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11-1 ネコヒト買い出し紀行 3rdシーズン


前章のあらすじ


 予定を繰り上げて蒼化病の子供たちを迎えに行くことになった。

 留守番は無し、フルメンバーで大地の傷痕を発つ。

 行きは大きな事件もなく和気あいあいと進み、危険な森を抜けて無事に蒼化病の里に着く。

 里の子供たちはネコヒト一行を大歓迎した。誰もが新天地を夢見て、大地の傷痕への移住を望んだ。


 しかしその晩遅く、蒼化病の里に再び殺戮者たちが現れる。

 彼らはタイミングが悪かった。ネコヒトとホーリックス、バーニィの逆鱗に触れ、哀れ返り討ちに遭う。

 依頼人はパナギウム王国の宰相。子供殺しを請け負った悪党に情け容赦が与えられることはなかった。


 翌朝、大地の傷痕を目指して彼らは出発する。30名の子供たちを護送しながら、危険な境界の地の森を抜けていった。

 パティアの思わぬ成長という予定外も加わり、被害を出すこともなく脅威を排除してゆく。


 ところが死体に住み着くスライム、ヤドリギウーズの群れに遭遇してしまった。

 おまけにネコヒト・ベレトが威力偵察に向かった先で、パナギウムの討伐隊と遭遇する。お尋ね者バーニィ、さらわれた花嫁クークルス、蒼化病の子供たちを彼らに見せるわけにはいかない。


 そこでベレトはお人好しの騎士キシリールを利用して、最終的にヤドリギウーズの群れを討伐隊に押し付けた。


 やがて一行は大地の傷痕に到着した。

 憧れの新天地の美しい姿に、苦境にあった子供たちは誰もが感動して、その地で新たにがんばってゆくことを誓う。

 こうして猫の隠れ里に30人の子供たちとワイルドオークのジョグが加わった。

 準備不足により何もかもが足りていなかったが、誰もが希望を胸に抱いていた。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



―――――――――――――――――

 消失者たちからの招待状

  夜逃げ屋エレクトラムの初仕事

―――――――――――――――――


11-1 ネコヒト買い出し紀行 3rdシーズン


 わたしにとって何でもない朝も、里の子供たちにとっては門出の先の朝に他ならない。

 あの子たちは一体どんな気持ちで、今日この石造りの天井を見上げたのか。


 ところどころひび割れたその天井が己の老齢を主張し、それでも頼もしくわたしたちを包み守ってくれている。

 もし仮にこの城と出会わなければ、わたしたちは大急ぎで30人分の家を建てるという、とんだ一大事業に追われていたに違いない。


 はて……ところでなのですが、目覚めるとパティアどころか皆の姿がありません。どうやらわたしは少しだけ寝坊をしていたようでした。

 それと東のバルコニーの方が騒がしい。


 まあなにせ37人の大所帯、朝食1つにしたってこれまで通りにはとてもいきません。

 きっとこれからどんどん城が賑やかになってゆくのでしょう。


「起きたべか。寝起きで申し訳ねぇけどよ、ちょっと……あっちまでいいべか? 話したいことがあるんだよぉ」

「ええ、おはようございますジョグ。あなたには少し、人間の城は狭いようですね」


 ワイルドオークのジョグが入り口の扉を狭苦しそうに開きくぐって、わたしの寝床にやってきた。

 まどろみとはお別れして、彼の背中を追って薄暗い城内を西に進む。

 目的地は反対側のバルコニーのようです。わざわざそちらで話したいと言うからには、何かあるに違いない。


「呼んできたべ」

「おお、ありがとよジョグ。そっちもこんな朝っぱらにいきなりすまねぇな」


 答えはそこで待っていたヒゲ面の不良オヤジが握っていました。

 ならば簡単です、この次にバーニィが何を言うか当ててみせましょう。きっと彼はこう言う。


 買い出しを頼めねぇか? などと。


「さっきジョグと話したんだがお前さん頼みがある。ドンパチやったすぐ後で悪ぃんだが、そのな……買い出しをまた頼めねぇかな? やっぱ物資の方がな、まるで足りてねぇんだわ……」

「気持ちは嬉しいけどよぉ、あの子らぁ、元々酷い生活してきたべ……ちょっとくらいの不便は、気にもしねぇと思うべよ……」


 予想通りの回答にわたしというネコヒトはほくそ笑む。

 実は昨日寝る前に、わたしもバーニィと同じことを考えていました。

 

