緒に駆けて自然の中で風を感じれば、幼少期を過ごしたしがらみのない村を思い出して、まるであの頃のように心が自由に解き放たれる。

以前の悩みは何一つ解決していないのに体を動かし気分転換するだけで、あんなに憂鬱でしかなかった貴族社会の生活にも不思議と希望が見えてくる。自分にもできる筈だと根拠のない力が漲ってくる。


そんなマリーヌのやる気を見出した母や家庭教師も貴族の嗜みである勉強や礼儀作法をここぞとばかりに執拗に叩き込んでくる。淑女としてどこに出しても恥ずかしくないよう、底辺貴族として侮られないよう体に染み込むまで厳しく何度も何度も繰り返される。そんな母と家庭教師の根気強さに「もうヤダ!」と投げ出したくなるが、誰にも自分を否定されたくないという思いに必死に食らいつく。


周りの令嬢達やアレックから良く思われてはいない筈なのにリリアーナからのお茶会の誘いは何故か絶えない。


いつも通りキャンキャンと吠えてくる令嬢達や、周りの空気の悪さを気にも留めないリリアーナの無邪気な行動がマリーヌをさらに追い込んでいる事を気にも止めず、相変わらず気安く接してくる。無邪気もここまでいくと無神経と感じるリリアーナの遇らい方も徐々にわかってきた。


毎度恒例となったアレックのマリーヌに対する謎の辛辣な視線も最初から見ないように心掛けた。降参した犬は上位の相手へと視線を合わせないらしい。その犬の教えに従ってマリーヌもアレックを見る時は目ではなく、喉元や足元を見る事に徹した。


上位の相手が話しかけてくれないと下位のマリーヌにはアレックへと敵意の真相を問い掛ける事もできない。正解の解らない問題を一人で闇雲に考えても解らないものは解らない。そしてマリーヌは答えを相手に聞く事すらもできない理不尽さを受け入れる事を学び、アレックが辛辣な視線を送るだけで何も言わないという事はマリーヌもその視線を無視してもいいのではないかという考えに行き着いた。


マリーヌは物言わぬアレックから何かを言われた時を想定して、その返しとなる受け応えをいくつか準備するだけでいい。夜な夜な寝る間際に考える対応策にギャフンと驚くアレックや卒倒する令嬢達を想像し、来たる日に備えてイメージトレーニングも欠かさない。


それ以来、お茶会に現れたアレックへと視線すら向けなくなったマリーヌに、周りの令嬢達はアレックの敵意同様に当たりを強くしていったが何を言っても動じないマリーヌに興味が失せたのか、はたまた諦めたのかマリーヌの存在を無視するようになった。自分としては牙を剥かれるより無いものとして扱われた方が繕う面倒がない分マシのように思う。


そんな何とも言えない日常を過ごしているうちに、気がつけばマリーヌと年幅の近い娘がいる侯爵家からのお茶会にも呼ばれることが多くなった。


そのお茶会の日取りがことごとくリリアーナのお茶会とかぶり、侯爵の位を賜るカーティス家の誘いを断って、格下のランディア家を優先させれば問題が生じるという事でリリアーナのお茶会よりもミランダ侯爵令嬢のお茶会を優先して参加するようになったのだ。


お茶会が被れば爵位で判断するマリーヌへの反感は、普段は存在を無視しているにも関わらずリリアーナを故意にしている令嬢達からの当たりが再び強くなる。ミランダ侯爵令嬢のお茶会にお呼びがかからない妬み嫉みもあるのかもしれないが、その事を特に話題にした事もないし底辺貴族としては角が立たないように爵位を基準に体裁で判断するのは当たり前だ。マリーヌへの反感を露わにする令嬢達でさえ身に染みついている位や家の体裁、建前で立ち回っているのだから、いい加減お互い様と割り切ってほしい。


そして2年前あたりから徐々に第一王子の婚約者選びが令嬢達を巻き込んで白熱していった様に思える。第一王子の婚約者を狙う高貴な御家柄の令嬢方は陣取り合戦ならぬ、下位貴族令嬢の派閥取り込み合戦と化していた。

その争いの余波は一代貴族のマリーヌへまで及んだが、相談した父からはマリーヌの好きにしろと言われ、母に聞いても高位貴族の角が立たない様に振る舞いなさいと両親揃ってマリーヌ任せ。マリーヌとしては第一王子の婚約者選びに関して全く興味が持てないでいたし、むしろ関わりたくないのが本音。


マリーヌ然り下位貴族のご令嬢方も余程の家命がない限り位の高さを基準に立ち回っているようにも思える。周りの下位令嬢方と似たり寄ったりな振る舞いをしているのに、何故かマリーヌだけが悪目立ちしてしまうのが不思議でしょうがない。私を引き合いに大多数を占める下位令嬢達を牽制しているのか、何を言っても大丈夫と侮られているのか、参加するお茶会で自分だけ嫌味を言われ忌み嫌われるのはどういう了見なのか皆目分からない。


マリーヌと同じ立場の令嬢方はバツが悪そうに遠巻きにおずおずと様子を伺うのみで援護などしてくれない。

こうなってくると、すでに孤立しているマリーヌは意地でも何処にも加わりたく無くなってくる。


マリーヌの知らない所で第一王子の婚約者に名乗り出て派閥を作っては消えていく高貴な令嬢達。

第一王子の18歳の成人を迎える日を来年に迎えた今現在では二つの派閥にまで淘汰されていた。

リリアーナ伯爵令嬢やミランダ侯爵令嬢にしてもライバル達を蹴落として現在の立ち位置に至るまではそれは大変な道のりだったのではないかと思うが、マリーヌにしてもそれはそれは神経の擦り切れる思いだった。

お読みいただきありがとうございます。

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