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メロディ

 お笑い芸人の木間(きま)タカシと遊佐(ゆさ)トオルは、人気絶頂のお笑いコンビ「ハーモニー」でコンビを組んでいて今現在、正に「脂がのっている」芸能人だった。少しシャイでメランコリックな雰囲気のボケ担当の笑いの天才タカシに対してツッコミ担当の相方のトオルは、直情型で、そのアンバランスでシュールな漫才やコントは厳しい縦社会とも言われる「お笑い界」のベテラン芸人たちからも一目置かれるほどの存在だった。


「トオルさん!またタカシさん遅刻ですかぁ!?」

 マネージャーの井原は、何度目か?数え切れないタカシの勤怠の悪さにほとほと嫌気が差してきていた。

「すみません……アイツ、しばいたろうかなぁ!!」

 タカシは、だいたいこういう時は携帯電話の電源を切っていたので、いつ現場に現れるかは、長年の付き合いのトオルにさえ予測がつかなかった。

「今日は、ゴールデンの時間帯に放送されるV7テレビの「クイズ・アクション!」の収録ですよ~!!大物芸能人が沢山出る……ドタキャンなんてことになったら……」

「司会は、三木タロウさんだったっけ?」

「そうですよ~!芸能界のドンと言われる、あの三木タロウさんの特番ですぅ~!!」

 マネージャーの井原は、十秒おきに腕時計を確認しながら、タカシが早く来てくれることを(わら)にも(すが)るような思いで祈っていた。

「まったく……知らねえよ!俺は!!」

 相方のトオルもさすがに今回は大変なことになりそうな、そんな嫌な予感を感じずにはいられなかった。



 結局、タカシは番組に現れなかった。


「遊佐君、ちょっと来て!!」

 収録終了後、司会を務めた芸能界の重鎮三木タロウに、トオルはいきなり呼び出された。

「今日……相方の木間は?」

 不機嫌な表情でネクタイをほどきながら、三木はトオルにタカシの事を尋ねてきた。

「すみません。今日は体調不良らしくて……熱も相当あったみたいで……」

 トオルは適当な嘘をついて、その場をなんとか(しの)ごうと必死だった。

「あんまり芸能界をなめてると、そのうち痛い目にあうぞ!!よく言って聞かせておけ!!」

「はい!申し訳ありませんでした!!」



「なんで俺が怒られなきゃいけねえんだよ!!」

 トオルはタカシの事で何度こんな思いをしたか?さすがに今回ばかりは、相当頭にきている様子だった。

「まあまあ、トオルさん。気を取り直して、焼き肉でも食べに行きませんか?」

 マネージャーの井原はトオルの機嫌取りにはもう慣れていた。焼き肉屋か、寿司屋か、イタリアンレストランに連れて行けばトオルの怒りは大体鎮められる、と。



 都内の高級住宅街の中の三階建ての豪邸が、有野ヒカルが暮らす場所だった。ヒカルは、自分の部屋でピアノの練習をしていた。ショパンやベートーヴェン、モーツァルトなどの名曲をヒカルは華麗に奏でていた。


 ヒカルの部屋の掛け時計が、午後六時を知らせる音を鳴らした。

「六時だ!!」

 ヒカルは慌ててピアノの演奏をやめて、杖を使って探り探り部屋の片隅に置いてある机にたどり着いた。ヒカルは机の上に置いてあるノートパソコンの電源スイッチを迷わず押した。

 パソコンが立ち上がった。

 ヒカルはブラインドタッチで、視覚障害者用のパソコンを素早く操作して「ラジッコ!」というサイトに入った。


 六時十五分。ヒカルが選んだラジオ局から、ジングルと共に二人の男性の声が元気よく響き渡った。

「こんばんは!ハーモニーで~す!!」

 ラジオからは、お笑いコンビ「ハーモニー」の二人の声が軽妙なトークでヒカルのもとに送り届けられていた。


「フフッ!アハハッ!」

 ヒカルは大のお笑い好きで、中でも「ハーモニー」の木間タカシの大ファンだった。生まれつき目が見えなかったヒカルは、(ろう)学校(がっこう)などを経て一旦は社会人として大手企業の障害者枠での就職に成功したが、目が見えないからという「配慮という名の差別」からクレーム電話の対応の仕事しか与えられず、ストレスから会社に行けなくなり、僅か半年で自らの意思で退職の道を選んだ。



 ハーモニーが所属する芸能事務所に一通のファンレターが届いたのは、十月の中頃だった。差出人の名前は「有野ヒカル」。全てパソコンで打ち込まれたその手紙を、たまたま事務所に呼び出されて己の勤怠の悪さを叱責されていた木間タカシが、帰り際に偶然見つけた。


「ファンレターかぁ……」

 タカシは、暇だったこともありその手紙を読んでみる事にした。



 拝啓 木間タカシ さま。


 私は現在十九歳の女性です。


 私は生まれつき目が見えません。


 なので視覚障害者用のパソコンを使ってこの手紙を書いています。


 私はハーモニーの漫才やコントを「聴く」のが大好きです。


 コントは、たまに耳からの情報だけでは理解できない事もありますが、

 漫才は、お二人の喋りがメインなので分かりやすくて、何よりもとても面白いから大好きです!!