「食料は今の備蓄があるのでしばらくもつでしょう。寝床も城がありますから、床に毛皮をしけば生活できる。家具類はあなた(・・・)のがんばり次第ですね」


 そこで理解しているから回りくどいことは止めろと、最後の部分以外は早口でまくし立ててやりました。


「おい、そうやってプレッシャーかけんの止めろよな……」

「事実です。嬉しいでしょう、皆に必要とされているんですから。あなたのがんばりがそのまま評価されますよ」

「広場をバリケードで塞ぐんだろぉ、おいらとしちゃぁ……、家具なんかより、そっちを優先して欲しいよぉ」


 するとバーニィがジョグの発言に調子を取り戻した。

 そのイノシシ魔族の言葉は、バーニィにとって都合が良かったのです。


「手斧が2つあったらその問題は解決しますね。力持ちのリックに持たせれば、立派に木こりもやってくれるでしょう」


 ですので彼が言いそうなセリフを、先に口にしてやりました。

 意地悪としては失敗です。

 見透かすわたしに驚くのも一瞬で、彼は察しが良いなとかえって機嫌を良くしてしまいました。


「そうっ、そういうことよ! 今この里には道具だ、道具が足りねぇ! いや他のもんも全然足りねぇ、そうなりゃやることは決まってるなっ、ネコヒトよっ」

「はい、恩知らずのウサギさんは、わたしに危険なギガスラインを越えてレゥムの街に行けとおっしゃる。……そこで自給自足不可能な、必要物資を買い出して来いと」


 道具、それはあるのが当たり前で価値を忘れられがちですが、文明と生活を支える英知の1つです。


 道具がなければ何もかもが始まらないのです。

 先人が生み出した道具がわたしたちを支えているとも言えます。


「いやよく考えたらちょっと待つべ! つーことは、まさか、ギガスライン要塞を越える気だべかっ?! ど、どうやってだべさ?!」


 これが魔族の正常な感性です。

 翼を持つ鳥系魔族ですら、好き好んでギガスラインを越えようだなんて考えません。


 要塞の兵士たちは飛行タイプとモンスターを主に警戒しておりますので、空から行ったら蜂の巣にされます。


「おう良い質問だなイケメンのジョグ。それがよ、例のアンチグラビティを使って、夜中のうちにはい上がるんだそうだぜ。猫の木登りならぬ、城登りさ! 猫もおだてりゃ娘のために城登る、ってわけよ」

「まあその時々で手口は変えますが、その辺りは昔から慣れております。……それはそうとバーニィ、わたしを猫扱いすると、きっと後で酷く後悔しますよ?」


 わたしはネコヒト、猫などではありません。

 住民も増えましたしそこは徹底していただかないと、ただの大きな猫エレクトラム・ベルにされてしまう。


「あのよぉ……ならぁ、何でそんな、凄げぇネコヒトが魔軍を追放されたんだべ……」

「そうだよなぁ、武芸だけとっても達人並みだ、そんな人材を普通手放すかよ? 例の教官役でもやらせとけば良かったじゃねぇか」

「さあ存じませんね。当時はナコトの書も持っておりませんでしたし。それより何が必要なのですか?」


 わたしが追放された理由、それにどうしても思い当たる部分がない。

 あるいは高齢ゆえに知っている機密が多すぎて、どれが原因なのかわからないとも言えてしまいますがね。


「手斧とクワだ、道具がなきゃ何も始まらねぇ。木製のクワはもう5本準備してあるんだがな、ありゃ使うにしたって大変だ。軽い分はいいんだが、開墾はあまりはかどらん」

「道具だべか、そこは確かに切実だべな。子供らはがんばるつもりだけどよぉ、手ぶらじゃやれること限られるべ」


「おうそういうことだ。だから仕事道具をネコヒトが買いに行くのが、一番効率的なんだよ」

「効率。あまり魔界では縁のない言葉ですね」

「んだべ。ワイルドオークの里じゃ聞いたことねぇべ」


 その体格があればだいたいのことで力業が通じる。分厚い毛皮が寒さから守ってくれる。

 それゆえにオークやデーモン種は工夫を知らない。


 あの恩知らずのミゴーには、新兵だった頃にその点を徹底的に突いてやったくらいです。

 わたしたち魔族に弱点があるとすれば、その優れた肉体ゆえの怠慢です。


「あー、それと釣り針、これも頼むぜ」

「そこは喜んで。大物を期待していますよ、釣名人のバーニィ・ゴライアス様」


「へっへっへっ、ネコヒトに尻尾振ってもらえるたぁ光栄だぜ。……後は種と、服だな。特に女の子はボロボロの服のままじゃかわいそうだろ。痩せたわき腹とか見えてるガキいるしなぁ、ありゃ太らせねぇとなっ」


