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9-7 苦い雪解け

 まずは冷凍肉でいっぱいの倉庫に入り、薬草を詰めた壷を全て開封した。

 パティア手作りの壷はゆがみだらけで不器用な仕上がりです。だがそれが良い、大人ではこの味は出せない。


「さてどうでしょうか薬師様。ここに使えそうなものはありますか?」


 過度の期待は出来ない。

 壷に入っているのは換金を目当てにした特殊な薬草ばかり、ダメで元々といったところです。


「ヒエヒエ草と、ジワジワ草、それとゴールデンマリーの花びら……。凄いです、レゥム大聖堂の備蓄にも勝るとも劣らない、希少なものがこんなに……」

「フフフ、希少薬草は重量の割に換金効率が良いですからね。しかし娘の健康には替えられません、気にせず使ってしまいましょう」


「あっいえ、ゴールデンマリーは使いません。とても珍しい品なので、つい名前を出してしまいました」


 そう言ってクークルスがヒエヒエとジワジワを壷から取り出し、バーニィの作った木のふたで封をする。


「ただあと2種たりないみたいです。ベースハーブと、オークフラワーの根あるいは、葉がたくさんあれば……」

「ベースハーブは近くの森で簡単に手に入るからいいとして、オークフラワーというのは存じ上げませんね」


 人間と魔族とで呼び方が変わる物も多い。それはきっと交易による繋がりがないからです。

 同じ名前で統一する必要がそもそもない。……少なくともこの土地の外では。


「大丈夫です、実はこのお城に来るときに森でオークフラワーを見かけたんです。私ってどんくさいですよね、あのとき採っておけば良かった……」

「拾い食いで倒れるアホの子は想定の範囲外です、全く……むしろすみませんねうちの子が。……あなたに愛想も悪いようですし、この機会に重ね重ねおわびしますよ」


 どんな良い人も邪険にされ続ければそのうち態度も変わる。そこが前から気にかかっていた。完璧な善人などいないのだから。

 ところがクークルスはおかしそうにわたしに微笑んでいた。


「あら、私パティアちゃん好きですよ。ほら、聖堂にもいろんな孤児()が来ますから、ああいう子も慣れています」

「慣れですか、なるほど」


 わたしは性格が悪いです。だから良い人という言葉で人を片付けるのに抵抗があります。

 誰にだって善良な外側と、人に見せられない内側をあわせもっているもの。

 ところがシスター・クークルスからは、その汚い内側がまるで見えてこない。


「カッコイイ修道士さんに憧れて、女の子に対抗意識を向けられたことも何度か……。あら、ですけど今回のは、カッコイイ猫さんですけどね♪」

「いえ、わたしなどただの老兵です。さて取り急ぎベースハーブを引っこ抜いてまいりますので、オークフラワー探しはその後にしましょう。今の材料で調合をお願いします」


「はい、かしこまりました♪ ではふかふかベッドの前で貴方をお待ちしております」

「わたしこそ、うちの娘をよろしくお願いします」


 倉庫を出て石の通路を駆ける。いつもとは反対側のバルコニーに抜けて、迷うことなく西の森へと飛び降りた。

 太陽は東から昇り、魔界の暗雲という天に消える。


 よって城からすぐ西の森は光が射し込まず、木々や草花の背が低い。目当てにしていたベースハーブもすぐに見つかることになった。



 ●◎(ΦωΦ)◎●



 あまりに調達が早いので麗しき聖職者が驚いてくれたのもさておき、もう準備も出来ていたのですぐに調合が始まった。

 原材料は薬草と薬草と薬草。ヒエヒエ草の青色と他の緑色が混じり合い、とてもまずそうな丸薬が出来上がりました。


「ぐっうぐっ……にが、にがが、にぃぃぃがぁぁぃぃぃ……これ、ど、どくか……? パティアを、なきものにして……ねこたんを、ひとりじめ……にがっ、ほんとに、にがぃぃーっっ!!」


 ただちに処方しました。

 本人も薬への抵抗なんかよりも、今の苦しみから早く逃れたかったのでしょう。石ですりつぶされただけのそれを飲み込みました。

 勘違いからの逆恨みに発展していましたが、叫ぶだけの元気があるなら大丈夫でしょう。


「おのれ……おの、れ……にが、にがぃ、リセリ、ねえちゃ、お、み、ず……くれぇぇ……ぅぇぇぇぇ……」

「うん、そう言うと思った、はいどうぞ」


 リセリが木の器を差し出してパティアの口に寄せる。

 娘は手も使わないでリセリに甘えきっていた。


「んぐっんぐっんぐっ……ぷぁぁぁーっ! こ、ころすきかーっ!! う、うぉ、ぉぇ……おくち、まじゅぃぃ……」

「それで少しは容体が落ち着くでしょう。では、残りの薬を採ってきますので、それまでいい子にしてるんですよ」


 なぜならパティアは先ほどからずっと、わたしの肉球ぷにぷにの手を両手で繋ぎ、けして離そうとはしなかったからです。

 ネコヒトの手を触ることより、もっと優先させるべきことがあると思うのですが。

 ……こうして出発を告げてもいまだ離そうとしません。少し困りました。


「ねこたん……おくすり、にがかった……」

「そのようですね。ですが悪いのはクークルスではなく、拾い食いをしたあなたです」


「いまだけは、あまくちで、たのむ……ねこたん……」

「すみませんパティアちゃん。素材をそろえて、次までにもっと飲みやすくしておきますね」


 こんなことをしている場合ではありません。それでもパティアはわたしの手を離さない。

 鬼教官と恐れられたわたしがこんなに甘くなるだなんて、うちの子は人をたらし込む魔性のお子様ですよ。


「パティアちゃん、行かせてあげないと、パティアちゃん苦しいままだよ?」

「そうだった……。でも、なー、くすり、きいてきたかも……なんか、きいてるかんじ、する……」


 その言葉に場の皆が一斉に安堵した。

 パティアの手が力を緩めて、けれどもまだわたしのプニプニを離さない。


「ああ良かったっ、心配しましたよパティアちゃん!」

「う……しんぱいしろなんて、いってない……まちのおんなめ……」


 クークルスからパティアが目をそらした。

 反抗心ではなく、困り顔に近いものを浮かべている。

 口では文句を言いながらも、もしかしたら色々と感じるものがあるのかもしれない。


「パティア、あなたらしくもありませんよ。助けてもらったのです、ちゃんと感謝しないと嫌われてしまいますよ」

「ぅ……きらわれるのは、なんか、やだかもな……なんとなく」


 だいぶ様態が良くなっています。口振りからも余裕が見えました。

 ただまだ苦しいのかときおり顔をしかめる。


「ありがと、クー……かんしゃ、かんしゃは、してる……。でも、でもねこたんは、わたさない……からな……。ぁ……ありがとうっっ!! もうっ、これでいいでしょ、もーっ!」

「うふふ……。いえいえ、どういたしまして♪」


 まあうちの娘なりにがんばった方でしょう。

 その拍子にパティアがわたしの手を解放してくれましたので、ネコヒトは立ち上がって準備に入りました。


「ではシスター、最後の薬を採りにまいりましょう」

「ねこたん、いってらっしゃい……ねこたんも、ありがとう。パティアは、しあわせものだ」


 いちいち大げさな娘をいちべつして、わたしとクークルスは広場側のバルコニーに出ました。


 思えば盲目のリセリは、部屋の水瓶の位置をもう覚えてしまっていました。

 その高い記憶力と空間認識能力が彼女を今日まで生かしてきた。

 そう考えると、つくづくあの子も不思議な素質を持っていたものでした。


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