9-3 ネコの隠れ里をバリケードで囲もう - 着工 -
「はい到着です、では説明いたしましょう。木造のバリケードで広場の周囲を覆い、モンスターが入ってこれないように取り囲みます」
城北東の城壁終端を基点にします。ここからバリケードを張っていき、安全地点を広げるのです。
「パティア、リック、バーニィは単独行動可能な戦闘能力を持っているから良いとして、他の者はそうもいきません。行き来こそやや不便になりますが、必要なのでこの広場をバリケードで覆いましょう」
幸いなのは大地の傷痕のモンスターに凶暴なものが少ない点。そして超拡大強化されたハイドの術により、外部からのモンスターの進入も制限されている点です。
大地の傷痕内でのモンスターの自然発生こそ防げませんが、安全の面ではかなり好転しておりました。
「あの……エレクトラムさん、パティアちゃんって、そんなに強いんですか……?」
「えっへん、パティアは、つよいんだぞー! こわいうさぎさんも、いっぱつ、カチコチだー! もっとでっかくて、こわいのもやっつけたんだからなー! えっと、なんだっけ、なまえ……と、とろろ? とろろやっつけた!」
当然でしょう、8歳児が魔法の天才で平然とザコモンスターをいじめ回っているだなんて、リアリティに欠けます。
もし吟遊詩人が歌にしたところで、それはたちどころに笑い話となるでしょう。
「こうやってすぐに有頂天になりますがね、まあ子供ながらに三人前の魔法使いといったところです」
「ねこたん! むつかしいことばだけどー、あんまりほめてないの、わかるぞー! もーっ、はずかしがらないで、ちゃんとほめてー!」
お断りします、弟子は誉めすぎるとろくなことになりません。
まあ、嫌われ者のミゴーには若気の至りでメチャクチャいたしましたが。
「そうなんだ……。すごいね、パティアちゃんって、将来すごい人になるんだろうなぁ」
「へへへ……そうだろそうだろー。リセリおねーたんは、わかってるなー、パティアのつかいかたー」
勝手にやらせておきましょう。さて既にバーニィの手で材木が設置ルートにそって用意されている。
さすがに広場の全てをすぐさまにとはいかないが、今回はこれで1番危険な北側を塞ぐ。
移動に必要な門は後でバーニィが作ってくれる段取りでして、ご丁寧にも杭を打ち込めるようにと、ポイントごとの地面が軽く掘り返されておりました。
「ではわたしが杭を打っていきますので、2人は板をその杭に縛り付けていって下さい」
材木は乾燥させたものではない。
それすら待ってられないので今は仕方ないです、細かい部分は後回しにしましょう。
「あい!」
「が、がんばります! 猫の里の安全のために!」
「ちがうぞー、リセリおねえちゃ。ここはなー、ねこたんらんどだ」
「はいはい、その名前は困ると何度も言ってるでしょう……。それよりパティア、リセリのフォローをちゃんとするのですよ」
里の名前を今のうちに決めておかないと、なし崩し的にネコタンランドにされかねません。
バーニィが中型の木槌を作ってくれていたのでそれを握り、やわらかくなっていた土壌へと私は杭を打ち込んでいきました。
そうして3つ杭が並ぶと、パティアとリセリがそれぞれ板の端を握った。
「そう心配しなくても平気ですよ、見えないけど、わかりますから。いくよ、パティアちゃん、せーの!」
「お、おお……リセリおねーたん、やっぱりカッコイイ……。ねこたん、しんぱい、いらないってー」
板は軽く持ち上がる。リセリの動きは少しだけ鈍かったが確実に杭へと板を張り付けて、それを植物のツルで縛り付けていきました。
「おや、どうやらそのようですね、失礼しましたリセリ」
むしろ縛る方の手際は8歳児に勝る。かなり手先が器用なようです。
これはうかうかしていられない、わたしも次の杭を打たなくては。
「パティアちゃん、重くない……? 木、ザラザラしてるから気をつけてね」
「へーき! パティアはもっと、ちからもちになりたい、うしおねーたんみたいに!」
「リックさん、女の人なのにここで1番の力持ちなんだよね。うん、私ももっと、たくましくなりたいな」
「リックは元からそういう種類の魔族です。本人の努力も過分にありますが、あれは生まれ持った部分が、わたしどもとはだいぶ異なるのです」
「それ、ますます羨ましいです」
「おっぱい、でっかいしなー……」
「ね~、羨ましい羨ましい!」
「ああ、そこ重要ですか」
作業がとんとん拍子で順調にすすんでゆく。
