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【第23話】- 問題ないは大問題 -

アレックの申し出を安易に受ければ間違いなく起こるであろう令嬢達の陰湿な妬み嫉み嫌がらせを想像し、絶望の淵にいるマリーヌの脳内では先程のランディア伯爵夫人の念押しが追い討ちのように頭に響き渡る。


そして、舞踏会を共にする相手がランディア伯爵家の御子息と知った母の浮かれ暴走はいかほどだろうかという憂鬱の全てがのマリーヌを容赦なく襲いかかる。


自分で対処できる範疇を超えるあまりの事態にマリーヌは焦りと困惑と絶望感に打ちのめされ、思わず額に手を当てる。


「あ、あの…アレック様。その申し出はあまりにも恐れ多く、身分不相応かと…。」


マリーヌの慌てふためく言葉が余程に気に食わなかったのか無表情の宿敵の眉がピクリと反応した。


「マリーヌ嬢は礼儀を欠く事はできないと先程言っていただろ。その礼儀を返す術がないとも。」


「ええ、言いました…。言いましたけれども。…そのお申し出は、大変ありがたいのですが…。」


マリーヌが言葉を発する度に宿敵の眉がつり上がり、怒れる鉄仮面の威圧感に空気がピリピリと突き刺さって、とてもじゃないがい居た堪れない。


宿敵の苛立ちを含んだ溜息に、すぐさま走って逃げ出したいが、しっかりとお断りする前に逃げだしたらランディア伯爵夫人によって本当に崖から突き落とされかねない。


マリーヌの人生にはピンチに助けてくれる素敵な王子様など存在しないどころか味方もなく友達もいない…、自分の身は自分で守るしかないという悲しい現実に心が泣けてくる。そんな心情とともに強がりも限界に達して視線も床へと自然と落ちてしまう。


「マリーヌ嬢の誠意を汲んだ提案の何が問題…まさか、もう誰かの申し出を受けているのか?」


苛立ちを隠さない宿敵の質問に一筋の光を見出して勢いよく顔を上げる。


(その手があったか!!)


ダンスの師匠ことクリス様にお相手をお願いすればと一瞬閃いたものの、舞踏会を取り仕切るお家柄の師匠は三男なれどお家の手伝いや、共にするご令嬢はすでにいるだろう。そして、師匠も同じく由緒正しき伯爵位の高貴な御家柄おいう事実を一瞬でも忘れてしまった自分を罵る。


ただでさえ毎日のダンスレッスンに貴重な時間を使って頂いているというのにこれ以上、師匠に迷惑をかけられないという思いと、一瞬でも考えてしまった身分不相応甚だしいとんだ打算な閃きに成す術なしとでガクリと肩が落ちる。


ここは素直に一代貴族の貴族社会に馴染めない娘と喜んで舞踏会を共にしてくれる相手は誰もいないという事実を告げるべきだろう…。


「わたくしには…共に参加して頂けるお相手は、まだ…おりません。わたくしのような格下の粗忽者とご一緒するとアレック様のご迷惑になるかと思います。」


卑下作戦しかないと心に決めたものの、今まで貴族の令嬢として恥じないようにと母から所作を厳しく教わってきた事に加え、平民の出自である父が築き上げた努力を卑下する言葉を実際に口に出して言うと、両親に対して申し訳なさと自身の至らなさが込み上げてあまりの失意に視線も自ずと下に落ちる。


「ならば問題はないな。」

「っ!?」


宿敵の問題ないは私にとっては大問題な返答に意気消沈した視線は床からアレックの顔へと焦りと驚きに見てしまう。


「はぁー、まだ何かあるのか。」

「いえ、あの…大変な問題です!」


マリーヌの言葉に苛立ちを露わにする宿敵の吊り上がった眉は眉間にシワが寄ってさらに険しさを増す。


「先程、アレック様のお母様であるランディア伯爵夫人がみえられまして…。」


その言葉にアレックの眉間のシワは一層深くなり苛立ちの中に怪訝さが加わったのを見て、マリーヌは胃がキリキリと痛むのを目を瞑りやり過ごす。


「ランディア伯爵夫人はわたくしとアレック様と舞踏会を共にするのは心良く思われていないかと…。」


「そんなことか。」


(なんとっ!?)


マリーヌは驚きを隠せずに宿敵が平然と発した言葉に思わず呆然としてしまう。


「この件に母は関係ない。これでマリーヌ嬢の言う大変な問題は解決したな。」


(いやいやいや、何も解決されてないよ!)


