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12-1 音楽を忘れた猫 誰がために笛は鳴く - 魔王の愛したネコヒト -


前章のあらすじ


 隠れ里にとある問題が浮上した。子供たちに労働力を期待するにも人数分の道具が足りない。

 そこでネコヒト・ベレトはレゥムの街へ3度目の買い出しに出ることにする。

 その朝パティアが小鳥と友達になり、しろぴよと名前を付けて自分の頭で飼い始めた。


 それから半日後、ネコヒトは無事にレゥムの街にたどり着く。

 タルトと密会し、サラサール王子の悪行を密告すると同時に協力を取り付けた。

 タルトにとってリセリは妹同然、彼女は合計6台の台車と、石工のダンという夜逃げ移民者を用意して、ネコヒトと共にギガスライン要塞を越える。


 その道中に冒険者狩りに遭遇するも、争うことなく無力化して彼らは無事に大地の傷痕にたどり着いた。


 そこでタルトが腐れ縁のバーニィとの大喧嘩、リセリとの感動の再会、気の強さと愛情ゆえのジョグへの誤解をほとばしらせる。

 ともかく沢山の仕事道具と、種や布が里に供給され、タルトへの里のプロデュースと、開拓が加速してゆくのだった。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



――――――――――――――――――――

 魔王の(しもべ)

  笛を奏でるネコヒトと忘れられた旋律

――――――――――――――――――――


12-1 音楽を忘れた猫 誰がために笛は鳴く - 魔王の愛したネコヒト -


 月光と静寂に支配された夜明け前、古城最上部の城郭にてわたしは魔界側の空をただ眺めていた。

 あいも変わらずの紫色の雲海と音の届かぬ雷光、茨の長城の向こうに夜も昼もない薄闇の世界がある。


 別にあちら側に帰りたいわけではありません。

 単にわたしの思い出の大半が魔界にあるだけです。


 ここでは魔軍の一員として戦わずに済むのですから、むしろパティアと一緒に良い場所を作り出したものだと喜ぶべきでした。


「わたしはなぜ、一時の感情でこんな物を……」


 あのときタルトにわがままを言った。わたしは何を考えたのか、彼女にフルートの調達を願ったのです。

 その銀色の美しい楽器を胸に抱き、ネコヒトはぼんやりと魔界ばかりを見つめている。


 笛に口を当てようとしては身体が拒み、音色を奏でる覚悟もつかない。

 いったい、どの曲を演奏すればいいのかも、頭に浮かばない……。

 愚かにもわたしは昔取った杵柄で、里の皆に娯楽を提供するつもりだったらしい。


 昨日、タルトらを里に連れて来てより全く眠っていない。

 予定外にも冒険者狩り10数名を寝かせることにもなったので、その反動がわたしを常に覚醒状態にさせた。


 狩りを終えて戻ってきたのは深夜遅く、それからずっとここで粘っている。

 されどいくら待ってもその気になれない。わたしはやっと諦める覚悟をつけて、その場を立ち上がることにした。


「吹かないのか教官……?」

「おや、のぞき見ですかリック。まさかわたしがしてやられるとは……お見事です、気づきませんでしたよ」


「オレは教官の弟子だからな。いつだってあなたを超えたくて必死だ」

「それならとっくの昔に超えているでしょう。あなたも、ミゴーのバカも」


 フルートを見られたのがわたしは恥ずかしくなった。

 彼女の知るわたしには似合わない。けれど隠したくなる気持ちを抑えて、堂々とそれをネコヒトは抱えて目線を向けた。


「どうしても技術では追いつけない、今の教官にはなおさらだ。……それより知らなかった、教官は笛が吹けたのか?」

「ええまあ……どうでしょう。300年のブランクが人を素人にするとしたら、吹けないとも言えますね」


「フッ……生憎そんな経験を持つ者は教官くらいなものだろう、わかるわけがない」


 リックのためになら、彼女を楽しませるためにならもう一度吹けるでしょうか。

 わたしは試しに横笛フルートを構えかけて、だがやはり止めた。無理だと身体が拒んでいた。


「なぜ吹かないのだ教官」

「なぜか吹けないんです、なにせ300年ですからね。ブランクを認めるのも恐ろしい」


 これは理屈ではなく感覚的な問題でしょう。

 せき止めた何かを再開するには、最初のきっかけが必要なのです。


「なら質問を変える。300年前、教官は何をしていたんだ……? そろそろ答えてくれてもいいと思う、オレは教官を知りたい」


 300年前のわたしを知りたいと、リックがネコヒトの隣に腰掛けた。

 同じ魔界を捨てた者同士で、背中に雷鳴輝く世界を抱いて人間側の領土に目を向ける。


「はい、その頃のわたしは――」


 わたしはパティアのような天才ではなかった。

 ただの凡夫、どこにでもいるような脆弱なネコヒトだった。


「魔王の愛玩動物をしておりました。当時のわたしは、とても弱かったのです。だから動物なりに笛を吹いてみせることで、主人を喜ばせようと思ったのでしょう。それでは……」


 その喜ばせる相手が世界から消えてしまった。

 だからわたしはフルートを捨てて、殺戮派の前身に属することを決めた。それは自分のことなのに、今ではなぜか人事のように感じられる。


 どうも居心地が悪い。わたしは近辺の森を回って、モンスターの駆除ついでの狩りを始めようかとその場を去った。


「待ってくれ、教官」

「万一、里の子らが襲われては――おや、何ですかリック」


 素直に立ち止まったのが悪かった。

 白い毛並みのネコヒトは、大柄なリックに後ろから抱きしめられていた。


 何とも彼女らしくもない、大げさなことをするものです。

 言葉ではなく態度から示すところが、不器用な彼女らしいとも言えますか。


「元気をだしてくれ教官。教官はきっと、眠れないせいで気が変になっているんだ」

「それはもちろん、確実に影響があるでしょうね。しかし弟子に慰められるとは、これでは立場が逆ですね」


「今のところオレは悩む必要がないからな。ここで天寿を全うするのも、悪くないと思う自分がいる。何のために正統派に属して戦ってきたのか、わからなくなりかけているよ」


 魔族は戦うために生まれる。弱い魔族はそれを支えるために生まれる。

 例えばバカ弟子ミゴーは典型的な前者、ネコヒトと呼ばれる種族は後者です。

 何のために戦うかなど、魔族の社会ではあまり意味をなさない。


「別に落ち込んでなんていませんよ。でもありがとう、やはりあなたはわたしの自慢の弟子ですよ。……それと、わたしたち魔族は戦うのが仕事です、理由など要りません。ただ……これからも里の皆を守ってやって下さればそれだけで」


「ああ言われなくともそのつもりだ。人間と一緒だというのに、これが意外と悪くない感覚なんだ。教官、教官が仕えた、魔王という方はどんな人物だったんだ……?」


「……はい、寝てばかりの方でしたよ。それと、猫が好きでしたね」


 かの時代を知る者はもうほとんど生きていない。

 魔界の者は記録を律儀に残すたちでもない。魔王様についての機密を、軽々しく口にする気にもなれなかった。


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