【第21話】- 薔薇の残り香 -
「はふぅー。」
部屋中に広がる濃厚な薔薇の残り香から逃れるように新鮮な空気を求めてマリーヌは窓を開け放ち、身体を乗り出して外の空気を思い切り吸い込み深呼吸する。
ランディア家の整った芝生の香りと美しく咲き誇るライラックの花の甘く優しい香りにマリーヌは身も心も癒されていく。
馴染みの令嬢達からの謎の妬みはともかく、ランディア伯爵夫人までも私とアレックの仲を心配するなんて非現実過ぎて冗談にも程がある。
「んん?…そういえば。」
最近はダンスの猛特訓のせいで毎日疲れ果てて、本来の目的である舞踏会の事をすっかり忘れていたが、アンジェリー王女のお茶会以来、誰からも何の沙汰もない。
ルイドリッヒ王子殿下と宿敵アレックのお目付役の話しは一体どうなったのだろうか…。
(やっぱり底辺貴族への悪質なからかいだったのかしら…。無駄に心配してしまって恥ずかしいじゃない。)
太刀が悪い冗談を鵜呑みにしてしまった羞恥に一人赤面する反面、もし万が一にでも2人のどちらかに正式に誘われてしまってはマリーヌには断る術が無い。
誘われたが最後、その後の自身に待ち受ける暗雲立ち込める未来に背筋がゾワリと凍りつく。
今日は冷めた紅茶と見当違いな嫌味、そしてランディア伯爵夫人の的外れな忠告だったから良かったとして、プライドの高い高貴なご令嬢方の執拗な嫌がらせや妬みによってたかが外れて流血沙汰にでもなりえる予感すらする。
そして舞踏会に誘われた母の娘に寄せる期待の暴走も憂鬱でしかない。
何より恐怖を感じるのは、ありもしない事をわざわざ忠告しに訪れた宿敵の母であるランディア伯爵夫人だ。
夫人はきっとご令嬢方みたいな嫌味や嫌がらせなどの生温い事はせずに、良くて社交の場からの追放、または周到な根回しに完全なるアリバイを作って家族の立場は愚か生命の危機すら感じる策を講じそうだ。
マリーヌは自身が想像した余りにも恐ろしい憶測に悪寒が全身を駆け巡り、あまりの寒気に鳥肌の立つ腕を両腕で抱えるように摩ってやり過ごす。
(…でも、きっと心配し過ぎよね。私より容姿も身分も教養も優れている令嬢はたくさんいるし、わざわざ私を舞踏会に誘いたい人なんている訳がない。)
トントン
「ひゃっ!?」
目まぐるしく思考を働かせている最中、突然に室内に響き渡るノック音に驚いて肩がビクリと大きく揺れる。
「入るぞ。」
ドア越しに落ち着き払った宿敵のその声に、思考は停止し親切を脅し紛いに押し付けてくるアレックへの正しい対処方法が見出せない中、謎が謎を呼ぶ不可解な状態で迎え入れなくてはならない現状に焦りだけが先に立つが、嫌々とはいえ施された礼の体裁だけは整えなければと、滑らかなドレスへと手を滑らせ摘んで頭を深く下げてちょっとした嫌味がてら過度に屈んで宿敵を迎え討つ。