アレックの一方的なやり方と察しの悪さにイライラしてくる。


「アレック様が気にされなくとも、わたくしはランディア伯爵夫人の意向を無視したり気分を害す訳にはいきません!」


(社交場から消されるだけじゃなく、この世から消されるよ!!)


マリーヌの強めの主張にアレックは何度めかの深い溜息を吐く。


(こっちが溜息吐きたいんですけどー)


「わかった。母には俺から伝えておく。」


「それは…」


まったく信用できないという言葉をマリーヌは必死に飲み込んだ。


令嬢として未熟であると伝えてもダメ、身分の差に訴えるのもダメ、ランディア伯爵夫人の反対の意思を伝えてもダメ、断る正当な理由を全て出し尽くしてしまい、心の中で慌てふためくマリーヌをよそにこの話しは終わりとばかりに宿敵は出入り口のドアへと踵を返す。


宿敵の見惚れるほどスマートな後ろ姿と身のこなしにマリーヌの怒りはさらに増長してくる。


父に貰った木刀が手元にあったら、横柄で傲慢なアレックの品のある鼻っ柱へ一撃を撃ち込んでからの峰打ちに苦悶する宿敵を想像すると顔が緩んでしまう。


脳内で木刀で小突かれる宿敵はドア口で不意に振り返り、マリーヌは瞬時にゆるんだ表情を引き締める。


「何をしている。行くぞ。」


「…行くとはどちらにでしょうか?」


今日はこのまま帰るつもりでいたマリーヌの問い掛けに、またもや宿敵の口から辛辣な溜息が漏れる。


宿敵が溜息を吐く度にマリーヌは自分がどうしようもない大馬鹿者なのだと言われている気がして、いい加減に聞き飽きたその溜息を止めるには宿敵の口に木刀をねじ込んで口を封じるしかないのかしらと想像は徐々に貴族の淑女とはかけ離れた物騒な方向に向かってしまう。


大凡、令嬢らしからぬ発想をしてしまった自分をすぐさま諫めて、取り繕った微笑みを絶やさずに宿敵の返答を待つ。


「マリーヌ嬢は今日は何しに来たんだ?」


質問を質問で返すなんて失礼にも程があると思ったものの、宿敵は目上の上貴族様。素直に返された質問に返答するしかない。


「それは、アレック様のご兄妹であらせられるリリアーナ様のお茶会ですけれど。」


「身なりが整ったなら、本来の目的の場へもどるのが当然の流れだと思うが。」


マリーヌは痛いところを宿敵に突かれて取り繕った微笑みのまま固まる。


お茶をかけられたのを幸いと早々に退場しようと思っていたのに、汚れたドレスは見事なドレスに変えられて、白粉まではたかれてしまった今、程よく帰る口実が無くなってしまった。


「そうですわね。アレック様の機転によって安心してお茶会の場に戻れますわ。ほほほ。」


マリーヌは辛辣な表情の宿敵と舞踏会に一緒に行かなくてはならなくなった事に加えてランディア伯爵夫人の事も重なって、心身共に疲弊しているのに、さらに針の筵のお茶会の場に戻らなければならない憂鬱さに蓋をして、覚悟を決めて背筋を正し、億劫な足を叱咤して宿敵が立ちはだかるドアへと一歩を踏み出す。


するとアレックが無言にマリーヌの前へと肘を出しエスコート体勢となった事にマリーヌは思わずギョッとしてしまう。


(ま、まさか一緒に行く流れ!?)


余りの驚きに差し出された肘を一拍おいて宿敵を見上げる。


アレックの微動だにしない表情。出された肘。


アレックに強引に連れられて退場したお茶会の場、着古したドレスから最新の上質なドレスへと改められた嫌われ者の私が令嬢方が憧れて止まないアレック様と共にお茶会へともどったりなんかしたら、風当たりはさらに強い物になると安易に想像できる。


平和な日常を求めるならば絶対に避けなくてはならないのに、高貴な家柄の目上の宿敵からのエスコートをお断りできない状況に憂鬱さが増して途方にくれてしまう。


そして、なかなか腕を取らないマリーヌに宿敵の苛立ちがヒシヒシと伝わってくる。


なす術のない現状に観念して意を決したマリーヌは、出された宿敵の肘にそっと手を掛ける。


微動だにしない宿敵をマリーヌは見上げるとアレックは素っ気なく顔を逸らし、地獄という名のお茶会の場へと一歩を踏み出した。

お読み頂きありがとうございます。

次はアレックサイドのお話しを予定しています!

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