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11-7 旧市街のタルトと大工の息子バーニィの再会

 こうしてわたしたち輸送隊は森での遭遇戦になることもなく、無事に丘を越えることができました。


「争わずに抜けるなんて、何だか魔族らしくない手並みだねぇ」

「そうでもありませんよ。ここが安全な人間の領土だったら、まあそうも言えたかもしれませんね」


 彼らは魔族側からすれば味方とは言えなくとも、冒険者どもに害を為してくれる益虫です。

 魔族の冒険者狩りにとっては商売敵かもしれませんが、いざ駆除してしまうと、かえってこの地のバランスを損ねることになるでしょう。


「あたいなら寝かした後に殺しちまうね。これ以上悪さしないようにさ」

「フフ……本気でおっしゃっているなら、あなたは怖い人ですね」


 人間の社会のためならそれが良いのでしょう。

 ですがわたしは魔族側です、冒険者(ゴロツキ)どもが困る方を選びたい。


「エレクトラム、さん、た、タルトさんは、お、おっかねぇだよ……」

「バカだねぇアンタッ、そうやってビクビクしてるからおっかないのが寄ってくんだよっ、せっかく良い身体してんだから胸を張りな!」


 それは無理な話でしょう。それに臆病は必ずしも悪いことではありません。

 誰かに勇敢さを褒め称えられようとも、その結果無茶をして死んでしまっては元も子もない。


 弱肉強食の世界では、必ずしも強い者ではなく、ただ最後まで生き延びた者こそが勝利者なのです。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 そこから先はこれといった事件もなく無事に輸送が進みました。

 しかし荷台を引いての丘越え、水かさの浅い川を選んでの迂回に時間を取られました。


 やっとこさ大地の傷痕の結界をくぐり抜けた頃には、夜に出発したはずがもう朝です。

 こうしてわたしは大量の物資と、夜逃げ屋タルト一行、期待の新人・石工のダンを無事に目的地に送り届けたのでした。


 彼らは当然この閉ざされた土地の仕組みに驚き、それと同時に理解した。

 ここが外敵の入り込めない、魔界と人間界の境界に生じた奇跡の安全地帯であることに。


 朝焼けに照らされた隠れ里を高台から見下ろすとこれが不完全ながら美しく、さながらわたしたちの旅の疲れを癒そうとしてくれているかのようでした。


 ところがです、第一村人、これがどうも良くなかったのですよ。


「げっ、タルトッ?!」


 広場南側のバリケードを、バーニィが朝っぱらから勤勉にも増設していた。

 そこにわたしたちがいきなり現れたわけです。

 子供たちの安全のためにこそこそ早起きするだなんて、なんとお優しい騎士さまでしょうね。元ですが。


「おやバーニィ、こんな朝から楽しそうなことしてるじゃないか。アンタがそんなさ、素直なニヤケ面を浮かべるところなんて、何十年ぶりに見たかねぇ~」

「た、タルトさん、し、知り合い、か……? お、おらはダン、つまんない、石工、ダンだ……」


 まさかタルトまで一緒に来るなんて、バーニィは予想もしていなかったようでした。

 リセリをかくまった以上、可能性としては十分にあったのですけどね。 


「あっはっはっ、なんだい知らないのかいダン、バーニィって言ったら、パナギウムの有名人さね」

「うっ……お、おいっタルトっ、お前っ、余計なこと――」


「ほらさ、少し前に聞いたことあるだろ? 王家の宝物庫から、時価2000万ガルドのお宝を盗んだ大悪党、下級騎士バーニィ・ゴライアスつったら、このバカオヤジのことさ!」

