【第18話】- 避けたい事態 -
振り向き様に突如現れたアレックと目が合うと、突然に腕を掴まれて、あれよあれよと廊下へと引っ張り出され無理矢理に動かされた体のあちこちに筋肉痛による痛みが全身を駆け巡り心の中で声にならない悲鳴が上がる。
そして連れて行かれた部屋の壁に引っ張られた勢いのまま追い詰められ逃げ場を失うという現状に至る。
(どうしよう…思い返してみたもののさっぱりわからない!?)
マリーヌは不可解なアレックの奇行に顎に手を当て視線を下げて小首を傾げる。
「マリーヌ嬢、僕が聞いているのは君の格好の事だ!」
なかなか会話の進まない事に業を煮やしたのか、アレックの苛立ちを含んだ問い掛けにマリーヌは物思いに見つめていたアレックの胸元から視線を顔へと戻す。
「これは…。とある令嬢が立ちくらみをした拍子に持っていた紅茶がかかってしまったから濡れてしまったのです。」
「…いや、聞きたいのはそんな事ではなく。」
マリーヌはアレックが何を言いたいのかさっぱりわからず謎は謎を呼び頭はさらにハテナで埋め尽くされ訳がわからず思わず眉間に怪訝なシワがよる。
「ではどんな事でしょうか?」
「それは…、君の…その」
急に言葉を濁し始め、視線を泳がせハッキリと物を言わないアレックにさらに苛立ちが増してくる。わたしには母親の作品でもある紅茶に濡れたドレスのシミ抜きという大仕事があると言うのに、時間を置けば置くほどにシミが落ちにくいなるではないか。
「わたくし今日はこのままお暇して紅茶に濡れたドレスを早く着替えたいのですけれど。」
アレックはマリーヌを挟んだ壁に手をついたまま首を項垂れ、苛立つように深く溜息を吐き捨てる。
(まったく何なの??…こっちが溜息を吐きたいわ。)
令嬢達も令嬢達だが、アレックもアレックでマリーヌへと言葉を発する様になっても相変わらず一方的な傲慢さに嫌になってくる。
「いま着替えを用意させよう。」
「いえ!お気持ちだけ頂戴致します!」
平静を取り戻したアレックが低く静かに発した突然の申入れに驚きはしたが、即答で力強くお断りできた自分に安堵する。自分の立ち回りが未熟だったせいで招いた事態なのに宿敵に恩を売るような事は是が非でも避けたい。
「我が家で起きた事に責任を持つのは当然の事。マリーヌ嬢は気にしなくていい。」
「アレック様のお心遣いに感謝致しますが、着古したドレスが濡れただけですので、どうぞお気になさらずに。」
アレックの腕に挟まれていなければ、そそくさとお礼だけ言って逃げる事もできるのに安易に立ち去る事のできない現状が酷くもどかしい。
「ここで君を帰らせればランディア家の恥になる。黙って言う事を聞くんだ。」
「なっ!?」
なんて偉そうにと口に出かかった所でアレックは実際に自分よりも遥かに偉い立場にいるという身に染み付いた事実に咄嗟に口を噤む。
「女性の着替えに慣れた使用人をすぐに呼んでくる。君はこの部屋から出ないように。もし指示に背いて勝手に帰ったらどうなるか、わかるか?」
文句が出てしまいそうな口が開かないように必死にきつく結んでアレックの強迫まがいな指示にマリーヌは眉を訝しげにしかめる。勝手に帰ったら何だと言うのだろうか、地の果てまで追い掛け回し言われなき罪を着せて断罪でもするつもりだろうか。
(まったく腹ただしい!そんな脅しに負ける私ではなくってよ!)
マリーヌはアレックのあまりの理不尽さに怯えるどころか反抗的に視線を強くする一方でアレックはそんなマリーヌに挑戦的に口角を上げて目を細める。そしてそのまま少し屈んでマリーヌの耳元にそっと口を寄せる。
「もし勝手に帰ったら、君の家に乗り込んでフォスター夫人に我が家で起きた不祥事を直接謝りに行くことになる。」
「っ!?」
部屋にはマリーヌとアレックの2人しか居ないというのに耳元で伝えられた言葉の意味をマリーヌは瞬時に理解し、あまりにも末恐ろしい脅しの内容に目が見開く。
名家中の名家であるランディア伯爵家の子息であり、第一王子の側近としても名の知れたアレックが我が家にわざわざ赴いて貴族である事を心から誇りにしている母に会ったら最後、伯爵令息の口から娘絡みの内容を聞かされた母がその後に取る行動は安易に想像ができる、それはまさにマリーヌが最も避けたい事態である。
(そ、それはかなりマズイっ!!!)
マリーヌの耳元から顔を離したアレックは動揺を隠せないマリーヌへと微笑んでみせる。
(ひゃっ!?め、目が笑ってない!)
「君はこの部屋で大人しくしているんだ。」
心底怯えて言葉が思うように出ないマリーヌは返事の代わりに頭を上下に何度か大きく頷いてアレックへと承諾の意思を伝える。
アレックへと意思が伝わったのか、マリーヌを挟み込む壁から手を離しドアへと向かいそしてドアノブに手を掛けてもう一度マリーヌへと振り返るともう一度、謎に微笑んで出て行った。
(ひぃーーーっ!?)
立ち去り際にアレックが見せた笑顔の念押しにマリーヌは恐ろしさのあまり身震いが止まらない。
アレックは一体何を企んでいるのだろうか、純粋にランディア伯爵家で起きた責任を感じての行動なのか、蔑み忌み嫌っている相手へ無理矢理にでも恩を売って黙らせるつもりなのか、はたまた数日前の王女殿下主催のお茶会で王族の御前でアレックに恥をかかせた仕返しでもされるのか真意がまったく解らない。
これからどうなるのか予測がつかない不安に部屋の真ん中に設えたソファーに落ち着いて座って待つ事もできず、自身に待ち受ける予測不可能な不安からマリーヌは檻の中の囚われた虎のように部屋を落ち着きなく右往左往してしまう。
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