10-9 ネバーランドを終わらせてネコタンランドへ
どうやら危険のピークはそこまででした。
強硬突破をはかった仲間の元に合流すると、そこから先は一変して気が抜けるほど平和な旅路となりました。
といってもそれは大人に限った話です。
元のルートに戻るまで倒木や傾斜で乗り越えなければなりませんでしたし、子供のふとももまで沈む小川もありました。
そのときにヒルに噛まれた子もいたようです。
それでも蒼肌の子供たちは互いに励まし合って、本当にあるかもわからない理想郷を夢見ていました。
パティアとリセリがそれを自慢げに言葉で証明し、それがこの長い旅路を脚を早めていたのです。
「ネコタンランドがまってるぞー! みんながくるの、バニーたんも、うしおねーたんもっ、クーもねこたんもまってたんだぞー!」
「あとちょっとだよ、もう少しがんばってねみんなっ」
「疲れたやつは手上げるべ、ちょっとの間おいらが乗っけてやるべさよ」
さっき疲れたと言っていたのに、心根のやさしいオークもいたものです。
●◎(ΦωΦ)◎●
こうしてわたしたちはついにたどり着いた。
ピギィノーズあらためオークフラワーの群生地を越えていくらか歩いた先にある、見えぬ者には認識できない隠された土地、大地の傷痕に。
はい、遅くなりましたがネコタンランドという名称は却下です。
「パティアっ、何だよここ! こ、こんなすっげーーところにお前住んでるのかよーっ?!」
「へっへっへっへー、パティアのまほうだぞー。パティアとねこたんのー、がったいまほーで、ここぜーーーーーんぶっ、かくしてるんだよー!」
猫の陶器型の通行手形を持つわたしたちと、持たない子供たちが手を繋ぐと、それが彼らにも見えるようになった。
色彩を失った森の奥に、城と湖がかすかにそれとなく浮かんでいます。
「よくわかんないけど凄い。わたしよりちっちゃいのに、パティアって魔法の天才だね!」
「え……そ、そうなのかー?! ねぇねぇねこたんっ、パティアてんさいか?! ジアに、ほめられたよー!」
「ええまあ、筋は悪くありません。わたしの弟子の中ではなかなかのものかと」
わかっていたことでした。実際うちの娘は天才です。
才能を認められるのが早すぎると、その才能が腐ったり歪んだり重圧に変わるものですが、こうなっては仕方ありません。
「エレクトラムさんは辛口だな~! 俺はすっげーーと思うぜ、勇者じゃなくてあれだ、あれ、えーっと……パティアは俺たちの救世主だ!」
「カールッ、女の子に救世主はないでしょっ!」
ざわつく子供たちと一緒に手を結んだまま、一列になって結界の内部に戻りました。
大丈夫でしょうかうちの娘……元々の調子の乗りやすさもありますし、わたしは逆に今の評価が心配です……。
「きゅうせいしゅ……パティアむつかしいことばはー、わかんないや!」
……それと忘れておりました。才能があろうとも一般教養の方は残念だという悲しい事実に。
この辺りをチクチクつついて増長しないよう、バランスを取ることにいたしましょう。
「どうぞこちらへ。木々の向こうにあるあのお城が、皆さんの新しい家です。今日からお城暮らしということですね」
結界を抜けると世界の色合いが切り替わった。大地の傷痕がフルカラーに、後方の外の世界が白黒に。
天変地異レベルのその作用は、結界の力を姿で証明してくれているかのようです。
「ひぇぇぇ、死ぬかとおもったべ……おいらぁ、くたくただぁ……」
「ああ、俺もバレてとっつかまるかと思ったよ……。リセリが感知してくれなかったら、討伐隊と鉢合わせになって追いかけっこになってたな……」
繰り返しますが、それに限れば自業自得ですよバーニィ。
「リセリおねえちゃえらいっ、バニーたん、いっぱいかんしゃしとけー? バニーたん、おん、すぐわすれるけどなー」