 この前のラジオ番組で(おっしゃ)っていた「あなたの夢を叶えます!」という企画は、本当ですか?


 私の夢は、ピアニストになって世界中で活躍する事です。


 今、私が一番好きなのは、ピアノです。


 二番目に好きなのが「ハーモニー」の木間タカシさんです。


 勝手なお願いですが、「私の夢」にお力を貸していただけないでしょうか?


 木間さんと実際にお逢いしてお話がしてみたいです!!


 よろしくお願いいたします。


 有野 ヒカル




「……」

 タカシは手紙を読み終えた後、さっきまでこっぴどく怒られていた事務所の社長に威勢よく語りかけた。

「社長!例のラジオの企画、この子でやりたいです!!」

「あ~ん、お前から積極的に仕事をやりたいって……どんな子だ?」

「十九歳のピアニストの卵ちゃんですよ!!」

 その後、珍しいタカシの熱心な説得を受けた社長は、渋々この件を「必ずやり遂げる」という条件付きで認めた。


「ヒカル!そんなにソワソワしないのっ!」

 ヒカルの願いはタカシに通じた。しかも、ラジオの企画からテレビの企画に変更になったのだ。ヒカルは、テレビ局が来るとあって相当緊張していた。



 ヒカルの住む豪邸のチャイムが鳴り響いた。

「は~い!」

 ヒカルの母は、少し髪形を気にしながら玄関に向かって飛んでいった。



「ヒカル……さん?」

 タカシは、初対面となるヒカルに話しかけた。

「は、はいっ!そうですっ!!」

「プロデューサーから説明があるから、よく聞いておいてね!」

「はいっ!」



 撮影が始まった。タカシは、所々で切れ味鋭いボケをかましながら現場の緊張を巧妙に解きほぐしていった。


 ヒカルは、自らが作曲したという曲を即興(そっきょう)でピアノを弾いてタカシに聴かせていた。


「……ブラボー~!!凄いな、ヒカルちゃん!!」

 音楽。特にピアノに何も縁もゆかりもないタカシだが、直感的にヒカルには音楽の才能が充分にあると思った。


「いえ、そんな……まだまだ下手くそだし……」

 ヒカルは、顔を紅潮させて両掌(りょうてのひら)には尋常ではないくらいの汗が滲んでいた。


「さっき弾いてくれた曲の中に……」

「ちょっと他のとは違う雰囲気の曲が、あったよね?」


「えっ!?どれだろう……?」


「イントロが、凄くきれいな……」


「これ、ですか?」

 ヒカルは、即興でイントロ部分だけを弾いてみた。


「いや、違うな。もっとテンポが速いというか……リズミカルというか……」


「あっ!これ、ですか?」

 ヒカルが、また即興で違う曲のイントロ部分を演奏した。


「そうそう!その曲!すごくいいと思うよ!」


「……この曲は」


「ん?どうしたの?」


「あの、私が……私が、好きな人の為に最近作った曲です……」


「へぇ~!素敵じゃん!!」


「あの……私、ピアニストになれますか?」


「う~ん、俺はクラシックとか全然わかんないけど……」


「この企画自体が、君の夢を叶えてあげる企画だから!ドイツに留学したいんだよね?」


「はい!ドイツに留学して、もっとピアノを学んでピアニストになりたいです!」


「そこまでの道筋は、番組で作ってあげられる。だけど、その先までは何も保証が出来ないよ。君のやる気次第。もっと残酷に言っちゃえば、才能次第ってこと!」


「じ、自信ないです……」

 ヒカルは、蚊の鳴くような声でそう言った。


「自信なんて始めっから誰だって無いよ!それでも、やらなきゃいけないんだ!」


「でも……」


「ヒカルちゃん。さっきの曲、好きな人に向けて作ったんでしょ?」


「は、はい……」


「その人が誰だか?俺は知らないけど、少なくとも俺はこの曲に物凄く感動した!」

 ヒカルは、小動物のように小さく縮こまってしまった。


「君には無限の可能性がある!いや、誰にだって不可能って言葉はチャレンジするまでは、結果が出るまでは不可能じゃないんだ!」


「プッ!」

 ヒカルは、タカシの熱弁に思わず可笑しくて軽く吹きだしてしまった。


「俺も自分で自分が何言ってるか?分かんなくなってきた……」


「アハハ!」

 ヒカルは大きな声で笑い出した。


「ほら、ちゃんと大きな声で笑えるじゃないか!大丈夫!」


「はいっ!」

 この日一番元気よく、ヒカルはタカシに応えた。




 ヒカルがドイツに出発する日。番組は、特別生放送で有野ヒカルの旅立ちをハンディカメラで密着中継していた。


「さあ、いよいよあの有野ヒカルちゃんがドイツに留学する日がやってきました!この企画を最初に拾い上げた僕の相方、木間タカシは……」

 トオルの隣にいるはずのタカシがまた居ない……代わりに等身大のタカシのパネルが、ふざけたポーズを取って突っ立っていた。

「また、ドタキャンかよっ!!」


