10-2 色の無い唄が奏でる終わりの始まり - 石工 - 鳥の唄 -(挿絵あり
10-2 色の無い唄が奏でる終わりの始まり - 石工 -
・レゥムの石工
町、大騒ぎ。だけど俺、それどころじゃない。
朝から晩まで働く。朝から晩までずっと、働く。寝たら起きて、働いて、寝る。
花嫁、さらわれた。王子様、賞金かけた。うさんくさい、冒険者たち、朝から晩まで、探してる。
レイピア持った、フードの、小柄な魔族。
だけど俺、それどころじゃない……。朝から晩まで、楔と、ハンマーもって、石を彫る。
だけど働いても働いても……。どうしよう、そろそろ、限界、かもしれない……。
「タ、タタ、タルト、さん……い、いら、っしゃい……」
俺だけの、貧乏工房、に、タルトさん、きた。
勇ましい女、怒ったら怖い……怒らせないように、しよう。怒らせないように、き、きき、気をつけなきゃ……。
「なあアンタ、少し前にした話覚えてるかい?」
「う……ごめん、それ、むり……ごめん」
夜逃げ屋、タルト。赤毛の女……借金取りの、敵……。
「それアンタの養父さんがこさえた借金だろ? アンタが背負う必要なんてないよ。さっさと夜逃げしちゃいなよ、アンタいいやつだから、良いトコつれてってあげるよ」
「だ、だけど……返、さないと、困ると、思う。借りた物は、返さ、ないと、いけな――」
「アンタみたいな愚図なバカがそのままお人好しやってたらっ、尻の毛どころか命までむしられるよッ!」
「ひ、ひぃー?! ど、どならないで……」
お、おこ、怒った、恐い、タルトさん、恐い!
「いいからあたいを信じな、アンタみたいなバカでぐずな働き者が、利用されない世界に連れてってやるよ! ……あたいの手みやげとしてね」
夜逃げ屋タルト、恐い。俺、怒られた。でも借金取りも、怖い。タルトさん、恐い。
ど、どど、どうしよう……。
●◎(ΦωΦ)◎●
10-2 色の無い唄が奏でる終わりの始まり - 鳥の唄 -
最近ようやくわたしの活動時間が元の惰眠ネコに戻りつつある。
その朝、湖の方角からかすかな歌声が聞こえてきました。
どうもそれが気になって身を起こすと、うちの娘までパチリと目を覚ます。
「ねこたん、どこいく?」
「はい、湖の方までちょっと散歩に」
娘の跳ねた寝癖に軽く手ぐしを入れてみましたが、本人並みに強情なようです。諦めました。
「ならパティアもいく! しんぱいはー、いらないぞー、もうげんきいっぱいだから!」
「ではご一緒しましょう。……何をやってるんです、ご自分で歩いて下さい」
いつからか不定期に歌声が聞こえてくるようになりました。
胸からパティアを引きはがし、歌声が止んでしまう前に最短距離のバルコニーに出ました。
「もー、ねこたんのいけずー!」
「なら背中にどうぞ」
「いいのかー?! へへへ、おんぶはきらいじゃない、おおーっ、ふかふかだぁー♪」
わたしは落下に強い。パティアを背負ってバルコニーから広場に飛び下りて、東の森の入り口で娘を降ろしました。
「えー、もうおわりー? みずうみまでー、ねこたんのふかふかに、びゅーんって、のっかっていたい!」
「それより耳を澄ませて下さい、ここからならあなたにも聞こえてきませんか?」
「何がー? ……ぉ。ぉー、なんかー、きこえるー」
「湖の方から聞こえます。行ってみましょう」
美しい歌声です。魔王様には圧倒的に劣りますが悪くはありません。
パティアの小さな手を引き、ネコヒトとその娘は朝日輝く森を散策しました。
「あ、うただ。ねこたん、みみいいなー。もしかしてー、おしろからきこえてのかー?」
「ええうっすらと。誰の歌声かもわかってしまいました」
「よーせーさんか?」
「ある意味そうかもしれませんね」
薄々と正体には気づいておりましたが、どちらの方なのか判断が付きませんでした。
現在シスター・クークルスはまだ首狩りウサギの毛皮を抱いて眠っています。そうなれば同時期に現れた彼女しかもう残っていません。
「あっ……」
近付いてゆくとそこに答えがありました。
盲目の乙女が湖の前に立ち、清らかなソプラノで歌を奏でていたのです。
普段のリセリの地声からはまた違った、立派な歌声でしたのでさすがのパティアもわからなかったようでした。
「パティアを連れずにこんなところに来るなんて、さすがに不用心ですよ。城と広場はともかく、こちら側は安全とは言い切れません」
「……すみません、どうしても1人でここに来たくなってしまって……変な気配もありませんでしたし、つい」
歌に夢中になるあまり、わたしたちの接近に気づかなかったようです。
