10-1 絶対に死なない猫
前章のあらすじ
クークルス誘拐の際に、ネコヒトは多くの人間にスリープの魔法をかけた。しかしその反動により全く眠れなくなってしまう。さらに身体感覚までもが高まり、現役時代の実力を一時的に取り戻すことになっていた。
里に来たリセリは盲目だったが、只者ではなかった。盲目ゆえに高い空間感知能力を持ち、心配性のネコヒトの尾行に気づくほどだった。
リセリが里に馴染むと共に、着々と蒼化病の子供たちの受け入れ準備が進んでゆく。その場しのぎのバリケードが城門前広場の北に、リセリとパティアの手も借りて張り巡らされていった。
そんな折、リセリがちょっとした過去を語る。夜逃げ屋タルトの家とは家族ぐるみの付き合いがあった。
盲目のリセリは花を売って家計の足しにしてきたが、蒼化病の発症と共に商売が成り立たなくなり、兵士に力ずくで隔離病棟に連行されてしまった。蒼化病患者の子達は、皆が親に捨てられて苦しんでいるようである。
「それならば自分が守る」とパティアがいきなり叫ぶ。少しずつ危うい方向に、人類最強の娘は成長を始めていた。
それからしばらく経ったある日、娘パティアが食中毒で倒れてしまう。薬の心得のあるクークルスを頼ると、すぐに原因が特定される。しかし薬を調合するにも必要な薬草が足りない。
ネコヒトとクークルスは薬草を採りに結界の外に出る。次々と現れるモンスターを追い払い、どうにか薬草の調達に成功するも、厄介な新手が現れていた。
死体に寄生して体を乗っ取るスライム、ヤドリギウーズの群れに彼らは遭遇してしまっていたのだ。
娘を少しでも早く助けたい。その想いがネコヒトの持つナコトの書に変化を及ぼす。
敵のアイテムを盗み、それを自動迎撃装置にする魔法ウェポン・スティールが書に描き出される。
その新たな力を使ってネコヒトとクークルスは包囲からの離脱に成功した。
こうして薬によりパティアが健康を取り戻した。助けてもらった恩もあってか、対抗心を向けていたクークルスに対する態度を、8歳の娘はほんの少しだけ、わずかに、やわらげるのだった。
●◎(ΦωΦ)◎●
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続・蒼化病の里が終わる日
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10-1 絶対に死なない猫
・恩知らずのミゴー
不思議なもんだな。ガキの頃は自分がここまでよ、頭のおかしい野郎だとは思わなかったわ。
頭のどっかがブッ壊れちまってんのか、それともこれこそが正しいデーモン種の姿なのか。ま、細けぇこたぁどうでもいい。
俺は今、同族の最長老にあたるジジィの胸を、ダンビラで貫いていたのさ。
「ミ、ゴー……き、貴様……ッ」
「悪いな長老、だってそうだろ、ニュクスの旦那に頼まれて断れるやつなんていねぇよ。あの怪物の機嫌は損ねちゃいけねぇのさ」
ジジィの青い返り血が俺の顔面に、続いて全身をも汚した。床に滴り落ちたやつが血だまりを生み、世話になった長老の命が赤い石床の隙間に吸われてゆく。
ジジィの苦悶と怒りの形相を、俺は無感動に見下ろした。
「貴様ッ、ミゴー……デーモンの、面汚しめ……ッ。貴、様は……、ニュクスが、何をしようとしているか、理解しているのか……う、ウグゥッ?!」
「知らねぇな、俺にとって大事なのは骨のある相手と殺り合えるかどうかだけよ。魔将ニュクスと行く先にそれがあるって、それが俺にはわかるのさ。……あばよ、ジジィ!」
「ウグァッ……?! こ、この……愚か、者、め……」
最長老をぶち殺した。もうここに用はねぇ、壁飾りの織り布をひっぺがえしてそれで血を拭い、同族殺しの愚か者は姿をくらました。
自分の育ったデーモン種の土地を離れて、毒の森に入り込むと例のリストを確認する。血を擦り付けて今さっき殺したやつの名を消した。
「この仕事つまらねぇな……次は護衛ごと皆殺しにするかな、クカカッ」
次はオーク種の長老格を3人か。
命令とはいえジジババを殺しまくった、さすがにそろそろ殺害傾向を感づかれる頃だな。
オークはでかくて斬りがいがある、力でねじ伏せてやると最高だ。
ま、今日はこのへんでいいだろう、毒の森を抜けてその先の川で血を流し、殺戮派の町ラクリモサに戻った。
●◎(ΦωΦ)◎●
「おいアレ見ろ、ミゴーだ……出ようぜ……」