「ふざけんな!アイツが拾い上げた企画だぞっ!ヒカルちゃんも航空会社も密着中継に快く応じてくれたのに~~!!」

 トオルが荒れるのも今回ばかりは無理もなかった。ヒカルの旅立ちの大事な日に、またしてもドタキャンだ……

「ホント、最低の男だな!!」

 トオルは、隣でふざけたポーズをしているタカシの等身大パネルを思いっきり蹴り飛ばした。


 ヒカルは、杖を突きながら一人で飛行機に搭乗した。



「ヒカルちゃん、聞こえる?」

 トオルが、生中継でヒカルに問いかけた。

「はい、絶好調です!」

 ヒカルは、ユーモアたっぷりに堂々と応えてみせた。


「タカシ……木間さんは?」

 ヒカルは、タカシに一言お礼が言いたかった。


「……」

 当然、トオルは口から何も言葉が出てこなかった。


「タカシさん、いろいろありがとうございました!私は、これから一人でドイツに渡って音楽の勉強をしてきます。そして、ピアニストになって必ず日本に帰ってきます!本当にありがとうございました!!」


「が、頑張ってえな……」

 トオルは、感極まってしまいみっともなくボロボロ泣いていた。



「皆様、こんにちは。本日はスターエアラインズメンバーをご利用頂きありがとうございます。~~~」

 機内アナウンスが始まった。そろそろ出発だ。


 一通りの機内アナウンスが終わった。ヒカルは、期待と不安でいっぱいになりながらも飛行機の出発をじっと待っていた。


「ここで、突然ではございますが、機内にご搭乗の有野ヒカルさまへ。お笑いコンビ「ハーモニー」の木間タカシさまよりメッセージが届いております。お客様にはお急ぎのところ大変申し訳ございませんが、しばしの間メッセージをお聞きくださいますようお願い申し上げます……」



「えっ!?なになに?どうゆうこと?」

 ヒカルは、いきなり自分の名前をアナウンスされて少し混乱してしまった。



「ヒカル。いよいよドイツへ旅立つんだね!おめでとう!俺は不器用な人間だから、なんていうか。こういうお涙ちょうだい系の演出は、好まない。せっかくの日に、こんな形でしか挨拶できなくて申し訳ない。とにかく、悔いの残らない様に頑張って行ってこい!俺は、遠い日本でドイツ名物のビールをたくさん飲んで、お前を見守り続けていくつもりだ!最後に。あの、お前が好きな人に書いた曲。タイトルは「メロディ」だったな?こっそりとヒカルのお母さんに楽譜をコピーしてもらって俺なりに一生懸命練習した!それでは、聴いてください!」

 数秒後、ヒカルの作曲した「メロディ」が、ちょっと音程外れているけど、それなりに一生懸命弾いているであろうタカシの演奏によって数分間、機内は不思議な心地良さに包まれていた。


「……メロディだ……私の……私の大好きな人。木間タカシさんの為に作ったメロディが、木間タカシさんによって演奏されている……うっうっ……」

 ヒカルは、タカシの演奏する「メロディ」の辛うじて美しい旋律を聴きながら大粒の涙をボロボロとこぼしていた。


 演奏が終わった……


 機内からは、全乗客から大きな拍手が鳴り響いて、しばらくの間やむことはなかった。



「最後に、私のワガママを快くお引き受けくださったスターエアラインズメンバーさま。そして、ご搭乗の全てのお客様に感謝申し上げます。ありがとうございました!」

 その後、飛行機は予定よりも約十分遅れて離陸した。


「ったく、あのかっこつけ野郎!!」

 もう怒っていない様子のトオルは、さっきより更にボロボロ泣いていた。


 ヒカルを乗せた飛行機が遠い空を飛んでいくのを、どこかのビルの屋上から一人の男が缶ビールを飲みながら感慨深げに目を細めて見守っていた。


「ヒカル~!!頑張れよ~!!」


 缶ビールとつまみをしこたま買い込んでいたタカシは、いつまでも飛行機が消えていった綺麗な空を眺めていた。





 七年後。ドイツへの留学をきっかけにピアニストとして大成功をおさめていた有野ヒカルの日本での凱旋(がいせん)コンサートがKVSホールで開かれていた。



 大きな喝采(かっさい)を浴びて、ヒカルはアンコールの曲を弾く準備を始めた。


「私の大好きな……そして、大切な一曲です……メロディ。聴いてください……」



 確かな技術を身に付けたヒカルの演奏する「メロディ」は、大観衆を魅了してホール全体の隅々にまでその美しい旋律が、誰かに向けられたプレゼントのように行き届いていた。



 演奏が終わりスタンディングオベーションに包まれた観客の中に、既にコンビを解散してそれぞれ別の道を歩んでいた元「ハーモニー」の遊佐トオルと木間タカシが、お互い離れた席から立派な大人の女性に、そして世界的ピアニストに成長したヒカルの晴れ舞台を嬉しそうに微笑みながらいつまでも見つめ続けていた。


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