9-6 食い意地の代償、人類最強の娘に起きた悲劇
蒼化病患者の受け入れ準備、それは多岐の要素におよぶ。
バリケードと畑作り、食料確保を始めとして、寝具の用意と城の掃除、患者の引っ越しのための運搬道具の制作、水路の総仕上げ、木製のクワ作り、食器類の確保、城壁の臨時補修などなど、やることが山のようにあった。
ここしばらくをこの患者受け入れという目標に向けて動いて、わたしたちはついに薄々感じていた事実に気づいてしまいました。
これが全てが終わるのを待っていたら、いつまでたっても子供らを迎えに行けないと。
それだけあってリセリも当然ながら焦っていました。愛しのイケメン魔族ジョグと、子供たちが悪党に襲われる前にここに招きたいと思ったでしょう。
しかしその焦る気持ちが厄介な事態を引き起こしてしまっていた。
どうやらわたしたちは、知らぬうちにあの子に無理をさせていたようです。
ある朝、パティアが水くみの日課を寝坊しました。
それでも無理をしてリセリと泉に向かい、その後、水瓶と共に朦朧とした発熱状態で帰ってきたのです。
皆が慌てたのも仕方ありません。わたしたちはすぐに毛皮のベッドにあの子を寝かせました。
「おのれ……まちの、おんなめ……さわるなぁー……。ぁ、ぁぅぅぅ……」
仕事どころではありません。
わたしたちの大事な娘が倒れたのです。今も皆が書斎のふわふわな毛皮ベッドの上に押し掛けて、パティアを取り囲んでいます。
幸いクークルスに医術の知識があったので、診察を任せることができました。
「おとなしくしてろパティ公、文句は元気になってからだ」
「そうだ、みんなお前が心配なんだ。クークルスもな……。それでどうなのだ、様態は?」
すみません、そこでわたしはここまでの前置きを撤回することになりました。
クークルスの診断結果、それは――
「軽い発熱と、寒気、風邪の諸症状は無し。どうやらこれは、はい――食中毒のようです」
「え……。でも私たちみんな平気ですよね……? 私たちパティアちゃんと同じご飯食べてますし……」
「そうですね、ホーリックスさんの料理に問題があったわけではないと思います。絶対とは言えませんが、原因は別にあるかと……」
「ならなんでパティ公だけ……って愚問か。おいパティ公、お前さん……森で拾い食いしたな?」
そういうことかもしれません。
わたしたちが無理をさせたのではなく、変な物を勝手に食べて自爆した可能性が急浮上しました。
「ねこたん……あつい、そいねしてくれ……」
それでも苦しげに小さくうなる娘の姿は、見るに堪えないものがありました。
少女の滑り気の良い頭をネコヒトの4本指と
肉球がやさしく撫でる。それが鎮痛になるらしい。
「それじゃ余計暑くなるだけですよ。……さて、ぐったりしてるところ悪いですが、昨日何か変な物を食べたりしませんでしたか?」
「へ、へ、へ……。きのこは、こわい、おそわった……たべてない、あんしんしろ……。ぅ、ぅぅ……くる、しい……」
クークルスの診断に間違いがあるようには思えない。
いざ病名が出されてみれば、どこからどう見たってそれは食中毒にしか見えない。
しかし困った、何を食べたかわからないのでは対処しようがない。
「ああああああーっ、思い出しました! 昨晩パティアちゃん、森で、変わった匂いのベリーを食べてました! 勘違いかと思いましたけど、きっと、アレですッッ!!」
「ぉぉ……みどり、いろの……やつ、なー……」
リセリが絶叫混じりで教えてくれました。
ネコヒトさんは納得と安堵と同時に呆れを抱きます。変わった匂いの緑のベリー、それわたし知っていますよ。
「それだろ……よくわかんねぇけどそれだろ……」
「はい、それはきっとグリンベリベリーですね、強くはありませんが毒性を持った、薬にもなる木の実です」
「パティア……そんなものなぜ食べた……。だがこれで対処できるな……」