「あまり大きな声を出すな、聞かれたらどうする……ッ」
聞こえてるぜ。俺が酒場に入ると客の一部が必ず逃げていく。
ここラクリモサは殺戮派ニュクスの町だ。たちの悪い客は俺だけじゃねぇ、いちいち逃げていたらきりがねぇわ。
「また来たか、お前が来るだけで営業妨害だ。……いつものやつでいいのか?」
「ああ、今日は気分が良い、ボトルで頼む」
「言っても無駄だが言っておく。ケンカを起こすなよ、客を殺されたら商売にならん」
「そりゃ誤解だってオヤジよ。ただちょっと触ったら、首が勝手に折れたんだって」
カウンターで酒を受け取って日当たりの悪い席を占領する。
魔界の赤く光る酒をグラスに注ぎ、一気にあおった。誰かをぶっ殺した後の酒はうめぇ。立て続けに2杯、3杯目を飲み干す。
「ミゴーさん、ミゴーさん、お久しぶり、にゃ」
そこに情報屋が来た。俺の向かいの席に断りもなく腰掛けて、自分の杯を置いた。
中は空で、酒瓶も持ってねぇ。クソみてぇな汚ねぇ茶色いネコヒトだ。
「またたかりかよ。代わりに今度はどんなクズ情報をくれるんだよ」
こいつはコウモリ野郎だ、ベレトートのジジィとはまた違ったたちの悪い猫。名前は知らん、忘れたわ。
「もう裏じゃ知れ渡ってるがにゃ、ミゴーさんにもサービスでおしえたげるよ。それ、死竜の雫、おごってくれたらにゃ」
「けっ……ウジ虫野郎が」
けど情報は大事さな、しょうがねぇから酒を注ぐ。期待はずれのカス情報だったらぶち殺せばいい。
「穏健派のロッグが殺されたそうだにゃ」
「あ、誰だそりゃ? あいにくフヌケどもと馴れ合う趣味はねぇんだわ」
「パナギウム王国の次期国王、サラサール王子に貸してた兵だそうだにゃ」
「へー……そんで?」
酒をまたあおる。薄汚ねぇネコヒトと相席っていうのが気にいらねぇが、暇つぶしにはなっている。
「ソイツが殺されたっていう場所と、状況が問題なんですにゃ。ロッグはギガスラインの向こう側で、レゥム大聖堂に忍び込んだ、花嫁泥棒を働いた謎の魔族を追っていたところ――返り討ちに遭ったそうですぜ。新郎はサラサール王子、嫁はその聖堂のシスターだったそうですにゃ」
まどろっこしい言い回ししやがって、つまりそれってよ、へぇ……。
「ヒャハハハッ! つまりソイツ、王子様の新嫁をふんだくったのかよっ! その話気に入ったぜっ、もっと詳しく話せよ!」
ネコヒト野郎の杯がもう空だ、酒を注ぎ足してやることにする。
いや、だが待てよ……。動作を中断して酒瓶を置く。
「にゃー、旦那、けちけちしねえでくれよぉ?」
「黙ってろカス」
そういやベレトートのジジィ、人間の領土に忍び込むのが得意だったな……。
人間を協力者に仕立てたり、そういうセコいやり方するやつだった。
「そいつ、どんなやつだ? ネコヒトのクレイよ」
あとソイツの名前が不意に出てきた。
情報を回し売りする泥みたいに茶色い猫、だからクレイだっけな。
「にゃー? 確かフードをまとった仮面の小柄なやつで、自分から魔族だと名乗ったそうですにゃ。王子様は恥をさらされてぶち切れてますにゃ」
おい、まさかな……。
いや現役時代の力はもう出せねぇって言ってたしな。
だがあのジジィの言葉を、そのまま受け取るのもバカ正直か……?
「旦那、じゃあサービスでこれも付けますにゃ。東の森、ギガスラインとローゼンラインの境界線にヤドリギウーズが大量発生したそうで、手を焼いてるみてぇですにゃ。魔界側で繁殖されたらたまらにゃいにゃー」
そんなもん数が多いだけの雑魚じゃねーか。雑魚どもは雑魚に苦戦するかもしれねが、んな歯ごたえのねぇモンスターなんぞ知るかボケ。
「そんな話どうでもいい。もっと何かないのか? どんなイカレたやつだったんだよ、その花嫁泥棒様はよぉ?!」
「え……、そ、そうだにゃ、うーん……。あ、レイピア使いだって聞いたにゃ、ぶぎゃにゃぁっ?!!」
俺は感謝を込めてコウモリ猫野郎に、瓶ごと高級酒をぶっかけてやった。
「そりゃいい、たーんと飲めや。クククッ……そうかい、レイピア使いかよ」
あのジジィ、やっぱ生きてやがったな!
ホーリックスが大地の傷痕に向かって、それっきり消えっぱなしってのもおかしい。
だがあの野郎がもし生きていたら、これくらいの芸当やってのけるに違いねぇ。
何を始める気か知らねぇが、ベレトートのジジィよぉ、あまり派手に動くとニュクスの大将にも感づかれるぜ。
やつは俺に命じて消して回ってるんだよ、魔王がいた時代を知る者どもをな。