【第27話】アレックside - 母親の価値観 -
「アレックちゃん、お帰りなさい。ルイドリッヒ王子殿下の執務の補佐に殿下自らアレックちゃんを仰せつかわされたのだと聞いたわよ。あなたが話してくれなくて、お母様はとても寂しいわ。」
連日の寝不足に精神的にも体力的にも疲労困憊のアレックは嬉々として出迎えた母親を横目に見て、深い溜息を飲み込んだ。
「只今戻りました。補佐役の任命後に学ぶ事が多く報告が遅くなりました。」
疲れて母のご機嫌を取り繕う様子がなかったのが気に食わないのか、母は眉を寄せ扇子で口元を隠してアレックを見据えた。
「そっけないわね。あなたは私の自慢の息子だというのに、息子の事を人伝に聞かされた時のお母様の気持ちがわかる?」
「…それは申し訳ない事をしました。」
早く風呂に入って夕飯を軽く済ませて睡眠をとりたいのに母に捕まるとは今日に限ってついていない。
母は悪人ではないが、子供達の世話を全て乳母に任せて社交を何よりも優先する貴族ではよくある自分本位な母親そのものの様な人だ。
面倒でも反抗的な言動で対応すれば、さらに面倒な事になるのは目に見えているので、被害を最小限に抑えたいアレックは母親を軽くいなして立ち去りたい衝動を堪えるしか無い。
「まぁ、いいわ。あなたがようやくリリィちゃんのお茶会に顔を出したのだから。今日赴いた侯爵家のお茶会で、リリィちゃんのお友達のお母様方からあなたが訪れた事をとても喜んでいると話題にあがったのよ。」
「…そうですか。」
母親の顔がほころんだのを見て、ルイの頼みとはいえ断れば良かったとアレックは心の底から後悔した。こうなる事は予測していたし、今後の展開も予想できる。
「一人娘を是非、アレックちゃんのお婿さんに迎えて家督を継いで欲しいと仰る方もいたのよ。」
アレックは心の中でやはりと舌打ちする。疲労と寝不足で不快感を隠すのが難しくなってきた。
「あなたの未来の事なのだからもっと真剣に将来を考えなくてはダメよ。そんなアレックちゃんの為にお母様が良縁を見つけてきてあげるわね。」
母親がこの話しを持ち出すのは何度目になるのかとアレックは不満を顔に出さない様に気を付けて、再び溜息を呑み込む。
「将来の事は常に考えています。自分の将来は自分で決めますから心配には及びません。」
母親はすかさずに「まぁ」と呆れた声をあげてアレックの手を取り、母親に握られた手を払い除けたい衝動から逃れるようにアレックは目を瞑るも、接近してきた母からはお気に入りの強烈な薔薇のコロンの香りが鼻にまとわりつき、払いたい衝動を堪えるのが難しくなってきた。
「そんな呑気な事を言ってはダメよ。高貴なご令嬢方は早くに婚約者が決まって貰われてしまうというのに。あなたはランディア家の爵位を継げないのだから急がないと!」
「何度も伝えていますが、成人と同時に騎士試験を受けて認められれば爵位を賜れますので平民にはなりませんので安心してください。」
アレックの言葉に反応して母親の手が強張り震えるのを握られた手を通して伝わってくる。
「あんな一代で終わる貴族の端くれの爵位が何だっていうの!これだからあなたに剣の稽古などさせたくなかったのよ!あなたは由緒正しい伯爵家の血を受け継いでいるのよ!」
毎度の事ながら母親の荒げた金切り声に耳がおかしくなりそうだ。
「…アレックちゃん。お母様が本気になれば剣なんて野蛮な物を振り回して危ない事をしなくても侯爵、いえ公爵家にだって婿入りできるのよ。」
ヒステリーから猫撫で声になる母親の姿には、いい加減にうんざりだ。上目にアレックを見つめて頬を撫でようと差し伸べられた手から身を引いて回避する。
価値観の違いからなのか会話が噛み合わず疲れ果てるのは自分だけなのだろうか…。
「疲れているので失礼します。」
「アレックちゃん!」
アレックは呼び止める母親を背に自室へと向かうべく踵を返す。
「リリィちゃんのお茶会は来週よ!みんなアレックちゃんに会えるのを楽しみにしていらっしゃるわ!」
尚もアレックの立ち去る背に諦めない言葉を投げ付けてくる母のしつこさには呆れてしまう。
アレックは自室へと戻ると備え付けのソファーに倒れ込むように座り、増した疲れに盛大な溜息を吐いた。




