10-3 ちっぽけな民族大移動 いざ蒼化病の里へ
籠の山をかかえて城門前広場に集合しました。
ここに戻れるのは早くても明日の夕方前となるでしょう。それを想定してパティアが多めに作物に水をまいてくれたので、広場には小さな虹が輝いていました。
「すみません……私のわがままで、いきなりこんなことなってしまって……」
もののついでに申しますと、ついに完成した水路が広場の中央を走り、そこに今は簡易の丸太の橋がかかっております。
しかしそれがどうも滑るようです。クークルスが滑り落ちそうになったのを何度も見ました。
危ないので早いところバーニィに改修をお願いしたいところです。
「ネコヒトが森でヤドリギウーズの大群を目撃したんだろ、なら元からタイムリミットだろ」
「ああ、里が襲われてからでは遅い、迎えに行こう。オレとしては久々に武人らしい仕事が出来て気分がいい……槍はないがな」
「いいですね~、こういうの~。誰も帰りを待たずに済みますし~、お天気も良いです♪ みんなでピクニック、ですね~♪」
シスター・クークルスののんきさは一生物でしょう。
ではまいりましょうか、ピクニック(ハードモード)に。
「クー、もりは、そんなにあまくない……。でも、ねこたんといっしょにおでかけ、うれしいなー! ねこたん、これからもー、パティアをたよれー?」
「残念ですが本格的に頼るのは、もう少し大きくなったらです。堅実に、手堅くお願いしますよパティア」
「お願いします、パティアちゃん! 皆さん!」
「リセリおねーちゃは、パティアがまもってやる。この、いのちにかけてもー!」
わたしたちは予定通りの総出をもって、大地の傷痕を出発しました。
●◎(ΦωΦ)◎●
ハイドの結界を出て、南東に森を進みます。
リセリとパティアが手を繋いで助け合い、それをクークルスが見守る。
後方の警戒をバーニィ、前をリックが受け持ってくれました。
残るわたしは得意の斥候を受け持ちました。
先頭のリックよりさらに前へ前へ先行して、索敵と同時に危険を排除しては後続を待つ役割です。
切り札のナコトの書は娘に預けました。どんな強敵が現れてもメギドフレイムが命中すれば片付きますから、持たせるだけで安心感が違いました。
●◎(ΦωΦ)◎●
先行と、索敵、排除、待機を繰り返して1時間ほどが過ぎました。
現在は先行した先で、もののついでにナッツと桑の実を採集したところです。
それから周囲の警戒をしながら後続を待ちました。どうやら到着したようです。
「ネコヒトよ、ヤドリギウーズの群れに遭遇したのはこのへんかね?」
「気づいていると思うが、足跡と補食されたモンスターの痕跡が残っていた。ここは早く抜けた方がいいな……。やはり槍、どうにか手配できないか……?」
リックとバーニィが顔にわずかばかりの懸念を浮かべておりました。
1体1体は大したことなくとも、群れとなるとたちが悪いことは既にわたしも体験済みです。
「やりかー! うしおねーたん、おっきくて、ちからもちだからなー。やりもったらー、かっこいい……おおっ、こ、これはー……っ」
「また拾いました、よくばらないで皆で分けて下さい」
桑の実とナッツをパティアの小さな籠に入れました。
さっき入れたラズベリーは綺麗さっぱり消えておりました。
「うふふ……甘い木の実がいっぱいで、なんだか町にいた頃より贅沢している気がします。あ、もう行かれるのですか? ゆっくりされていっても……」
「そういうわけにはいきません。それにわたし、この通り身軽ですからこの手の任務が得意でしてね。またおいしそうな物が見つかりましたら採集しておきますよ」
仲間の元を離れてまたわたしは先行した。
これは憶測です。どうやら恐れていたヤドリギウーズの群れは、ここより東側に向かったように見えます。
対して自分たちの進路は南東側。やつらが急な方向転換をしない限り、蒼化病の里には達していないはずでした。
