11-6 夜逃げ屋エレクトラムの冒険
迷宮に魔族は近付けない。
だから迷宮素材が欲しければ、わたしたちはハイエナウルフのように、それを浅ましく冒険者どもから横取りしなければならない。
その絶対のルールが夜逃げ屋タルトの方便を可能にしていました。
「ほう、運び屋か。道中気をつけてな。ああくれぐれも冒険者どもには、隙を見せないようにした方が良い、襲われて商品全部奪われたたやつを、俺は山ほど見てる」
そいつは平和ボケのパナギウムらしい親切な門番でした。
「わかってるさ。この長城の向こう側じゃあらゆるルール、尊厳が守られなくなる。おっかない話さねぇ……そこに病人を追放する国も大概さ」
「おいおい……そこはノーコメントだな、とにかく気を付けてな」
入れないので知りようがありませんが、迷宮の地上部には小さな補給地があるそうです。
そこに物資を納入しに行くとでも言っておけば、怪しまれることもなく、手ぶらで帰ってきても不自然はありませんでした。
はたから見れば金に困った商人が、命を掛け金にした商売に手をかけたと、要塞の軍人は思うそうです。
「最近は魔界の森も物騒だ。ヤドリギウーズはキシリール様のご活躍で掃討されたが、どうもきな臭いからな。倒し損ねたやつがいるかもわからんぞ」
「アンタお節介だね、そんなのわかってるさ。生憎あたいらには腕利きの用心棒がいるのさ、それじゃあね」
わたしは用心棒どころか、荷物持ちの子供にしか見えないでしょう。
ネコヒトは台車を後ろから押し、薄暗い明かりの灯る要塞を進んでいきました。
少し緊張しましたが杞憂でした、あっという間に要塞の西門を抜けて、真っ暗闇の森にわたしがいました。
「まさかこんなに簡単に、口先1つでギガスラインを抜けられるとは思いませんでした」
「あっはっはっ、そうだろう? なんせレゥムの街にとって迷宮と冒険者は資源にして金づるさ。こいつらだけは絶対、行き来を滞らせるわけにはいかないのさ」
タルトと同伴して東に夜の森を進んで行く。
どうもわたしは、つい最近やったものと同じ仕事をすることになったようです。
護衛です。荷台での運搬をダンと男衆に任せて、わたしは先頭に立って道案内をかねることになったのです。
「ところでこっちでいいのかい? 少し南の方にそれてる気がするけど」
「ええ、真っ直ぐ進むと丘がありますので、そちらは台車には向かない道かと」
「へぇ、アンタずいぶんこの辺に詳しいんだね。ここってアレだろ、魔族っていうよりモンスターどものテリトリーじゃないか。なのにどうしてそんなに詳しいんだい?」
旅に無駄話は付き物です。
周囲を警戒しながらタルトの好奇心を受け止める。石工のダンを含む後ろの連中も聞き耳を立てていた。
ちなみにモンスターは迷宮に近付くことができるようで、不公平な話ですがそれがちょっとした線引きになっております。
「昔は人間の世界に忍び込んで、情報収集や工作する仕事もしていたんですよ。つまりタルト、あなたたちはわたしの代理人です。おっと……止まって下さい、少し安全を確保してまいりますので」
「頼もしいね、それじゃ任せたよ」
ネコヒトの耳が進路に何者かの気配を察知した。
足音を消して素早く忍び寄ってみれば、どうやらそれはモンスターではなく冒険者どもでした。
行軍を停止させておいて正解です、このままでは鉢合わせになっていたでしょう。
いえところが少し違和感がありました。
彼らは東の魔界側に注意を向けたまま、真夜中だというのにその場を動かない。それはまるで何かを待っているかのようでした。
しかしこれではらちが明かない、戻ってそのことをタルトに伝えました。
「妙だね……もしかして、もしかしたらだけど、そいつらさ、ヤバい雰囲気の、連中じゃなかったかい?」
「魔族からすれば冒険者など全て同じに見えます。総じてクズ、同情に値しないゴロツキです」
ところがそこで男衆の代表、キリリと眉の鋭い若大将が忠言してくれた。
「自分はその元冒険者です。その経験から言わせてもらいます。そいつら、もしや、冒険者狩りどもでは……?」
「ああ、それで動かないのですか。仕方ありません、わたしが斥候を受け持ちますのでルートを丘側に変更しましょう」
「でしたら斥候をお願いします。その他にも近辺に、彼らは網を張っている可能性がある。自分の経験では、ですが……」
「だ、大丈、夫、か……? お、おら、戦いは苦手だ……すまん」
そこでルートを変更して丘上を目指して進みました。
台車という性質上、横に傾いた道を進むのは難しいのです。
オーダー通り斥候として進路を探ってゆくと、彼の言ったとおりでした。
10名ほどの冒険者狩りがたき火で暖を取っている。月の光の届かぬ、肌寒い夜空の下で。
「それでさ、俺は言ってやったんだよ」
「お前のかみさんなら市場で見たぜ、だろ。お前そのつまんねー冗談、この前もいってただろ」
「人の女房を豚扱いとか酷くねおめぇ、せめてブスくらいにしとけよ、バァーカッ」
今は夜間、タルトがたいまつを持って明かり役を受け持っている。
そうなると迂回路を進もうにも、明かりや油の匂いで気づかれる可能性がある。
「10名くらいならば、まあ……書もありますしいけますかね」
やると決めたら迷いは邪魔なだけです。
迅速な無力化をもって、ここを安全に通過させていただきましょう。
冒険者狩り、いや野党に向かって忍び寄り、茂み1つを壁にして静かにナコトの書を開く。
「はぁっ?! ブスのがひでーだろ!」
「うっせー、ブタ野郎! とか言われたらキレんだろおめぇもよぉ!」
会話が不快です。そんなのどっちもいい気分しませんよ。
「底無しの眠りを、あなた方にも分けて差し上げましょう。スリープ」
「おい今の声、誰……ッ、誰、だ……ぅ、ぅぁ……」
たき火の温もり、夜間という時刻もあって彼らはすぐにまとめて眠りに落ちた。
それから近辺を探る。予想通り西側に見張りがいたのでそれも比喩抜きで眠らせ、後方の台車をエスコートいたしました。




