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蛍光色のチカ先輩は異界の迷子を保護しています  作者: 阿井りいあ
迷子の王子を保護していました

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33/35

迷い


「先輩。二人で話せませんか?」

「おいおい、愛の告白かよぉぉぉ!?」


 翌日、いつものように目に痛い先輩の後ろ姿を見つけた僕は、急いで駆け寄って開口一番にそう告げた。隣にいた斗真が小さな声で叫ぶように茶化してくるので肘で鳩尾をゴスッた。空気を読め。


「いいよ」

「ありがとうございます。部室、はエリカがいますし、場所はどうしましょう?」


 たぶんこの人は僕が何を話そうとしているのかわかったのだろう。あっさりと了承の返事をしてくれた。それから続く僕の問いに、少し考えた先輩は部室でいいんじゃない? と答える。


「衝立をもう一つ立てれば問題ないよ。声が漏れる心配なんかはしなくていいし」

「え、どうやっ……いえ、愚問でしたね」


 防音の魔道具を使うのだろう。そもそも、部室全体に防音は施されていたわけだし、少し考えればわかることではあった。


「あとは、エリカやトーマくんが覗かないかどうかだけどね」

「……トーマ?」

「の、覗かねーよ! さすがに! ははー……」


 非常に信用ならない返事だ。けれど、チカ先輩の罠でも仕掛けようかな、という呟きに、斗真は目に見えて飛び上がって絶対に覗きませんと素早く答えた。チョロいな。


「じゃ、また放課後に」

「え、あ、はい」


 先輩は、そう告げて颯爽と歩き去っていく。その後ろ姿を見ながら、斗真は首を傾げた。


「あれ、今日はじゃあどこで昼飯食うんだ?」


 そう、エリカもいることだし、ここのところ毎日部室で昼食をとっていたのだ。だから、本来ならまた昼休みにってなるはずだった。でも、そうか。先輩はお見通しなんだな。僕が、斗真とも少し話したいと思っていること。


「ま、いいんじゃない? 久しぶりに教室で食えば」

「ん、そーだなー。男二人で寂しく食うかぁ」


 しれっと僕はそう声をかけて、教室に向けて歩き始めた。なんだかんだで、親友と呼べるであろう斗真にも、ちゃんと話しておかないといけない気がしたからな。




 こうしてあっという間にやってきた昼休み。僕の近くの椅子を借りて、僕の机を挟んでの昼食となった。こうして食べるのはなんだか久しぶりな気がする。実際はそこまで久しぶりでもないんだけど。


「……昨日さ、両親に話を聞いたんだ」


 そこで僕は世間話でもするように話を切り出した。斗真は一瞬だけ動きを止めたけど、すぐに動き始めてそうかーと言いつつ惣菜パンを口に運ぶ。


「ちゃんと話してくれたよ。そろそろ話そうとは思っていたみたいだ」

「……そか」

「でも、不思議なくらいなんの感情も湧かなかった。事実をただ聞いただけの感覚っていうか……僕の家族はあの二人っていう認識は変わんないからだと思う」


 すでに知っていたからこその感覚だったとは思う。緊張したし、どこかで嘘であってほしいとも思ってた。でも、彼らの態度も変わらず、愛情深さを感じたからだろう。事実を事実として受け止められたし、それほどのショックもなかったんだ。


「やっぱさ、家族って血の繋がりじゃないんだよな。よく考えてみたら夫婦だって血の繋がりはないわけだし? それでも一生仲良く出来る夫婦だっているからそんな感覚に近いんじゃね?」

「や、夫婦と親子はまた別だろ」

「そうか? そりゃ最初こそ恋心と親子愛の差はあるけど、年数経てばどっちも家族愛じゃん?」


 斗真はたまに目から鱗な発言をする。一理あるかも、とか思ったじゃないか。おかげで、より血の繋がりについては気にしなくていいと思えたから、これは斗真の勝ちだな。悔しいけど。


「……で、決めたのか? これから、どうするか」


 そして、控えめに斗真は聞いてきた。その質問に対して、僕は少し箸を止めた。それから、思っていることをツラツラと話すことにしたんだ。


「本当は、まだ迷ってる。今の生活は変えたくないし、たとえ記憶が消去されて気兼ねがいらないとはいえ……両親に恩返しもせずにっていうのは嫌だし。でも……」


 フッと、チカ先輩の顔が浮かんだ。記憶にある先輩は相変わらず目に痛い配色だ。でも、その表情は優れなくて。悲しげに微笑むあの顔が、僕の脳裏にこびりついているみたいだ。


「血の繋がった妹が困っている、っていうのを放り出すのもどうかと思うんだ。本来なら僕が歩むはずだった人生を、あの子は、エリカは歩いているんだ。それも、女だからってだけで余計に苦労している。国民の命という重いものも抱えてさ。それに……」

