表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

75/443

9-8 娘の窮地 猫は加減無しで魔界の森を駆ける

 目標は南東の森、蒼化病の里を目指す針路でクークルスが見たというオークフラワーを探します。

 わたしは大きな籠を背負い、ナコトの書を静かに大判化させました。先ほどパティアのバックから拝借しておいたのです。


「それではレディ、どうぞお乗り下さい」

「え……。えぇぇ……あの、それって、まさか私がこれに入るという意味ですか……っ?!」


 籠に入るようにとそれを傾けて、緑髪の女性に手招きする。

 まあ予想はしていました、当惑を白く美しい顔に浮かべている。


「はい、その方が早いですし、採集物も積載できますしね。それともお姫様だっこがよろしいですか? アレが気に入ってしまったというなら――」

「うっ、なら籠でいいです……。それにこんなことより、パティアちゃんの薬の方が大事です。よ、よいしょ……どうぞ、行って下さい!」


 わたしの手を借りながら修道服のレディが籠に積載されました。

 続いてナコトの書を開き、アンチグラビティを発動させる。

 それでわたしの体重、およびあらゆる荷物の重量が半分になる。

 しかしどうも前々から思うのです。これ、半分以下の重量になっている気がしてなりません。けど今はどうでもいい、娘の健康以外の全てが。


「行きましょうシスター・クークルス、それらしい草をみかけたら一声おかけ下さい。では……」

「きゃっ、きゃぁぁーっっ?!!」


 加速しながら城のバルコニーを飛び降りました。

 広場に下りたわたしは一直線に森へと入り込みます。

 そして木漏れ日の中をただただ南東へ南東へひた走る。一刻でも早く私の娘、パティアを楽にしてやるために。


「速っ、速すぎますエレクトラムさんっ、木がっ木がっ、危ないっ、ひゃぁぁーっっ?!」

「すみません、我慢されて下さい。それよりオークフラワーを見逃さないようにして下さいよ」


「で、でしたらっ、もうちょっとゆっくり……っ! エレクトラムさん落ち着いてっ、速すぎますってばぁーっっ!」


 後方からの声は加速状態の前方に上手く届きませんでした。ええまあ、そういうことにしました。

 あっという間に盆地を駆け上がり、わたしはパティアの作り出した結界の外側に飛び出す。


 あの子がもしポックリ死ぬことになれば隠蔽魔法ハイドも消える、それはこの安住の地の滅亡を意味していた。


「く、クマッッ!? 何ですかあれっエレクトラムさんっ?!」


 しかし、結界を抜けるなり灰色グリズリーと遭遇することになった。

 こいつはモンスターの中では動物寄りの自然に近い存在ですが、極めて危険な怪物(・・)と呼ぶにふさわしい。


 立ち上がれば身長2mを超えるずんぐりとした肉体からは、馬にすら追いつける加速力と、樹木や獲物の首を一撃でへし折れる凶悪な腕力を持っている。


「大変っ、追ってきていますよっ?! ど、どどど、どうしましょうか!?」

「ご心配なくシスター」


 籠を置くのに手頃な木を見つけると、その上に飛び上がってクークルスを籠ごと荷降ろしした。

 それからただちにわたしは降下して、灰色グリズリーにいつもの手口でフェイントの突撃をしかける。

 突っ込むように見せかけて、樹木のツルに捕まりタイミングをずらし、グリズリーの攻撃を空振りさせた。


 その隙に懐へともぐり込み、レイピアで敵の眼球を貫いた。

 硬い皮と皮下脂肪、分厚い骨に包まれたコイツを倒すならば、急所を突くしかない。

 いえ倒す気がないのですぐにわたしはクークルスの隣に戻りました。


「さあ行きましょう」

「あ、あら……逃げていくわ……。今、何をしたんですか?」


 野太い叫び声を上げて灰色グリズリーが逃亡しました。

 やつの攻撃を1撃でも食らったら瀕死確実、しとめておきたかったですけど、今はそれどころではありません。


「奥さんの浮気を教えて差し上げたんですよ」

「まあ! あなたはクマさんの言葉もわかるのですね!」


「……冗談のつもりだったのですが、それでもかいまいませんか」

「あらー? うふふっ、冗談なら冗談だって言ってくださいよ、ねこさん♪」


 シスター・クークルスはド天然でまいりますよ……。

 わたしは彼女と籠を背負ってまたギガスラインの森を進んだ。いえ、ところがです。


「あら、大きなゴブリンさんがいますよ」

「それは困りましたね、おまけにこちらを認識したようです。失礼……」


 再び籠を安全な木の上に隠して、わたしはまたもや現れた新手の迎撃をするはめになった。

 まず鎖と首輪の付いたゴブリンが5、そしてそれを奴隷化したホブゴブリンが1、こんなやつらにうろつかれたら採集の邪魔です。

 今後のためも考えて消えてもらうしかありません。


「邪魔です」


 彼らがモンスターというカテゴリーに分類されるのには理由がある。

 どこからともなく自然発生する怪物であることと、単にわたしたちと言葉が通じないためです。


 意味の分からない野蛮な言葉を叫び、ホブゴブリンが鎖を緩める。

 すると調教された犬のようにゴブリンがわたしの突撃を迎え撃とうとした。


 無駄です、アンチグラビティによるネコヒト本気の踏み込みと、鋭いスライディングで全ての障害を切り抜ける。

 ホブゴブリンの視界の真下まで滑り込むと、そいつの腕ごとをレイピアで両断した。