理想としてはギガスライン要塞の警備隊とぶつかって、駆除されてくれる展開を望みますね。あんなものに今後もうろつかれたら、安易に結界の外に出るに出れなくなりますし。
逆に最悪の展開があるとすれば、警備隊を飲み込んで、魔界側に反転するオチです。
危険なこいつらと遭遇する前に蒼化病の里にたどり着き、大地の傷痕への移送を完了させたい。
さて考えは置いておいてお仕事です。進行方向の樹木の上に、一つ目ローパーのピーピングアイが潜伏している。
向こうは隠れているつもりでいますが、わたしの目は騙せません。
その目玉と触手の怪物にファイアボルトを連射して、地上に撃ち落としました。
後は怒り狂う触手の波をレイピアで払い、眼球の奥を突き刺して駆除を終わらせました。
さらに周囲に注意を向けると、食人鬼が徘徊していたので、背後に回り込みこれも手早く駆除しておきます。
こいつらは動きこそ鈍いのですが、筋力と食欲がとんでもないので、潰しておかねば不慮の事態を引き起こしかねない厄介者なのです。
●◎(ΦωΦ)◎●
「ねこたんっ、こんどのおみやげはなんだー?!」
「すみません、少し忙しかったもので、こんなものくらいしか手配できませんでした」
いつしかわたしは期待されるようになりました。おみやげ的なおやつを。
今度の先行では多数の敵の駆除があったので、そんな余裕はありませんでした。
「なんだこれ……? はっぱ?」
「おっ、なんだ笹笛か。こりゃ懐かしいじゃねぇの」
これは笹と呼ばれる植物の葉です。
どうやら人間の世界でも親しみのある遊びのようです。ヒゲのおっさんが嬉しそうに私からそれを受け取りました。
「お、おいしいのかー……?」
「違うって。こうすんのよ、見てろよパティ公」
バーニィが葉に唇を当てる。軽く息を吸ってそれに吹きかけた。
見なかったことにしましょう。プス~っと情けない息が漏れるだけでしたので。
「ほぇ? なんだそれー……」
「あ、あれ、おかしいな……。う、上手くいかねぇ……」
「うふふふ……大人になるとやり方を忘れてしまいますよね。貸して下さい」
それをクークルスが無造作に奪い取って、唇に当てて吹く。
するとたった1枚の葉が笛となって音色を立てていました。
「おおおおーっっ、パティアもそれするーっ!! リセリおねえちゃ、やってみよー!」
「え、で、でも……」
「ご安心を、もう2つ採ってありますので」
パティアとリセリ、それぞれの手に笹の葉を握らせる。
リセリは歌が大好きです、こんなちっぽけな葉っぱに笑みを浮かべて喜んでくれました。
「クークルスは天然というか、つくづく大胆だな……」
「あら、何がですかー?」
わたしもリックの言葉に微笑で同意しておきました。
ですが本人がそれでいいならいいのです。シスター・クークルスはそういう気にしない方なので。
「何って、そりゃぁ……へへへ、まいったわ……。なんで俺、歳がいもなく顔が熱くなってんだ……」
「あら本当。どうしたんですかバニーさん、暑いなら休憩されますか?」
おしとやかなシスターさが彼の両頬に触れました。
わざとだったら大したものです。自覚がないからたちが悪い。
「い、いや、それはいいわ……。くぅ……無自覚にもほどがあるだろ……」
「わざとには見えない、やはり天然というやつだな。バニー、いつまで赤くなってるんだ」
行きは何の問題もなく和気あいあいと、本当にピクニックのような旅路になりました。
バーニィ、成熟した大人が純情を見せたところでかわいくなんてありませんよ。
「あ、できた。やってみると面白いね、これ」
「ぶーーーーっっ! で、できない……。ぶーっ、ぶぅぅーっっ、ぶっぶぶっ、ぶふぅぅぅーっっ! ねこたんっ、これふりょうひん! あたらしいの、とってきてー!」
わたしの娘です。よだれでべちゃべちゃの笹笛を受け取りさっと払って、ネコヒトさんは音色を奏でてあげました。
いつからでしょうね。いったいいつからわたしは、こんなことすら……。
魔王様、わたし300年ぶりに笛を吹きました。楽器、どこかに落ちていたりはしませんかね。できればフルートがいいのですが。