10-4 パティアと棄てられた蒼肌の子供たち
パティアが意外にも旅慣れていたのもあって、里への到着は夕刻前という早いタイミングになりました。休憩含めてざっと6時間少々の旅でした。
といっても今到着したのはわたしだけで、後続の皆さんはまだ後ろです。気の早い話だったかもしれません。
「エレクトラムさんだー!」
「いらっしゃいっ、ずっと待ってたよ!」
「ねえねえそれよりリセリお姉ちゃんはー?!」
不思議なことにわたしは大きな安堵をいただいた。
きっと彼らに肩入れしすぎるパティアのせいです。子供たちが無事で良かったと、わたしの柄にもない感想をいだいていました。
その大事な子供たちが次々に現れて、ネコヒトであるわたしを取り囲んでいきます。
「リセリは元気ですよ。実は今日はみんなで来たんです。わたしが番をしますから、あの門を開けておいてくれますか?」
蒼い肌の子供たちに囲まれながら、私は開いた門の前に座り込んで後続の到着を待ちました。
●◎(ΦωΦ)◎●
あまり待つこともなく後続が到着しました。
それにしても驚きました。
「は……はじめましてっ、ぱ、パティアは、パティア・エレクトラムです!! よろしくおねがい、しますーっ!」
うちの娘が珍しくも家名を間違えずに名乗れていたのですから。
さていきなり現れた元気いっぱいの女の子に、里の子らはリセリと同じ反応を見せました。
彼らは今も肌の色が原因で、残酷な迫害を受けている子供たちです。
「今度は間違えなかったね、パティアちゃん。みんなただいま、待たせてごめんね。迎えに来たよ!」
「パティアだぞー、きたぞぉぉー!」
そこに普通の肌の色をした女の子が現れたのです。当然ながら嫌われるのではないかと最初は怯えの顔色を見せました。
けれどもリセリとパティアが仲良く手を結び、一緒に笑い合う姿を見て理解してくれました。
パティアが細かいことを気にしない、豪快な良い子であることを。
「ええっと、驚くかもしれないから順番に紹介するね。まずはバーニィ・ゴライアスさん、おもしろくてやさしいおじさんだよ。あとこの前の綺麗なシスターさんもまた来てくれたんだよ!」
仕方ありません。ここは大人が子供を殺しにくる悪夢の里なのです。
紹介に段取りを踏むのは不信感を解消する上で必要なことでした。
「よっ、ガキども。って、ワイルドオークだぁぁっ?!」
「あらごぶさたしております、ジョグさん♪」
そういえばワイルドオークだとは一言も言っておかなかったかもしれません。
オーク野郎がごく当たり前に子供を両肩に乗せて、大人の居ない里に溶け込んでいました。
「お、おらぁ悪ぃオークじゃねぇよぉ……?」
「ただいまジョグさん! 私っ帰ってきたよっ、ああっまた逢えて良かった……、このまま会えなかったらと思うと、私っ私っ、ジョグさん!」
リセリがその大きな胸に飛び込んでゆく。
クークルスほどではありませんが、この子はこの子でなかなか大胆ですね……。
「ま、まさかお前、イケメンの、ジョグか……?」
「お、おぅ……そういうことになってるらしいべ……」
美少女とオーク野郎のカップリングにバーニィが震える指先を向けております。
気持ちはわかりますよ、色々と外の世界の常識では不都合がありますから。
ところがその時、うちの娘がジョグとリセリの前にかけていきました。
一応言い聞かせておいてあります、だから問題ないはずです。それでもうかつなことを言わないだろうかと、不安は拭えませんでした。
「じょぐさん、きば、かっこいいなー! リセリがほれるの、わかるー! けはー……うん、ねこたんにはおとるなっ、ごわごわだー」
「何を張り合っているんですか……。それよりリックが向こうで困っていますよ」
何かが足りないかと思ったらリックです。
牛の角を持った魔族の女です、見てくれのインパクトから最後に紹介することにしたまま、どうも忘れられていたようでした。
「ああ、そろそろそっちに行ってもかまわないか……?」
「あ、そうでしたっ。えっと、リックさんはジョグさんと同じ魔族ですけど、すごくやさしくて料理の上手な素敵なお姉さんです! どうぞ、待たせてごめんなさいっ」
大柄で角のある褐色の女が、ヌッ……と現れました。
言わずもがな、わたしの良くできた方の弟子ホーリックスです。
「ひっひぇぇっっ?!! せ、せせせ、正統派のホーリックスさんでねぇべかっっ?!! しょぇぇぇぇーっっ!!」
子供たちよりジョグがぶったまげておりました。
肩の子供と胸のリセリを抱えたまま7,8歩も後退して距離を取ったようです。
弟子自慢となりますがその程度の間合い、リックが本気を出せば無いも同然でした。
「おやわたしの生徒はここまで名声を高めていたのですね。これは鼻が高い」
「教官、わざと言っているだろう……。驚かないでくれジョグ、さん。今の私は教官と同じく、魔界を追放された……その、今となってはなんだろうな。ただの、そう、ただの力持ちな料理人だ、そういうことにしておいてくれ……」
ジョグさんは子供たちに笑われてしまいました。
魔界ではそれが正常な感性なのでしょうけど、この里の守護者なら見栄を張って欲しいところです。
彼のゴワゴワな胸の中からリセリが首を上げて、ジョグの顔を光を映さぬ瞳で見上げました。
「ジョグさん、リックさんってそんなに有名なんですか?」
「おぅ、それがたった一騎で、人間の騎士団壊滅させたって聞いたよぉ……。あとぉ、素手でギガスラインの門を開いたとか……」
それは凄い。ですが後者はいくらなんでも不可能でしょう。
それができたら北部ギガスラインなんてもう落ちてます。
「話に尾ヒレが付くとこうなるのだな……。普通に考えてくれ、ギガスラインの巨門を、オレ1人でどうにかできるわけがないだろう……」
「フフ……尾ヒレが付くくらいの門破りをやってのけたのは、きっと事実でしょうけどね」
「教官っ、オレは、あまり子供に怖がられたくない……」
「大丈夫ですよ。ここの子らはジョグに慣れておりますから」
ということです。どちらかというとむしろ、とても強そうな女戦士の登場に、皆が憧れに近いものを向けているように見えました。
「とにかく中へどうぞ。お疲れでしょうし、今日はゆっくり休んでいって下さい。何もないところですが……謙虚ではなくて本当に何もないんですけどね」
「ところでよぉ、リセリ……。い、いつまでくっついてるんべか……?」
リセリが聞こえないふりをして、ジョグの固い毛並みに顔を寄せたのは、きっと寂しさと安心からでしょう。
大好きなイケメンのジョグから、蒼肌の乙女はいつまでも離れようとはしませんでした。




