11-4 消失者たちからの招待状 - 告発と調達依頼 -
「跡を付けられてないだろうね……?」
「そこは見くびらないで下さい、追跡と潜伏はわたしの最も得意とする分野です。迷いましたがね、この街には」
蒸留酒よりも砂糖で漬けたマタタビ酒の方がいいな……。
故郷ではなぜか、お前は飲むなと止められたものですけど。
「そうかい。しっかしアンタ、あのシスターさんを誘拐しておいて、よくもまあ戻ってきたね……。サラサールに捕まるのが怖くないのかい……?」
「わたしエレクトラム・ベルがやったという証拠はどこにもありません。例の副司祭さんがバカ王子側に寝返ったのなら、話は別ですが」
「あっはっはっ、ならこっちの情報は全然伝わってないんだね。現司祭はもう失脚してるさ、聖堂本部で選挙が行われてるみたいだけど、あの副司祭ホルルトさんがここの聖堂を牛耳ることになりそうだよ」
それは朗報です、おいおい使えそうなコネを運良く得たものでした。
まあ人間の国や宗教がどうなろうと、わたしの知ったことではありませんが。
「上手く罪をおっかぶせたものですね」
「王子様の八つ当たりさ。アンタを、花嫁泥棒を怒り狂って捜させてるよ。アンタ、あまり国内じゃ人前に姿をさらさない方がいいよ」
「おお怖い、それは気を付けましょう」
しかしあの変態王子サラサールですか……。
あの件は思い出したくもありません。が、伝えなければならないでしょう。
追加の火酒を求めてグラスを赤毛の女に向けて差し出す。すぐになみなみとあふれるほどに注がれた、それを一気にあおる。
「魔界の酒には劣るかもしれないけど、悪くないだろ。今度手みやげに持ってきてくれてもいいんだからね」
「残念ながらそれは少し難しいのですよ。……それより聞いて下さい。そのサラサール王子なのですが、わたしたちの予想を上回る問題人物でした」
わたしのような小柄な魔族は珍しい。
こうしてパナギウム王国のお尋ね者になってしまった以上、しばらく物資の調達先を魔界の街にするのも悪くない。
魔界の街でしか得られない品々を用意しておけば、危険はありますがそれなりの大金となるでしょう。
「はんっ、今さらあのバカ王子については驚かないさ」
「いえきっとその予想以上ですよ。彼は、魔界穏健派と通じておりました」
「へぇ……北の国々が聞いたら大騒ぎになりそうな話さね」
「ええ、魔族との戦争が続く北部から見れば、にらみ合いを続けるだけのパナギウム王国は、既に人類の裏切り者でしょうね」
レイピアを抜き、植物油で手入れされたそれを月光に照らす。
先ほどからうざったいハエがおりましたのでそれを貫き、払い、鞘に戻した。
「その穏健派からサラサールの下に、ロッグというフロッガー種の魔族が派遣されていました。彼は特殊な魔法が使えましてね、人を動物に変える力を持っていたのです」
「へぇ、それで?」
「後宮で平民の妻が事故死するというのは情報操作でしょう。サラサール王子は人肉食の趣味を持つ最低のド変態で、裏では花嫁を動物に変えて、食っていたようです。ロッグがそう供述しました」
火酒の残りを飲み干しました。クラクラとしてきます。
ああ最低の変態を、ようやく人間の社会に属する者に告発できました。不思議と気分が良い。
しかしわたしとは反対に、タルトは激しい嫌悪のあまりか、酒すら忘れてさっきから固まっておりました。
「証拠はもう始末してしまいました。信じなくとも結構です。……ですが調べれば、何か断片が見つかるかもしれませんね。この情報を誰に渡そうと、わたしの知ったことではありません、好きに使われて下さい」
次期国王の醜聞もまた使いよう。タルトの指先がカツカツと机を叩き出す。
それが丸をいくつか描き、首をうなずかせました。
「そりゃちょいとリスクが高いね。そのカエル野郎を刺客としてアンタに放ったんだろ? だったらサラサールは、情報の出所を探ろうとするんじゃないかい? どっちにしろアンタ、ますますこっちで動きにくくなるよ」
「確かにそうかもしれませんね。完全な匿名として告発しないことには、あなたが刑死してしまう」
何せ次期国王、権力とは厄介なものです。
ここ300年、多種多様の王者を見てきましたが、その中でもサラサールは最低の部類です。
「それよりアンタ、本題はなんだい? これでもあたいは忙しいんだ、用件を言いな。まさかあたいとお喋りしに来ただなんて、言うんじゃないよ」
「それも来る楽しみの1つでしたがね」
「ははっ、ネコヒトに口説かれたのは初めてだね!」
光栄なことに嬉しそうに笑って下さいました。
わたしお爺ちゃんですから、見ようによっては30過ぎのタルトもかわいく見えるのです。
