9-9 猫の3つ目の魔法、クークルスとパティアの新しい関係
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【ウェポン・スティールⅠ】
:効果:
対象の身に付けているアイテムを奪い取り、こちらのものにする。
未回収のアイテムは一定時間、発動者の周囲に浮遊し、発動者を援護する。
:補足:
盗む対象アイテムへのベレトートルートの理解度、敵対象の愛着度が発動、および成功率に大きく影響。
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言葉と共に術が発動していた。
敵の武器が意思を持って装備者の腕から逃げ出し、それがわたしの周囲に浮遊する。
全ての敵の武器ではなかったのは、書にある装備へのわたしの理解度が足りていないせいでしょう。
「クークルス、予定変更です。突破しながら敵を壊滅させます。行きますよ」
「は、はいぃぃーっ?!」
宙を飛ぶ武具に囲まれた猫、なるほど挿絵の通りになりました。
「相手の数がこれだけ多いとなると、わたしの背の後ろが最も安全です。考えすぎかもしれませんが、鈍足の敵がわざわざ後方への退路を残したのも、どうも気になりますしね」
「え、エレクトラムさんっ、あなたってっ、思っていたよりずっと過激――ひゃぁっ?!」
ヤドリギウーズの群れ、同族ネコヒトの亡骸を目指して突撃した。
それに合わせて奴らも動き出す。
操られた死体の行進がわたしと激突し、ウェポン・スティールによる剣舞の自動迎撃が腐った肉と、スライムボディを切り刻んだ。
正面側はわたし本人が受け持ち、レイピアは腰に戻して、ファイアボルトで同胞のネコヒトをスライムごと火葬にする。
錆びた剣、小剣、槍、斧による自動迎撃装置に守られながら、わたしは目につく者全てに炎を放っていった。
「あのっ、エレクトラムさんっ、後ろの方からも沢山、増えておられるようなのですが?!」
「フフ……さすがに分が悪い、逃げましょうか。わたしたちにはパティアの結界がありますからね」
「賛成です! 早く帰ってパティアちゃんを楽にしあげませんと……」
「ま、後は魔軍かギガスライン要塞の人間がどうにかするでしょう」
わたしたちは何かちょっとした、災厄の前触れに遭遇してしまったのかもしれません。
ともかく退路は出来上がっていました、わたしたちは南西に南西にかけてモンスターだらけの危険な森を強行突破していきました。
ちなみにスティールで盗んだ武器はどれも腐っておりましたので、捨ててしまいました。
さあこれからうちの娘を元気に戻して、元通りの眠気の足りない生活に戻りましょう。
●◎(ΦωΦ)◎●
「あっ、エレクトラムさん帰ってきたよ! 薬っありましたか!?」
「ねこたん……まってたぞ……。やっぱ、くるしい、しんどいこれー……へぇへぇ、はぁはぁ、ひーひー……」
先ほどの薬の効果が落ちてきたのかもしれません。
城に戻るなりすぐに新しい薬を調合してもらうことになりました。
まな板と石を使ってすり潰すと、オークフラワーの根とベースハーブを使った泥臭そうな薬の出来上がりです。
これはまた不味そうな見てくれですよ……。
「のむのか、これ……ぜったい、まずい……パティア、わかるぞ……」
「あなたのために死ぬ気で集めてきた薬です、飲まないなんて選択肢はありませんよ」
「パティアちゃん、ねこさんとても必死でした。パティアちゃんのために、悪いモンスターをバッサバッサ倒していました。少しでも早く、貴女を楽にしたいんですって」
クークルス、余計なことを言わないで下さい。
それではわたしが、過保護な親バカ野郎みたいではないですか。
「邪魔をする気に入らないやつらを、腹いせに排除しただけです」
「ねこたん……パティアのこと、そんなにすきか、だいじか……。うへへ、えへへへ、そうか、わるいき、しない……わかったっ、くすり、のむ!」
飲む気になられたのなら何だってかいまいません。
ニコニコと勘違いの目線を向けてくる娘を、視界の外側に配置し直しました。
「お水は用意してあるよ。分けて飲むとつらいから、一気に全部いこ、水で流し込めば大丈夫だよ」
「おうっ、い、いくぞー……はぐはぐっっ、ん、んむぐぅぅぅっっ?!」
