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【第22話】- 由々しき事態 -

「…はい。どうぞ。」


ドアが開く音と共に近づいてくる宿敵の足音に緊張が身体を支配して胃がキュッと縮こまり目線を伏せる。


宿敵アレックはマリーヌから数歩離れた所で立ち止まり、言葉を発さず黙ったまま自身を真っ直ぐに見据える視線があまりにも息苦しくて思わずドレスを摘む手に力が入ってしまう。


宿敵アレックの無言の圧力から解放されたい一心でマリーヌは重たい口を叱咤する。


「アレック様。…このような高価なドレスをお借りしてしまい恐縮しております。帰りましたらすぐに綺麗にしてお返し致します。」


「・・・。」


尚も言葉なく黙る宿敵に戸惑いを感じて屈んだ姿勢のまま上目にそっと窺い見ると、何と表現していいのか判断に困る表情に目だけを怪訝に細め、尚も押し黙ったままの相手から発する重い空気だけがマリーヌへと更にのしかかる。


「あ、あの。身に余る過分なご配慮を受けました事、深く感謝しております。」


自分は何も悪くないし、相手が勝手に押し付けてきた親切なのに苦手意識が色濃く残る宿敵から発する重い空気に思わず怯んでしまい慌てて取り繕った礼の言葉と下げる予定の無い頭を再び下げてしまった自身の臆病さにひどく腹が立った。


意図せぬところで諂ってしまった小心者な自分が嫌になり、マリーヌは筋肉痛で痛む身体を叱咤して深く屈んだ姿勢を戻し宿敵と視線が交わると何とも言えない沈黙が再び訪れた。


そのあまりの気まずさから弱気心に目線を外したいのを必死に堪え、誤魔化しに今し方無駄に諂ってしまった悔しさと強がりに宿敵へと余裕のアピールをすべく強張る顔で引き攣りながらも微笑みらしきものを追加する。


「っ!?」


(あ、顔を背けた。)


あれほど沈黙に辛辣な眼差しでマリーヌを凝視していた宿敵は何故か突然に口元を手で覆い顔を背けて目線を外した行為の意図をマリーヌは探る。


(突然の吐き気…?はたまた、あまりにもそぐわぬ姿に笑いを堪えている…?)


どちらにしても、勝手に着せて勝手に白粉をはたいた癖になんとも失礼極まりない由々しき事態だ。


マリーヌのなけなしの羞恥心が許さないが、今すぐにでも着させられたドレスを脱いで宿敵に投げ付けてやりたい思いに握った拳に力が入る。


「…そのドレスは返す必要はない。気に入らなかったのなら捨てればいい。」


宿敵のあまりの言葉に瞳孔が開き、握った拳は怒りに震え始めた。


これ程までに美しいドレスを…捨てろと…?職人が丹念に作ったであろう、何の罪もないこの高価なドレスを私の好き嫌いで捨てろと言うの!?なんてもったいない事を平然と言えるのか何とも理解し難い発言!


「アレック様…、お気遣いにとても感謝しておりますが。この様な優美で高価なドレスを頂いたとして、お恥ずかしい話しですが、わたくしにはお返しする術を持ち合わせてございません。」


マリーヌの言葉にアレックは小馬鹿にしたように軽く息を吐く。


「そんな事は気にしなくていい。」


(んまっ!そんな事でございますか、このアレック坊ちゃまは!?頂いたら相応な物を返すのがマナーだというのに。その後に周囲から私がどんな非難を受けるかも知ったことではないと!)


宿敵の予想を超えたぞんざいな態度と他人の立場など関係ないと言わんばかりの発言に、殿方からプレゼントなどされた事のないマリーヌは何と返答していいものやらと数少ない対貴族用の所作を必死にさらう。


そして上手い言葉は見つからず、勇気を出して直球でいく覚悟を決める。


「…アレック様が気にせずとも、わたくしが気にしてしまいます!」


いい加減、タダより怖い物はないという事を察して欲しい。貴族社会で低位の者が売られた恩を平然と受け入れたら最後、無作法やら卑しいやら粗忽等の陰口が広まるのが安易に想像できる。


「マリーヌ嬢の誠意は受け取った。」


そう言い放つ宿敵は馴染みの鉄仮面のような表情で感情が読めず不安ではあるが、あの傲慢な宿敵が他者の意見を汲み取る発言に驚きを隠せない。マリーヌは宿敵アレックと初めて言葉が通じた気がした。


やはり宿敵アレックも言葉のわかる人間だったらしい。


「ありがとうございます。では…」


「マリーヌ嬢の誠意を汲んで、アンジェリー王女の舞踏会のパートナーとして参加してほしい。」


(な、なんですとっ!?)


宿敵に感心したのも束の間、勘違いして恥ずかしいと受け流したばかりの案件を唐突に突きつけられたマリーヌは一瞬にして奈落の底へと突き落とされた。


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