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9-4 午前のまどろみと盲目の娘

 しばらく熟睡して、労働後の昼寝という至高の快楽に浸りました。

 ですがまだ反動が収まっていないようです、ふと目を覚ますとわたしの鋭い耳に、鼻をすするような音が届いていました。


「お、起こしてしまいましたか、エレクトラムさん」

「……ええ、今起きました。ご心配なく、ここ最近まどろみというものに縁がありませんで、不快感はありません。……それよりどうしたんですか、リセリ、鼻声混じりのようですが」


 皮肉なものです、視力を失っても涙は流れるのですから。

 追放者が悲しみを抱えていないはずがありません。盲目の乙女が目元を赤く腫らしていました。


「すみません、急に安心したみたいで……。パティアちゃんと一緒に過ごすのがすごく、幸せで……」

「フフ……この子の親としてその言葉はありがたい限りですよ」


 リセリは今ある幸せに泣いていた。

 悪夢のような世界で暮らしていた者が、当たり前の平穏を手に入れたのです。考えてみれば、大の男だってそれは泣いてしまうほどの歓喜でしょう。


「私、病棟では最年長でしたから、ずっと気を張っていたんだと思います。私が崩れたら、みんなが一斉に泣き出してしまいますから……」

「そうですか、それはよかった。わたしはてっきり、隔離病棟に預けられる前のことを思い出しているのかと、勘違いを」


 わたしは好奇心を抱いてしまいました。

 これは今日までずっと気になっていたタルトとの関係を聞くチャンスです。

 詮索は趣味ではないはずなのですが、やはりこればかりは気になります、関わってしまった者として。


「つかぬことを聞きますが、夜逃げ屋タルトとはどういったご関係なのでしょう。タルトさんは、あなたのことを、とてもとてもそれはもう、気にかけているようでした」


 質問の方向が良かったようです。リセリが少し興奮気味にわたしを見上げ、恥じらって目を落としました。


「タルトさんは誤解されやすいけど、とても立派で、良い人です。私、旧市街の出身だったんです、小さい頃からずっとお隣さんでした」

「なるほど、幼なじみ……と呼ぶには歳が離れていますかね」


「はい、家族ぐるみでお付き合いしていたお姉さん。……といった感じかもしれません」


 それでやっと()に落ちました。

 そうなれば気持ちの上では歳の離れた妹、それをタルトが心配しないはずがない。

 さぞやあの赤毛の姉御肌も、あのあまりに残酷な処遇に悔しく思っていただろう。


「私、幼いころからずっと、目がダメで、5歳の頃にはもう完全に視力を失っていました」

「そうですか……そんなに早く……」


 私の自慢のふかふかな毛皮に、リセリが顔を、身をすり付ける。

 それから見えるはずのない瞳を静かに開いて、それがパティアの寝顔に向けられた。


「私の親は……少女に花を持たせて、それをお金持ちの街で売らせました、同情を誘うことで家計の足しにするためです。旧市街で暮らすような、裕福ではない家でしたから。でもそれでも、それなりにわたしは幸せでした……」


 己を慰めるように毛並みにリセリの肌が、顔がまた押しつけられる。

 それを大きな猫に似た者は、文句を言わずされるがままにしておきました。不思議なことですが、ふかふかは人間を慰める力があるようなので。


「だけど私は12歳の時に蒼化病にかかりました。お金持ち相手の花売りが成り立たなくなり、嫌悪の言葉が街中の者から投げかけられるように、なっていました……。タルトお姉ちゃんみたいなやさしい人もいたけど、心ない人が、やさしかったはずの人たちが私たちを傷つけたの……」


 そうですか。なんて愚かな生き物なのでしょう。

 いっそ魔王様、いえ邪神にあのとき滅ぼされてしまえば良かったのに。魔族もまた罪深さでは人間のことなど言えませんがね……。


「それからすぐに王国の騎士様が家に押し掛けて、蒼化病の隔離病棟に私を隔離した……。お母さんもお父さんも子供を守ろうともせず、諦めて、私を差し出したんです……。行けば死ぬ場所に、棄てられると知りながら……」


 これでは相づちの打ちようがありません。

 逆らったところでどうにもならない、あなたの親はあなたを裏切ってなどいない。そう言おうかとも思いましたが、慰めになるとも限らない。リセリの傷はデリケート過ぎました。


「タルトお姉ちゃんが患者へのボランティアを始めたのはその頃から……。私のために、危険な橋を今も渡っています」

「そうですか、やはり余計なことを聞いてしまったかもしれませんね。タルトさんの人柄はもう知っていましたし。彼女、なかなかやるもんですよ。クークルスからすれば命の恩人です」


 濁った瞳がわたしを見つめている。

 いえわたしではなく、わたしの遙か向こう側に焦点を合わせていた。


「……きっとみんなそう、みんな親に捨てられて苦しんでる。面会に来てくれる親もいるけど、どうしてここから助け出してくれないのって、みんな思ってる……。だからお願い、みんなを、里のみんなを助けてあげて……おねがい、エレクトラムさん……っ」


 蒼い肌を持つ盲目の少女が大粒の涙を流し、己ではなく仲間の救済を求めた。

 そのくらいお安いご用です。なにせもうやると決めていることですから、ただのモチベーションの追加にしかなりませんよ。


「遠い昔、ニュクスという男が言っていました。人間は滅ぼされて当然のクズどもだと。わたしはいまだ、その言葉を否定し切れません。今さっきもあなたの話を聞いて思いました、いっそあのとき、滅ぼしてしまえば良かったと――」


 残念です、わたしの言葉はそこで中断させられていました。

 いきなりわたしの右側の子が飛び上がり、必要もなくガニ股になったのです。

 なぜこの子はこんなにガニ股が好きなのでしょう……。


「パティアがまもるぅーっ!! リセリおねえたんもっ、びょうきの、こたちもっ、パティアがみんなまもってやるぅー! えんりょするなっ、いますぐいくかっ?! みんなみんな、ここにきたらいい! パティアがわるいやつ、みんな、やっつけてあげるからーっっ!!」

「起きていらっしゃいましたか、パティア」


「うん! はなしは、きかせてもらったー、つよいパティアがぜんぶ、まもる!」

「ぅ……っ、パティア、ちゃん……」


「リセリおねーちゃー!」


 良いところを全部娘に持っていかれた。

ブロンドの娘と黒髪の娘は、猫の上でひしと手を取り合い、わたしを無視して友情の眼差しを向かい合わせるのでした。


「パティアちゃん、イケメン過ぎるよ……ありがとう、パティアちゃん……!」

「へへへ……なんか、いいきぶん……。パティア、きょうから、イケメンなります!」


 何を言ってるんだか、お年寄りには理解しかねました。

 これはもう、二度寝するしかありませんね……。

 ですが最後に一言。リセリさん、あなたの言うイケメンの用法、さすがにこれ広すぎませんかね……?


いつも誤字報告ありがとうございます。

先日、感想返しと共に適応いたしました。どちらもまたお待ちしております。

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