「物資の調達をお願いできませんか。子供たちを保護したのは良いのですが、肝心の道具が足りず、仕事の割り振りようがありません」
「ああ、道具かい……」
「鉄の手斧、鉄のクワ、大鍋、釣り針、糸、沢山の布と仕立て道具を手配いただけませんでしょうか。代価はそこのカバンの中身です。欲を言えば教科書や、仕立て屋本人が欲しいのですが」
「あいにく夜逃げしたがってる仕立て屋は知らないね。……今のところ」
タルトは断らない。それらの物資は妹同然のリセリを豊かにするものです。
わたしの注文を早速熱心に頭の中で計算してくれていました。
「そうかい、アンタあの子らに、ちゃんとした服を着せてやるつもりなんだね……よしっ、あたいに任せな! その運び屋、あたいが直々にやってやろうじゃないか! 噂の猫の里の視察ついでにねぇ!」
「その呼び方は困ります、わたし魔界では死んだことになっていますので」
「なら名前を教えなよ、何て村だい?」
「いえそれが、まだないのです」
ネコタンランドとかいう名称だけは絶対に回避したい。
その名は口に出さないでおくのが賢明でしょう。
「はぁっ?! 名前もわからない場所に、夜逃げしたがるバカがこの世にいると思うかい! あたいの視察が終わる前に、ちゃんと決めときな!」
「それもそうです、そうしましょう。人口もこれで37人になりました、そろそろ名前がないと困りますね……」
といってもこれといったものが思い付かない。
何せ環境が特殊過ぎます。ギガスラインとローゼンラインに囲まれた隠された境界の地となると、普通の名前ではしっくりとこない。
「そこはちゃんと頼むよ。さて、それじゃ明日の夕方までここで待てるかい? あたいと荷物持ちを、アンタの里までエスコートしてもらうからね?」
「ええもちろん。人任せですみませんが、どうかよろしくお願いいたします」
この行動力がタルトの才能でしょうか、彼女は立ち上がるなりわたしのリュックを探った。
それ相応に珍重されるものばかりを用意したので、商人に騙されないように価値を説明しなくては。
「おうさ引き受けたよっ! アンタはリセリを助けてくれたんだ、遠慮なんてするんじゃないよっ! これから嫌ってほど良くしてやるからねぇ!」
「……それでしたら1つだけわがままが。これはあわよくばで良いのですが、実はもう1つだけ、個人的に欲しい物がありまして……」
それは工芸品、けして安いものではない。
もし安く手に入るようならと念押ししてから、わたしはわがままの名前を言った。
「へぇ……リセリはさ、昔から歌が好きでね……いいじゃないか、いいと思うよあたいは! それに何だか、おとぎ話めいてるじゃないか!」
成長が義務づけられた村にも娯楽は必要だと、タルトはわたしのわがままでしかないものを肯定してくれた。
笑って下さい魔王様、わたし、300年ぶりに――
●◎(ΦωΦ)◎●
一方、その頃パティアは――
「ねこたんにおそいかかる、バニーたん! みためは、へんなおじさんだけどっ、すごいこうげきがー、ねこたんをおそぅぅー!」
バーニィとの出会いの際のあの決闘を、武勇伝として年少組の子供たちに語り明かしていたそうです。
「だがねこたんはまけなーいっ! パティアからー、なこたんのしょ……? をうけとると、しゅばばばばーっ! とやーっ、あんちぐらびてー! ぐわーっ! こうしてっ、ねこたんはっ、みえないはやさの、ねこたんになって、ぜぇぜぇ……バニーたんをやっつけ――じゃなくてー、こうさんさせたー!」
年少組のうち10名はわたしがあのとき寝かせましたので、消去法で観客は5名ということになります。
「やっぱエレクトラムさんかっこいい!」
「かわいくて強い猫がお父さんなんて、パティアいいなぁ!」
「うんうんっ、わたしも猫のお父さんが良かった!」
「へへへー、いいだろいいだろー、ふっかふかだぞー。とゆーことで、ねこたんぶゆうでん、1わ、おしまい~。じゃっ、2わめ、きくひとー!?」
少し気恥ずかしいのですが、それはもう大好評だったそうです。
その晩は年少組の部屋で一緒に寝てしまうほどに、パティアは蒼化病の子供たちと打ち解けていました。
「だい2わー! ねこたん、たい、とろろ!」
「とろろ……?」
「ねぇパティア、とろろって何?」
「わかった、芋だっ、エレクトラムさんっ、芋の怪物と戦うのかー!」
「いもじゃないぞー。みどりのなー、でっかい、とろろだぞー」
「緑のとろろ……」
「うーん……後でリックさんに聞いてみよ。珍しいモンスターなのかも、緑とろろ」
トロルとは全く似つかぬ不思議な言葉に、あのリックが困り果てたのは言うまでもない。