「チカ先輩のこと、か?」


 斗真はわかってるぞ、と言わんばかりに口を挟んだ。僕はウッと言葉に詰まる。


「俺だって嫌だよ。先輩がいなくなるなんて。……でもきっと、俺らからその記憶も持ってくんだろ?」

「そう思う。だって、今でさえ斗真は、先輩の魔法にかかってるわけだし」


 先輩がずっと昔から新人女優で、年をとっていないことに疑問を抱いていないのが証拠だ。それを説明した今も、やっぱりわかっていないようで首を捻っているし。先輩の魔法は強力だ。でも、それならなんで僕はそれに気付けたのだろうか。これも、放課後聞いてみよう。


「とにかく! そうやって、疑問に思うことさえないように、綺麗に記憶を操作して去っていくってことだよ」

「んー、よくわかんねぇけど、わかった。そーだよなぁ……」


 結局、どれだけ説明しても斗真は首を傾げたままだったけど、まぁそこはいい。その後の僕たちのことなんて、割とどうでもいいんだ。記憶が消されるのは嫌だけどもっと重要な問題がある。


「先輩が、この先ずっと……時空の狭間を漂い続けるなんて……そんなの、絶対ダメだ」


 一人ぼっちになるってことじゃないか。絶対に苦しい、寂しい。先輩はそんなこと一言も言わないし、これからも言わないだろう。だから実は本当に大丈夫なんじゃないか? って思いもするけど、そんなわけない。


 どれだけすごい力を持っていても、先輩だって一人の人間なんだから。


「……でも、そのためにお前は、一生死の運命ってやつに怯えて生きるはめになるのか? それこそ……誰も望んでないだろ……」

「……先輩が、守ってくれるって」

「そりゃ先輩は確実に守ってくれるだろうけどさ……」


 その後、僕らは黙り込んでしまった。斗真は、僕が結局まだ答えを決めていないことに気付いたんだろう。無理にあーしろ、こーしろと言ってこない辺り、ちゃんとそういう部分は空気を読めるんだな、と変な感心をしてしまう。


「……ちゃんと、言えよ」

「言う?」


 昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴るとともに、自分の席へ戻ろうとする斗真が呟いた。


「どんな答えを出すかは知らねーけど、その結論聞かせろよ? たとえ、忘れることになるとしても、だ」

「……わかった」


 そこは、親友としてきちんと話しておこうと思う。あちらに行くことを決めた場合、両親には……どうしても言えないけれど。コイツだけには言わなきゃいけないよな。


「本音を言うならさ、薄情かもしんねーけど、俺は、こっちに残って欲しいと思ってる。大事な親友が危険な目にあうの、黙って見てらんねぇよ……」

「……ああ、ありがとな」


 普段チャラチャラしてる奴がこういう真面目なこと言うのを聞くのは、結構効くな。どうせ全部忘れるんだから、気にせずここに残ればいいのに、ってのは正直、すごく思ってる。斗真は自分が薄情だと言ったけど……たぶん僕が一番薄情なんだ。向こうに行かなくていい理由を正当化させようと必死で頭を働かせていることに気が付いたから。


 そうだ、僕は怖い。死の運命とか。なんだよそれ、そんなものが僕に付きまとっていたのかよ。先輩がいなきゃ、僕は今こうして生きていなかったんだ。実感はまったくないけど、先輩は間違いなく命の恩人で……僕はそんな恩人をあっさり見捨てようとしているんだ。


 後悔、しないわけがない。忘れてしまうなんて、許されない。他の誰でもなく、僕が僕を許せない、許したくない。


 もう、どうしようもないのだろうか。


 ふと、窓の外に目を向ける。僕の内心とは違って、今日は澄み渡る晴れ空だ。ちょっと眩しいくらい。こうして眩しさを感じると、どうしても思い出すのはチカ先輩のことだ。思えば、僕は彼女のことをほとんど知らない。


 家はどこにあるのだろう。両親がいないのにたった一人で……たった、一人で? 知りもしない場所どころか、世界まで超えて、赤ん坊だった僕を連れてここへ来たのか。親友である僕の実の母親との約束を守るために、僕を、守るためだけに。


 ジリジリと、胸が焦がれる思いがした。それは、一体どれほどのプレッシャーだっただろうって。十七才でそれを決断した彼女は、色んなものを失ったはずだ。故郷も、知り合いも、住む場所も……全て。

 学校でも、彼女はいつも一人だった。仕事も、たぶん仕事だけこなしてさっさと帰るような人なのだろうことは容易に想像がついた。頼れる人は? なんでも話せる人は? せめて、友達は……?


 もしかして先輩は……最初から、自分がいつか時空の狭間で永遠に生きることを知っていたんじゃないのか?


 だからこそ、ここでは人と関わることを避けていたとしたら? 情が沸けば別れが辛くなる、それがわかっていたからこそ、自分で僕を育てずに……養父母を探したんだとしたら? 僕に、この世界での確固たる居場所を作ってくれたんだとしたら?


 辻褄は合う。でも、そんな悲しいこと、気付きたくはなかった。ただの憶測であってほしいと思った。


 僕は、先輩を救いたい、そう思った。


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