11-3 パティアの宝物
「おきろー」
しかし昼過ぎを待たずして、わたしは白く小さく手のひらに揺すり起こされていた。
わたしの眠りを妨げる、傲慢で身勝手な存在は誰です……寝ぼけまなこで確認すれば、それはうちの娘に他なりませんでした。
「んっんんーっ、ふぁぁぁぁぁ……何ですか、せっかく気持ちよく寝てたのに、困ったお子さまですね……」
「すまん、ねこたん……」
寝起きは全てをいい加減にさせる。
けれど回らない頭で言葉を反芻すると、あまりにそれが神妙なのでネコヒトは身を起こすことになった。
普段ならば添い寝、モフり手の1つでも入れてくるだろうにそれすら無かったのです。どうもこれは妙でした。
「ねこたん、パティアな、かんがえた……」
「あふ……一体何をです……。わたしの安眠を妨害するだけの価値のあるお話、でしょうね?」
「ある!」
「なら結構、話してみて下さい」
寝ぼけている場合ではないらしい。いつになくパティアは真剣でした。
この子はときどきわたしの予想の付かないことをするので、ネコヒトは少しだけ好奇心をいだき始める。
「これ……」
「これと言われても、どれですか」
昼前の日射しを背に、ブロンドを輝かしく透かせて、娘は己の胸に手をそえた。
少し考えたが意味がよくわからない。
オーバーオールを着込んだパティアは愛らしい。さぞやエドワードさんもこの子を大事に思っていたことだろう。
「このふく……パティアのたからものだ。ねこたんがかってくれた、おみやげだ……」
そこにきて眠気との共存を続ける頭が、ようやく働き出した。
今朝、西側のバルコニーにわたしたちを呼びに来たのはパティアです。
きっとそのときに、話を聞いてしまったのでしょう。
「でもなー……パティアには、おとーたんのくれたふくがある。2つももってる……」
あのときジョグは言いました。
親から貰った服に穴を開けてしまって、落ち込んでいた子がいたと。
「だからこのふく……パティアと、おなじくらいのおんなのこに、あげたい……」
「なるほどそういうことですか」
敬意を込めて眠気と別れ、静かにベッドから床に下りました。
お人好しのクークルスといい、人間とはどうしてこうなのでしょう。子供を殺戮する悪党もいれば、とんでもない善人もいる。
「だいじだけど、みんな、ふく、ボロボロで、かわいそう……。だから、ねこたんにもらったこれ、あげてもいい……?」
わたしの許しを求めて気弱に、反論に怯えるように娘は小さな声でそう言った。
ふと気づけばわたしは無意識にパティアを抱きしめていた。
ネコヒトの毛皮でやさしくやわらかく包み込む。この時ばかりは、ふかふかの毛皮を持つ生まれが誇らしくなった。
「エドワードさんが今のあなたを見たら大喜びするでしょう。それは立派な考え方です。そうしましょう、いつになるかは約束できませんが、もっとかわいらしい物を買ってきてあげますから……今はそうしてあげて下さい。偉いですよ、パティア」
パティアの頭を撫でてやさしく誉めたたえる。
平和ぼけのお人好しの考え方ですが、復讐鬼とは対極のあり方です。歓迎したい。
「にへ、にへへへ、えへへへへ……そうだろー、ねこたんならー、わかってくれるってー、しんじてたぞー。もっとかわいいやつかぁー、いまからあたらしいふく、たのしみだ!」
「フフ……不覚にも自分でハードルを上げてしまいました。まあお任せを、生活が落ち着いた頃には、必ず今以上のものを手配してみせましょう」
娘はわたしのサラサラふかふかの毛並みに擦り付いたまま、いつまでも離れなかった。
それだけ偉い決断をしたのですから、わたしもご褒美にやさしくしました。
「ねこたん……ふかふか……。あきない……てざわり」
幸せそうに、それはもう犬猫のように身をよじる。
スリスリと最高の毛布に顔を埋め、わたしの背筋を撫で回した。
ついついゴロゴロと喉が鳴りかけて、必死にそれを抑えるはめになりましたよ。
「あのな、こども、いっぱいふえたけど……。ねこたんのいちばんは、パティアだからなー……?」
「はい、あなたが意外と嫉妬深いのは承知しています。そう思って下さってかまいません」
「へへ……あっ、しろぴよ!!」
ところがそこに白い小鳥が飛んできました。
するとパティアがわたしから離れて小鳥の方に駆け寄ってゆく。
「おやその鳥は……」
「あさなー、リセリとみずうみ、いったとき、ともだちになったんだー、せいしきに。あらたまましてねこたん、ぼくは、しろぴよだぴよー、っていってるよー」
白い小鳥しろぴよさんは、パティアの頭がよっぽど気に入ったのかそこに陣取って、彼女がポケットから取り出したブラッディベリーをついばむ。
朝食のときに言っていたあげたい子とは、まさかの鳥類でした。
「ピヨッピヨッ、ピョロロロロッ」
シロピヨは1つ食べるたびに嬉しそうに羽ばたきさえずって、もっとくれと歌いだした。
「ん、どった、ねこたん?」
「いえ、別に何も……」
野鳥と人間は、こうも簡単に仲良くなれるものなのでしょうか。もちろんそんなわけがありません。
そこも含めて規格外と申しますか、すみません、わたしはまたパティアに驚かされてしまっていました。
「はっ、しろぴよは、たべちゃだめだぞー?! ねこたん、ねこだし……ねんのため、いっておくからなー!?」
「ピッ、ピピッ……ピヨ……」
ああ……どうしてどいつもこいつも、わたしを猫扱いするんでしょう……。
直立歩行する猫なんていないでしょうに……まったく、腹立たしい。
「まあ畑に害を及ばさない限り、手を出す予定は今のところありませんが。あとわたしは猫ではありません、ネコヒトです。よろしく、シロピヨさん」
「ピヨッピヨッ!」
白い小鳥はわたしに何かを言った後、パティアが差し出した手のひらに飛び移った。
そしてその中でどうやら……。
「あ、しろぴよちゃん、うんちしったー。へへへ、パティアはラッキーだなー」
「そうでしょうか」
ただ糞尿を獣にかけられただけなのでは……。
「そうだともー! パティアがおようふく、あげるってきめたからー、しろぴよちゃんがほめてくれてるんだぞー。うれしいなぁぁ……」
「そうでしょうか?」
さっきわたしが誉めたときよりずっと喜んでいる気がして、ささやかな嫉妬心を覚えなくもない。
それによく見たらこの小鳥、鳥のくせに丸々と太って見えるような……。
「そうだともー! じゃ、おきがえする」
「ここでですか……」
「うん、ここでだ」
無垢なる娘はわたしの目の前で、トリの糞で汚れた右手をそのままに、またたく間に素っ裸になられるのでした。
「ピヨッ」
「ほらー、ほめてるー」
「いいから早く服を着なさい、男の子に見られてしまいますよ」
「おお、それはいけねぇ……。ねこたんとの、かんけーを、ごかい、されてしまう……」
「何を言っているのです……」
シロピヨさんはパティアの頭とベリーがよっぽど気に入ったのかその後、服を着たお子様と一緒に部屋を飛び出していった。
見ておられますか魔王様……わたし、つくづく枠に収まらない妙な子供を拾ってしまったらしいです。