「ば、バラすなよこのガキッ、いやもうババァだけどよっ! これじゃ俺の第一印象最悪だろ!」


 それは自業自得でしょう、

 あなたは国の金を盗んで逃げた悪党ですよ。少なくともパナギウムの人間からすれば。


「た、タルトさんに、ババァとか、言う、なんて、お、大物だ……」

「ただのバカだよ。ま、コイツとはちょっとした腐れ縁でね。それにこんなの、ただのスケベオヤジさ」


 どうも会話にわたしが入り込む隙間がありません。

 まあいいですか、久々の再会です、好きにさせてやりましょう。


「おいタルトッ、ガキの頃から変わんねぇなそういうとこ! ちったあ元近所のお兄さんに敬意を払えや! はぁ……っ、昔は色々良くしてやったじゃねぇか……」

「はんっ、綺麗な思い出話に収まるほど、アンタだって立派じゃなかっただろっ、このスケベ!」


「ああそうだよっ、スケベで何が悪い、俺はここで自分に正直に生きると決めたんだよ。だからエッチなおじさんで別に結構だ!」


 街で何をやらかしたのか知らない。しかしこの言われようはよっぽどです。

 それとはそうとバーニィ、そこを開き直るのはどうかと思いますよ……。


「ああそうかいっ、勝手にしなよ! だけどね、もしリセリに手を出したら……いいかい、アンタを鍋で煮て、その辺の犬に食わせてやるからね、覚悟しときなよッ!!」

「ダハハハハッ、そりゃもう手遅れだね! リセリにはもう先約がいるんだよこのクソアマッ!」


 いえこの場合、リセリがジョグを予約しているのが正しい。

 ともかくいきなり現れた思わぬ彼氏の影、それにタルトが目をむかないはずもありません。


「な、なんだって?! そりゃどこのどいつだいっ!! 今すぐそいつの元に案内しなッ、じゃないと、6つ下のあたいに手を出した少女趣味のスケベ野郎だったって、ここの連中にアンタのことふれ回るよ!!」


 ほう……それは聞き捨てなりませんね?

 まさかうちの娘に、よこしまな目線を向けてはいませんよね、バーニィ……?


「うっ、うっうぉぉぉぉっ……て、ててててめぇぇっ?! 言うなやそういうことっ、クソッ、気の迷いでおめぇに手を出したのが、俺の人生最大の汚点だわ!!」

「はんっ、そういや新しい親父さんが厳しくて辛いって、あたいに泣き言言ってたねぇ……旧市街が恋しくなって、甘えたくなったんだろ、あたいにさ!」


 ダンがビクビクと震えていましたので、わたしより遙かに大きなその背中にそっと腕をそえて差し上げました。

 そうするとこちらを見て、ほんの少し安らいでくれたようです。


「た、タルトさんと、張り合ってる……。す、すげぇ、勇ましい、男だぁ……」

「張り合うのもバカらしいと、わたしは思いますよ。お二人はずいぶんと仲がよろしかったようですね」


 大音量の大喧嘩、略してうざったい猿のじゃれ合いです。

 不毛なそれが、やがて里の子供たち数人を広場の南端に呼び込みました。


 このままでは男衆やダンに申し訳ないので、痴話喧嘩を捨て置いて森から広場の中に台車を案内する。

 それでもバーニィとタルトは森の入り口、作りかけのバリケード前でまだ不毛な応酬を繰り返していました。


「バーにぃにぃ~、お、オネショしちゃったよぉ、お願い、毛布、あずかってぇ……。だなんて言ってた頃は、まだかわいかったのによぉっ、なんでこうなったよ?!」


「や、やめないかそういう話ッ! そういうアンタだって用水路に小便して、半べそになるまでオヤジさんにぶっ叩かれてじゃないか! ごめんなさい、もうおしっこしません、ゆるじでー! あーっはっはっ!」


 うわ……。まだやるんですかこの人たち……なんと醜い……。


「お帰りエレクトラムさん、うわ凄い沢山きたねっ、それなーに!?」


 蒼化病の子供たちが6台の荷台とわたしを取り囲んでいました。

 さらには遅れてたった今、パティアとリセリの二人組までやってきたようです。


「はぁっはぁっ、ね、ねこたーんっ!! ねこたんねこたんねこたんっおかえりぃぃーっっ!! パティアさびしかったぞー! がばぁぁーっっ♪ ああっ、この、もふもふのためにぃ……、パティアは、いきているぅぅー……」


 状況は何とも説明しがたいグッチャグチャの有様です。

 ブロンド娘のタックルがネコヒトの胸元に激突し、台車を背にそれを受け止めることになった。


 あれだけ大きな痴話喧嘩です、盲目のリセリもタルトの存在に薄々勘付き始めていた。

 驚いたように普段閉ざされている瞳を開き、声のする方角を、半ば固まったようにうかがっている。


 それが本当にタルト本人なのか、視力を持たないがゆえに判断しかねているように見えた。


「ただいま帰りました。さてご紹介しましょう、こちら、石工のダンさんです。わけあって今日からわたしたちと一緒に暮らして下さいます」

「よ、よよよ、よろしくだべ……。あ、えと、その……タルトさんから、病気のことは、聞いてる。おら、そうゆうの、気にしないから……その、あの、よろしく……」


 迫害されていた立場を考えれば仕方ありません、子供たちはそのダンと、男衆を警戒していました。


 それでも彼らが運んできた荷物に子らは興味が絶えないようです。

 なにせ荷台6つ分の壮観なる物量でしたので。


「おおー、でっけーおじさんだ……ダーンかー。あ、なぁなぁおじさん、あのね、なにたべたらー、そんなにー、でっかくなれるのかー?」


 一方うちの娘には警戒心などかけらもありませんでした。

 ダンの巨体に面白そうに駆け寄り、足下までやってきて彼を見上げる。そして言った。


「たのむ、パティアに、ケツをおしえてくれ……!」


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