「感謝してるってっ、ジョグの前じゃなかったら熱いチューをしてやりたいくらいさ!」
耳を疑いました。何を言ってるんでしょうこの男……。
かわいそうにリセリは真に受けて、ワイルドオークの大きな胸に飛び込んでおりました。
ああ、わざとですか、それ……。
「へへ、ジョグよ、嫉妬したか?」
「き、聞かれても困るべよっ!? リセリぃ、この男冗談で言ってるべよぉー?」
「すまん、バニーたんなー、おんしらずでー、いじわるでー、おとなげないんだー」
急ぐ必要もありません。最低限の警戒をしながらわたしたちは盆地を下ってゆく。
わいわいとあっちこっちで無駄話を行き交わせながら、やがて城門前広場に到着しました。
●◎(ΦωΦ)◎●
「長旅お疲れさまでした。一応場を締めるために申しますが、無事到着しましたよ」
長くて危険なピクニックが終わりました。
時刻はもう夕刻になっている。赤い日差しに包まれた世界に畑が青々とたたずみ、風にそよぐ。
その後ろで古城が頼ましくも沈黙して、新しい住民の到着を喜んでおりました。
「綺麗な場所……」
「あの木、光ってるよね……?」
青白く光る楓の巨木が子供らの目を引き付けて、疲れているだろうに彼らを立ち尽くさせた。
彼らの暮らす森と、こちら側の森とでは環境から空気の匂いまでまるで異なります。
ここは安全で、あちら側は常に死と隣り合わせで、食べ物にも困る世界でした。
「ほら見ろガキども、あの水路は半分くらい俺が掘った! あっちの畑も……まあ4分の1くらい俺だぞ!」
「ふふふ……今日からここが皆さんの新しい家です。みんなで協力して、もっともっと住みよい場所に、変えていきましょうね~」
それにここは広い。暗く狭い蒼化病の里とは比べものにならない。
こうなった以上はバリケードの拡張は急務でした。
「にく、いっぱいあるぞー! ねこたんがなー、みんなのために、よういしてくれたんだぞー! はぁ……おなかすいたー。そうだ、ごはんにしよう!」
「それは湖で旅の汚れを流してからだな……。む、どうしたお前たち……なぜ急に泣く、何が悲しいのだ」
ある者はいつまでも笑顔を浮かべて世界を見つめていた。
またある者は涙を浮かべて、袖でそれを拭っていた。奇跡の土地はあったのだと。
「カール、あたし死なないで済むのかも……チビのあんたも」
「ああ……。すげぇよパティア! 天国だよここっ! ってチビは余計だってデカ女! それにしてもあの結界っ、あれがあればもう誰も俺たちを殺しにこれない! 俺たちここでがんばるよっ、ここをみんなで、理想郷にしよう!」
「あたしたち、大人になれるなんて、思ってなかった……。ここすごいよパティア、ありがとうエレクトラムさん!」
大人になれるなんて思っていなかった、ですか。痛々しいような喜ばしいような複雑な感情を抱かざるを得ません。
将来の労働力として、しばらく大変でしょうが手厚く保護しなくてはなりませんね。
「ふぇ……り、りそうきょ? ぅー……カールのくせに、む、むつかしいこといわないでー! ……へへへ、うんっ、でもかんしゃは、しとけー♪ ぜんぜんよく、わかんないけどなー!」
やはり近接戦闘能力より、学力の方を優先して育てるべきでしょうか……。
8歳なりにがんばってはいますけど、魔法力と比較するとかなりアンバランスというか、悩ましいです。
「将来、俺がここの騎士になるってことだよ! そう決めたんだ!」
カール少年の若さがまぶしい。自ら率先して己の役割を見つけてゆくその姿が、ごっこ遊びに見える反面、尊いものにわたしには見えました。
わたしは世を諦めて隠居したジジィです。ですけどそのジジィなりに、この子たちが大人になってゆくのをこれから見守ろうと思います。
別作品に誤投稿していました……。
ご指摘ありがとうございます。うっかりの常習犯ですのでもしお気づきでしたらまたご連絡下さい。