なのでどちらかというと、リセリの返答は言い訳じみて聞こえました。
「まあそのおかげで、あなたのプライベートな歌声をこんな近くで聞くことができました。お見事です」
「うぅ……まさか聞かれていたなんて、恥ずかしいです……」
ポフポフと素直な拍手を送りました。
ところでうちの娘が思ったよりおとなしい気がします。
「ほわぁぁぁ……」
気になって様子を見てみると、頬を少し興奮に染めてリセリをただ見つめている。
そうですね、綺麗な歌声でした。
それがリセリの唇から響いていただなんて、女の子にとっては驚きでしょう。
「どうしましたパティア」
「ねこたん……これはおどろきだ……。リセリおねえちゃ、うた、うたうますぎーっ! これは、もりのようせいさんだったかー!」
本当にうちの娘は大げさです。瞳をキラキラ輝かせての真っ直ぐな感想です。
それがリセリの蒼い頬を興奮させている。
「よ、妖精だなんて、恥ずかしいよパティアちゃん……。昔ね、聖歌隊の先生に教わっただけ。歌を歌うと、お花、買ってくれる人、増えるから……それだけ……」
「ご謙遜を、わたしは才能だと思いますよ」
才能といったら才能です。リセリの周囲には野鳥が集まっておりました。
人間を警戒することなく、ただ続きを歌って欲しいと言わんばかりに取り囲み、こらえ性のない者がさえずったりクチバシで突いている。
リセリが何げなしに指を差し出すとそこに丸く真っ白な小鳥が止まり、それがパティアに差し出されました。
不器用なパティアが指でそれを受け取っても、小鳥は逃げようともしない。
「ふ、ふぉぉぉ……とりさん、パティアのてに、のってる……ふぉ、ふぉぉぉぉぉ……。かわ、かわいいかもしれない……」
「わたしたちが天敵のジャイアントバットもろもろを狩ってるせいですかね、すっかり鳥たちの楽園になっている気もしないでもありませんね」
小さくてあまりに軽いその生き物を驚かせないように、パティアなりの小声が上がる。
興奮されています。まるでそれは奇術師のもたらすマジックめいていました。
小鳥はパティアの手が気に入ったのか、ピョンピョンと跳ねて指から腕、腕から頭の上に乗っておりました。
「エレクトラムさん、ここは良いところです。最高の移住先です。……すみません、私もう我慢できません。みんなを、蒼化病の里のみんなを、ここに呼んでもいいですか?」
鳥たちに愛される乙女が両指を胸で組んだ。
光を映さない濁った瞳をあらわにして、焦るようにわたしに願っていた。
今が幸せだからこそ、置いてきた仲間が心配でたまらないと。
「今すぐここに連れてきたい、お願いします、わたしと一緒に……蒼化病の里に行ってくれませんか?」
「うんっ、パティアにまかせろー! ねこたん、みなまでいうなー、リセリおねーちゃにたのまれたら、ことわれねぇ……そうだろー?!」
パティアもすっかり元気ですし、肉を彼女の魔法で凍り付けにするにしたって、保存期間に限度があります。
それにあのヤドリギウーズの群れも気になりました。
あんなやつらが里を襲ったら、ワイルドオークのジョグがいたってひとたまりもない。
それとこれはどうでもいいことですけどね、どうもバーニィの口調が、パティアにちょこちょこ移ってきているような気がしますよ……。
「では今日いきましょうか。今すぐみんなを叩き起こして、みんなで出発の準備をしましょう」
「えっ、あのっ、み、みんなでですかっ!?」
意外だったらしくリセリが大声を上げました。
鳥たちの半数が驚いて飛び立ち、1羽1羽と元の狩猟生活に戻っていきます。
「おおっ、パティアもいっていいのかー!? やったーやったー、パティアなー、がんばってこどもたち、まもる!! リセリおねーちゃ、いっしょにいこー!」
「はい、子供を守りながら魔界の森を抜けるのです。そうなればあなただって貴重な戦力の一角ですよ。ただし生徒は、先生の言うことを聞くように、いいですね?」
パティアの頭の上の子だけ、そのやわらかい髪が気に入ったのか離れません。
その白い小鳥を乗せたまま、パティアはリセリの元に突撃して残りの鳥たちを飛び立たせた。
「あいあいさー! わるいやつはー、パティアのまほーで、どっかーんだ! あっ、みんなおこしてくる、バニーたんのおなかにとびこむかくごだ、とーっ!」
そういうことになりました。
今からみんなで迎えに行きましょう、蒼化病の子供たちを。
いつも感想、沢山の誤字報告ありがとうございます。
もしいいネタがありましたら感想欄などで教えて下さい。