 さらに脚部と、首の動脈に刃を入れると巨体が崩れ落ちる。

 ゴブリンたちは主人の死に驚くも、突然に降ってわいた自由を喜びそのまま逃げ去っていった。


「やっぱりエレクトラムさんって、何だかもの凄く、強くありませんか……?」

「いえ、長引かせたくありませんでしたので、リスクを払って1番早い方法を選んだだけです。それよりオークフラワーはまだ見つかりませんか?」


 どうも今日はおかしな日です。灰色グリズリーとホブゴブリンに立て続けで遭遇するだなんて。

 またわたしはクークルスを籠ごと背負い、彼女の案内を受けながら森を進みました。


「この辺りだと思ったのですか……それと、あの、これ、ちょっと……よ、酔います……。それと純粋に、速すぎて怖い……」

「すみません、揺れについては気をつけます。それより薬草の捜索の方を」


「エレクトラムさんって実は親バカだったんですね……。あ、ありました! あれです、左手のあれがオークフラワーです!」


 反論する前に直角の旋回をしてオークフラワーの群生地にわたしは駆け寄った。

 なるほど、ピギィノーズのことでしたか。

 豚の鼻のような薄ピンクの花弁を咲かす気味の悪い花、それがオークフラワーの正体でした。


「豚の鼻の花畑とはまた風情のない光景ですね。半分ほど採集して、もう半分は残しましょうか」

「そうですね、せっかく群生していますし、あまり採りすぎると良くないかと私も思います」


 そのヘンテコな鼻を、いえ花を、わたしは根ごと掘り返して、クークルスの降りた籠の中に入れていきました。

 花は甘ったるい良い匂いで、それが湿った土の匂いと混じり合っています。


「こんなものですかね。これだけあれば、かなりの万能解毒薬が確保されたことになる。……さあ帰りましょうか」

「はい。ふふふっ、服にオークフラワーの良い匂いが染み着いちゃいそうです」


 オークフラワーを敷物にしてクークルスが籠に戻る。

 すぐに反転してわたしは大地の傷痕目指して駆けだしました。

 ですが――やはり今日はおかしな日でした。


「ねこさんっ、また敵ですよ!?」

「おやおや、これはまた……今回のやつは少し厄介です。失礼ですが、シスターはまた高みの見物に興じられて下さい」


 樹木の上に籠とクークルスを隠す。

 そいつらは一見、食人鬼(グール)などの不死者の軍勢のようにも見える。

 数は帰り道側に30弱、よく確認すると半透明のプルプルしたものが肉と肉を繋げていた。


「あのっ、な、何なんですかアレはっ!?」

「ヤドリギウーズ、死体に好んで住み着くスライムです」


「ひぇぇぇ……何ですかそれっ、そんなの、き、気持ち悪いです……っ」

「同感です」


 ゴブリンやインプらモンスターから、オーク、狼人、鳥人、ミゴーのようなデーモンタイプすらも含む魔族の亡骸がユラユラと白昼の森を歩いてくる。

 どうやら半円状の包囲網がわたしたちの退路を塞いでいた。


「私たち、狙われてませんか……?」

「それにも同感です。わたしたちをあのパレードの仲間にしたいのかもしれませんね。お断りですが」


 どの個体も朽ちかけの武器防具を持ち、身体の表面をスライムによって保護されている。

 おまけに数がどんどん増えていった。森の奥から現れた者を含めると、40体を超えてしまっています。

 ……気に入りません、イライラしてきました。やっと薬を手に入れて戻れると思ったのに、邪魔しないで下さいよ。


「あのっ、さすがに逃げた方がいいのでは……っ!?」

「いえ迂回はしません、真っ直ぐ帰らせていただきます」


「えっ、えぇぇーっ?! あ、あのっ、エレクトラムさん!?」

「わたしの娘が苦しんでいるのに、道を阻むなんて絶対に許されませんよ!! 武器を捨ててそこをどきなさい、さらに付け足すならばスライムごときがわたしの同胞を、よくも弄んでくれましたね!!」


 その魔族の亡骸の中にはネコヒトも混じっていた。かわいそうにまだ若くて小さい個体です……。

 何が原因で死んだかはわかりませんが、解放してやらねばなりませんでした。


「あっ光が……」

「おや」


 ところが怒りと共にレイピアを引き抜いたその瞬間、魔導書ナコトが白い光を放つ。

 パティアが言うには、これはねこたんの本だそうです。

 そのページが勝手に開かれてゆき、そこに新しい挿し絵と文字列が浮かび上がった。あの生まれかけのページにです。


「ウェポン・スティール……対象の武器を盗む?」


――――――――――――――――――――――

【ウェポン・スティールⅠ】

:効果:

 対象の身に付けているアイテムを奪い取り、こちらのものにする。

 未回収のアイテムは一定時間、発動者の周囲に浮遊し、発動者を援護する。

:補足:

 盗む対象アイテムへのベレトートルートの理解度、敵対象の愛着度が発動、および成功率に大きく影響。

――――――――――――――――――――――


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

小説家になろう 勝手にランキング
よろしければ応援お願いいたします。

9月30日に双葉社Mノベルスより3巻が発売されます なんとほぼ半分が書き下ろしです
俺だけ超天才錬金術師 迷宮都市でゆる~く冒険+才能チートに腹黒生活

新作を始めました。どうか応援して下さい。
ダブルフェイスの転生賢者
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