それは今、パティア以外の誰もが思っていることでしょう。
なんでそんなもの食べようと思ったんですか……。グリンベリルに例えられるくらいには綺麗な果実ですから、つい口に入れてしまったんでしょうか……。そんな、乳幼児じゃないんですから……。
「あれか……いいにおいがしたから……ぽっけ、いれといた……。あれ、だめだった、かー……。ぐ、ぐふ……ぐふぅぅ……どく、きくぅぅ……」
うちの娘は、アホの子ですか……。
人類最強の力を持ちながら、食中毒に倒れるとか……しょせんは子供ですか。
「シスター・クークルス、解毒方法に心当たりはありますか?」
「そうですね……こういった場合、聖堂では効能の高い毒消しを調合して、それを処方しています」
「ならそれっ、今作れますか?!」
リセリがクークルスに飛びつく。こんなに心配させて、まったく……早くどうにかしてやりませんと。
「はい、材料さえあれば……私がどうにかしてみせます。エレクトラムさんの、大切な大切な娘ですから、必ず!」
式場からさらって正解でした。
頼もしい眼差しがリセリに向けられて、安心させるために背中を抱いている。
「ま……まち……まちのおんなに、なさけはいらぬ……」
「支離滅裂ですよパティア。これはだいぶまいっているようですね……。ああ、ちなみに薬がないとどうなるのですか?」
「それは量によりますね……。パティアちゃん、いくつ食べたんですか?」
力なく少女の腕が上がる。人差し指と中指を立てて2つだと答えていた。
「いいにおい……だったけど……まずかった……」
「なら飲み込むなよっ、お前の食い意地どんだけだっ!」
「次からは吐き出しておけ、まずい食べ物にはだいたい、毒がある……」
「パティアちゃんっ、もう2度と拾い食いはダメだよっ!」
娘はグッタリした状態で、総突っ込み食らっておりました。
まあ、これだけ酷い目に遭えばさすがに理解したでしょうとも。これを機会に蛮勇さも落ち着けばいいのですけど……。
「はぁぁ……。はい、2つくらいなら、死ぬようなことはないと思います……」
「おや、そうですか」
「ぁぁ……よかったぁぁ……私心配で、胸が痛かったよ……」
リセリは多くの子供と死に別れている。それだけ深く深く安堵していた。
しかし本当に良かったです……。
「ではこうしましょう。わたしとクークルスで薬草を調達しますので、リセリは看病をお願いします。バーニィとリックは、すみませんが気が気じゃないでしょうけど、平常運行に戻って下さい」
全員で対処するような事態ではありません。
わたしとクークルスで迅速に治療すれば済む話です。
「くっ……。判断としてはそれが正しいが、だが、落ち着いて仕事ができる気がしないぞ……」
「ま、悪ガキなら一度は経験するちょっとした通過儀礼だな……。これにこりたらパティ公、変な物はもう食うなよ?」
再びパティアの腕が上がる。今度は親指を立てていた。
「こ……こりごり、だ……はぁはぁ……ぅぅー。さむい、リセリ、おねーたん……、そいね、してー……」
「うん、いいよ。……お願い急いで、エレクトラムさん」
リセリがベッドに上がり、パティアを隣からやさしく抱き込みました。
たったそれだけでブロンドの少女の表情がやわらぐ。
「ではいきましょう、シスター・クークルス。パティア、必ず薬を持ち帰りますので、それまでリセリにあまり迷惑をかけてはいけませんよ?」
「へへへ……そいつは、むりな、ちゅうもんだ……。つらい……つらいから、あまえる、よていだ……ぐ、ぐぇ、ぐふぅぅぅ…………」
ますます早く戻らなければならない理由が増えました。
シスター・クークルスの手を引き、わたしは特大の籠を持って元司令部・現共同住居を立ち去りました。
全ては一瞬でも早く、パティアを苦しみから解放するために。わたしたちはこれから薬を採りに行きます。




