1-4 人類最強の娘と始める崖っぷちスローライフ
翌朝、わたしは長い眠りから目覚めました。
昨日無理して狩りにいそしんだわりに、どうやら骨の調子が良い。
痛みも動かすときにわずかばかりが走るだけで、これならば数日中に完治してくれることでしょう。ゴロゴロ……それはそうと。
「ねこ、たん……?」
「おはようございます。昨晩はすみません、うっかり寝過ごして、あなたを独りにしていまいました」
パティアがわたしの胸元に潜り込んで眠っていた。
その小さな目がさきほどパチリと開いて、寝ぼけまなこでわたしを見上げている。
「へいき。……おはよ、ねこたん! ねこたんはー、ほんとにな、よくねるなー!」
「はい、わたしそういう生き物ですので」
まどろむという最高の贅沢を少女はいともたやすく投げ捨てた。
ベッド代わりの書斎机から立ち上がって元気にピョンと飛び降りる。
何という暴挙、何という若さ、わたしだったらここから2時間ばかしの二度寝に入るのもやぶさかではありません。
「あははー、ねこたんは、ねこだもんなー! だいじょうぶだぞ、ねこはねるのがしごとだ!」
「違います。ネコでなく、わたしはネコヒト、アレとは似て比なる別の生き物ですので。どうかそこをご理解――いただけないんでしょうね」
こうなればわたしも起きなければならない。
上半身をもたげて書斎机の端に腰掛けると、尻尾を振りながらまだまだ寝ぼけている頭を整理していった。
「うん、わかんない! むつかしいことはー、パティア、ぜんぜんわかんないからなー!」
「もう少し大人になればきっとわかりますよ。わたしが、ただのネコではないということが」
「おお、それはわかるぞ。ねこたん、ただものじゃないからなー! ねこなのにつよい、かっこいいぞ! それにふかふかだ!」
「それは光栄です。自慢の毛並みですので」
舌で軽く毛繕いをしました。はたから見ればこれもネコに見えますがいいえ違います。
例えばわたしたちネコヒトの舌はネコ科どもとは異なり、あまりザラザラトゲトゲとはしておりません。
「にへへ~~♪」
文化的な生活にあの舌は別にいらないのです。
だというのにパティアは嬉しそうにわたしのお手入れ姿を、ニコニコと夢中で眺めておられる。
しかしそこでわたしは気づきました。ふかふかの胸の毛並みが、どういうわけか湿っているということに。
「んー、どうしたー、ねこたん? へんなかおだぞ」
「いえなんでもありません。ただパティアの姿を眺めていただけです」
目覚めたときに、ちょうどパティアの顔があったのもその辺り……。
まだ8歳の子供を夜中に放置してしまったことに、わたしはさすがに罪悪感を覚えた。
寂しかったのでしょうか……そんなの当たり前です。
「パティアもなー、ねこたんみるのすきだ。ふかふかでー、ふわふわでー、かわいい! ねこたんしゅき!」
「フフ……べらぼうに好かれてしまったものですね。かわいいというのは、納得いきませんが」
最初から人間とわたしとではライフスタイルが合わない。
というよりこの300年間、他の誰かと生活が折り合ったためしがありません。
実はわたし、同族の中でも少しだけ異質な存在だったりします。
いいえカッコ付けずに言えば、ネコヒト1のお寝坊さん、それがわたしベレトートルートです。
「ところでパティアさん、お願いがあるのですが」
「おお、なんでもいえ! なにすればいいかー? がんばるぞー!?」
さっき起きたばかりだというのに元気な子ですこと。
少女はお得意のがに股になって、わたしにはよくわからない気合いを入れる仕草をとった。
「助かります。実はこの調子ですと、また昼過ぎには眠くなってしまいますので、そのときはあなたにスリープをかけさせて下さい」
「いいよ! いっしょに、おひるねだな!」
「いえそういう意図ではなかったのですが……まあ、形だけとらえるとそうなりますね。おや……」
言葉の途中だというのに、わたしの腹がグゥとか騒いで話を台無しにしてくれちゃいました。
何がおかしいのか、パティアが明るい笑顔を浮かべてわたしのお腹を見て、こちらを見上げます。
「あのなー、にく、のこしといた! ねこたんくえ、うまいぞ!」