リセリが水をパティアの口にあてがうと、娘は両手を使ってそれをあおりました。
ゴクリゴクリと喉が鳴り響きそうな勢いで、胃袋に薬が流し込まれてゆく。
「ぷぁぁぁぁーっっ! ぶぅぅぅーっ、ま、まずーーーいっっ、まずっ、まずっ、まずっ、まずい! にがいどろみずかこれ!? ……あ、あれ? あれ、でも、あれ、なおったー!!」
「治ったって、さすがにそれは早すぎるでしょう」
思い込みの強いところがあるので、最初はそれを疑いました。
ところが顔色が良い。まるで本当に、ケロッと治ったかのように見えました。
いきなり書斎ベッドから飛び降りて、リセリが無茶なパティアに駆け寄ってゆく。
「パティアちゃん、無理しちゃダメだよっ。病気なのに歩き回るのは、悪い子だよっ」
「どうなのですか、クークルス? 驚くべき即効性ですが……」
「うーん……そういうこともあるのではないでしょうか。パティアちゃん、ベッドに戻りましょうね?」
パティアはリセリとクークルスにより抱き上げられて、元の寝床に戻されました。
薬効の強い良いオークフラワーに当たった、ということなのでしょうか。あるいは患者の肉体が本人相応に単純だったのか。
「はーー……パティアはいま、いきているぅぅ……。けんこう、だいじだな……もうパティア、ひろいぐいしない、ぜったいしないぞ……」
「それは良い心がけです。忘れて繰り返すのが人の常ですが」
そのときクークルスにパティアが弱々しい眼差しを向けました。
どこかしおらしく、これまで見せていた対抗心のようなものがどうもありません。
「うふふ、どうしたのパティアちゃん?」
「クー、ありがと」
「いえいえ、当然のことをしたまでです。苦しんでいる人を助けるのは当たり前ですよ」
「それとなー、すまん、クー……。パティア……ひとりぼっちに、なっちゃってなー……ねこたんしか、もういないって、おもってた……」
「パティアちゃん……」
うちの娘は父親エドワードの死により全てを失った。
わたしがこの子を拾うという気まぐれを起こさなければ死んでいた。
つまりそれだけパティアにとって、わたしというねこたんは誰にも渡せないものだったのでしょうか。
「でもな、みんないるの、おもいだした! バニーたんも、うしおねーたんも、リセリおねーちゃも、クーも……。クー、ずっとここにいてくれ! パティアがびょうきになったら、またたすけてほしい!」
「はい、もちろん喜んで♪」
それにしても現金な娘です。クークルスの袖をひかえめに引っ張って自分の要求だけ叫ぶ。
まあ形はどうあれこうしてパティアは、クークルスに懐き始めたように見えました。
「うふふ、良かったですね、ねこさん♪ あなたの籠、ちょっと酔いますけど、珍しい物もたくさん見れましたし、とても楽しかったです」
……いえ、すぐに娘の顔が苦いものに変わっていきました。
「ぐっ、ぐぬっ……やっぱり、ねこたんとなかよくするのはだめーっ! ねこたんはー、パティアだけのねこたんなのー!」
「あら、仲良くしちゃダメですか~?」
「ダメーッッ! パティアよりなかよくしちゃダメなのーっ!」
「パティアちゃん、それじゃふりだしに戻るだけだよ……。気持ち、すごくわかるけど」
知ってます。人はそうそう成長なんてしないものなんです。
無垢な対抗心をクークルスも笑って許してくれているようですし、もう好きなようにさせることにしました。
「パティアちゃんは、ねこさんが大好きなんですね~」
「うんっ、パティアはー、ねこたんだいすきだ。あ、けだま、コレクション……みるか、クー?」
いつかこの子も、大人になってしまうのですから。
こんな小さなジェラシーを見られるのは今だけ、わたしに執着することもそのうち無くなってしまう。
「ねこさんの吐いた毛玉ですかっ、もちろん見ますっ!」
「お……なかなか、わかってるなクーは。ねこたんのー、けだまは、おくがふかいぞ……ついてこれるか?」
「すみません、毛玉コレクションの公開はさすがに恥ずかしいので、止めて下さいパティア……」
パティアとクークルスは、とてもマニアックな共通の趣味を持っていました。
わたしには変態的な悪趣味としか思えてなりません……。
しかし共通の趣味は人間関係を発展させる。
何が良いのやら全くもって理解出来ませんが、もう2人の好きにさせるしかありませんでした……。