 現状、彼らは衣食住の衣に恵まれていません。

 蒼病の里での在住年数がそのまま衣服に現れていました。

 あっちの隔離病棟では洗濯すら難しかったようで、黒い泥汚れも顕著ときます。


「ってことでよ、布と仕立て道具を頼む。タルトの野郎には仕立て屋(・・・・)を注文しといてくれ」

「ええ、騎士様のお言葉のままに」


 そうなると一往復では難しそうです、最低で3往復は覚悟しましょう。

 手持ちのガルドを全て差し出しても支払いが足りるかどうか、それすらもわからない。

 ですがこの土地では皆が一文無しみたいなもの、全額使い込んだって何も問題ありません。


「うっ……ぅ、ぅぅ……な、なんかぁ、なんかおいらぁ、急に泣けてきたべ……」

「それはまた急ですね」


 ジョグの毛深い腕が顔を覆っていた。

 それが目元を擦り、止まらない涙を何度も何度も拭っている。


「だってよぉ、バーニィもエレクトラムもやさしいべ! 親から貰った服に穴あけちまったって、落ち込んでた子いたべ! それはぜひお願いしてぇ、どうか頼むべ!」


 どう考えたって、やさしいのはあなたの方だと思いますがね。

 こんなに気性のおとなしいオークは、もはや突然変異の域ですよ。

 ところでそこに新顔です、ここ西側のバルコニーに元気な足音がかけてきた。


「おーいっ、ねこたーん、あさごはんできたぞー。……はっ?! おとこどうしで、あつまって、あやしいことー、してたかー……? えっと、なんだっけ、あれだ。ぼ、ぼー……あっ、ぼーずとーく!」


 うちの娘です。朝日の射さない薄暗い陰で、男3人が密談していたのだから、パティアなりに怪しいと思ったのでしょうか。

 ぼーずとーく、という謎の間違え言葉については深く考えないでおきました。


「あ……? あー、そりゃ、アレか? もしかして、ボーイズトーク、って言いたかったのかパティ公?」

「あっうんっ、それー! おとこどうしのー、あやしいおはなし、ぼいーずとーく! へへへー、パティアおねえちゃんだからー、くわしいんだー」


 どう返答したものやら困ってしまった。

 ネコヒトはパティア近付いてポンポンと残念な頭を軽く叩く。


「さ、ご飯にしましょう。おっさんとお爺ちゃんとイノシシ男を、ボーイと呼ぶにはさすがに違和感がありますがね」

「いや、それがあのよ、ご、誤解されてるみてぇだから、言うべ……。お、おいらはまだ10代だべ!」


 するとバーニィが間抜け顔で驚いた。

 パティアの方は10代という言葉の意味を理解していないらしく、にへらぁ~とイノシシ男の抗議をただ面白がっている。


「へ……う、嘘だろ……。ジョグ、ならお前さん、今いくつだよっ?!」

「お、おぅ、おらぁ……いま、18だべ……」


「嘘吐くんじゃねぇよ!? サバ読みして女口説くおっさんじゃねぇんだから正直に言えよっ!?」

「う、嘘じゃねぇべよ! おいら18だよぉ?! バーニィみたいなエッチなやつじゃねぇから、そ、そういうのわかんねぇだよぉ……」


 嘘ではありません。ただちょっと面白いので様子をうかがってしまいました。

 パティアも理解したようで、けれど18歳だからなんだとわたしの毛並みにくっついて一緒に彼らを眺めている。


「オーク種は成長が早いのですよ。10歳までに身体が完全にできあがって成人し、20を迎える前に半数以上が戦死します。言うなれば彼らは、戦うために生まれてくるような種です」

「ま、マジか……てっきり俺、同い年くらいの感覚でいたわ……。まあいいわ、見た目がおっさんっぽいなら仲間だ」


 ちょっと言っている意味がわかりません。どういう物差しですかそれ……。

 まあ年功序列なんて魔族にはありませんし、これまで通りの付き合い方でいいと思いますよ。


 ついでに言うなれば魔族は一人一人が消耗品、長生きを悪徳とする危険な価値観を持つ者すらいるとくる。


「か、勝手におっさん枠に入れないでくれよぉ?!」

「うるせぇっ、お前なんかおっさんだ! 美人のリセリにあんだけ好かれやがってっ、ああ羨ましいっ!」


「こ、後半全然関係ねぇべよっ?! バーニィは年上なのにおとなげねぇべ!」

「ええまあ、そういう男ですので」

「ジョグさんきづいたかー、バニーたんはなー、いいところもいっぱい、あるけどなー。わるいこなんだぞー」


 ではまとめましょう。やはりジョグ(18)はリセリとお似合いのイケメンとしか言いようがありませんでした。

 なにせ他人の子供のために泣けるくらいの変人魔族です。ワイルドオークの世界でもさぞや苦労したことでしょう。


「えへへー、ごはん、たべにいこー、ねこたん♪ あのなー、パティアのなかではー、ねこたんも、いけめんだぞー」

「それは光栄ですね」


 元気なパティアに手を引かれ、わたしは肉球をしきりにプニプニ突かれながら、朝食の待つ東のバルコニーに歩き出した。


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