「なるほどそういうことですか。……では半分こにして、朝ご飯にしましょうかパティア」
暖炉のメギドフレイムは昨日と変わらぬ白炎を上げていた。
近付いてフライパンのふたを開いてみると、脂身で焼かれた肉が香ばしく芯までよく焼けている。
「う……でも、ねこたんにのこしたやつだ。ねこたんが……ううっ、は、はんぶんこでも、いいか?!」
「いいですよ。次はもう少し大きい首狩りウサギを捕まえたいですね」
ブラッディベリーと山芋は残っていない。
わたしたちは少ない肉を半分に分け合って、手づかみで骨付きの肉をかじりました。
首狩りウサギは毛皮こそ魅力ですが、意外と可食部が少ないのが困った点です。
体格に似合わない頑強な骨と、大きな胃袋を含む内臓、食用に合わない硬い皮下脂肪を取り除くと、見た目の半分以下しか肉が残りません。
「うまい! しみるなーっ、あさからにく! すごい、ぜいたくだなー!」
「ならわたしの残りも食べますか?」
「それは、だめだ! みりょくてきな、もうしで、だが……じんぎにはんする! ねこたんがくえ!」
「そうですか。まずは食べ物と、飲み水を手に入れたいですね。でないとわたしたち死んでしまいますし」
わたしとパティアが肉を平らげるのに時間はいりませんでした。
骨の関節部分までかじり取って骨をしゃぶる。わたしだけではなく、彼女も。
「ほれなら、ほこに、はった!」
「なるほど。では骨を手に戻して、もう一度言ってみて下さい」
「それならなっ、きれいなみず! み……みずうみ? みずうみ、ちかくにあったぞ!」
「……ちょっと待って下さい。パティア、まさかあなた、1人で城の外を歩き回ったのですか……?」
そういえば昨日テラスから東の森を眺めたときに、何か白い輝きが見えたような気がしてきました。
あれが湖水の反射だったとすると、城の中から湖をパティアが見つけてもおかしくはない。
「うん! しろのなか、あきたからなー、おさんぽしてきたぞ!」
違ったようです……。
わたしはパティアの行いに絶句して、次の言葉を失ってしまいました。
危なっかしい……。そしてそれ以上に肝が据わり過ぎている……。
「しんぱいするな、まほうおぼえたから、へいきだ。あのなー、パティアなー、すらいむと、キラキラ、やっつけたぞ!」
さらにはわたしが寝ている間に、スライムと下級エレメンタルを倒してきたそうです。
次の次の魔法の勉強はそれを相手にしようかと思っていたのに……。
「パティア、あなたとんでもないお子様ですね……。ここは魔界との境界線、あなたより強い怪物なんて、いくらでもうろうろしているのですよ」
「うん、だからなー、ウサギはやめといた! あれは、きょうぼうだった!」
「パティアあなたね……」
ネコヒトさんは頭を抱えました。
パティアはあの首狩りウサギにも遭遇済み、迷子にならなかったのがせめてもの幸いです。
「ねこたんどうした、あたまいたいのか……? ならー、ねてろ、パティアがなー、えものをとってきてやるぞ?」
「やれやれ、つくづく規格外なお子様ですね……。狩りはわたしが許すまで絶対に禁止します、いいですね?」
確かにパティアは魔法の天才です。
5属性のボルト魔法を叩きつければ、大抵の獲物を吹っ飛ばせるでしょう。肉として無事かは知りませんけど。
ただしそれは、ちゃんと魔法が当たればの話です。
敵がすぐに攻撃してこないのろまならいいですけど、そんな生き物ばかりではないのです。
「わかった。ねこたんはー、パティアのせんせーだ、いうこときく。だけどスライムとー、キラキラはたおす」
「その辺りで手を打ちましょう。ところでお散歩好きのパティアさんや、ならば、水瓶を見ませんでしたか?」
わたしの質問がお気に召したらしい。
ニパーッと8つの少女が笑って、腰を両手に胸を張った。どうやら発見済みのようです。
「ならば水瓶の場所に案内して下さい。それからパティアの見つけた湖にも行きましょう」
「え! なんでパティアのいうこと、わかるんだねこたん?! みずがめ、みつけた、まだいってないぞー!?」
「顔にそう書いてあったんですよ」
「えーーーっ?!!」
少女の両手が自分の顔をベタベタと触りだしたのは言うまでもない。
とにかくこれからのために水と食料を確保しましょう。