木製のバリケードで完全に進入を防げるというわけではないものの、ないよりはずっと良いに決まっている。
蒼化病の里のような、危険なモンスターだらけのエリアより、ここ大地の傷痕の方がずっと安全なのです。
黙々と、淡々と、密かにリセリとパティアを気遣ってゆっくりと、活動時間を引き延ばされたネコヒトは作業を進めていきました。
●◎(ΦωΦ)◎●
最後の杭を打ち込むと、さすがのネコヒトさんも地面にへたり込むはめになった。
パティアとリセリにやらせるわけにはいかないとはいえ、すっかり似合わぬ重労働をしてしまいました。
「ふぅっ……後はお任せしましたよ」
「お疲れ様です。パティアちゃん、これで終わりだよ、がんばろ!」
「おうっ、ねこたんがんばったなー! さいきんのねこたん、キラキラの、ふかふかだぞー」
これで広場の北部を塞ぐことができた。あとはバーニィかリックがスライム避けの側溝を掘ってくれるはず。
そこがちょっと面白いんですがね、スライムの弱点、それは穴なのです。
やつらには足がないので、溝を越えることができないのですよ。落ちたら上がれないので駆除もそこで完了です。
原始的ですけど、これが最も確実な方法でした。
「かんせーー、ぱちぱちぱちぱちーー! ばりけー? もうおわりかー。もっともっと、つくりたかったねー、リセリおねえちゃー」
「ふぅふぅ……パティアちゃんは元気だね……エレクトラムさんも私もくたくただよ……。ああ、ジョグさんがいればなぁ……ジョグさんと、ここに家を建てて2人で暮らせたら……どんなに……」
それ、とても恥ずかしい独り言のような気がしますけどいいのですか、リセリさん?
いえ問題ないそうです。仕事を終えてリセリが妄想の世界に旅立っていました。一途な乙女というものは、見ているだけでかわいらしい。
ジョグ、彼のようなワイルドオークがこんなに愛されるなんて、全くとんだ幸せ者もいたものです。
「ジョグサン……? だれだそれー」
「あ……聞いてくれるのパティアちゃん!? あのねっ、ジョグさんは正義の味方なの! 魔族なのに、人間の病気の里を守ってくれる偉い人! それに、とってもイケメンなの、カッコイイんだよっ!!」
相変わらず彼のことになるとキャラ変わりますねこの子……。
「おお……せいぎのみかたかぁー、パティアも、あってみたい! まぞくなのに、たすけてくれるって、それって、ねこたんみたいだー!」
「えへへ……ジョグさん、子供好きだから、パティアちゃんにも絶対やさしくしてくれるよ。ジョグさん、イケメンだから!」
パティアを呼びつけて保険をかけておこうかと、さすがのわたしもそこで迷いました。
なにせうちの娘は正直なので、イケメンじゃない! ただのイノシシ男だ! とか言ってしまうかもしれない。
ただリセリは耳が良過ぎるので、この場で伝えるのはまずい。はい、よって今は諦めましょう。
「ところでパティアちゃん、私ね、お願いがあるんだけど……」
「へへへー、なんでもいえー、パティアとリセリおねーちゃのなかだ、きにするな」
西側を眺めると、城よりバリケードの列がここまで伸びていた。
それは勇ましく、発展の兆しを感じさせてくれるものです。樹木を伐採し、材木にそれを変えたバーニィの努力のたまものでもありました。
とてもエッチなおじさんですけど、なかなかがんばったではないですか。
「じゃ、じゃあ……あ、あのね……」
「おや?」
ところで何でしょうか。リセリが急にバリケードを背に座り込んでわたしに振り返り、そわそわと凝視している。
言いたいことがあるけれど、わたしには聞かれたくないことでもあるのか。
ならばクークルスがちゃんとやっているか気になることですし、席を外しましょうか。
「エレクトラムさんの……。毛……」
「はい?」
ケ? ケと申されても何のことやら……。
「おおっ、なんだそんなことかー! みなまでゆーな、パティアには、ちゃんとわかる……」
「う、うん……」
いえ、わたしにはてんでわかりませんが。2人の間では通じているらしい。
リセリがほんのり頬を染めて恥じらい、パティアがなぜか嬉しそうにうなずいている。……毛?
「うんっ、リセリならいいよー! パティアのねこたんだけどなー、リセリなら、もふもふしていいよー♪ クーは……まちのおんなは、ゆるさない……」
「本当……っ?!」
ああなるほど、猫に似た生き物を触りたいってことですか……。ですがわかりませんね。
「なぜ、わたしにではなくパティアに許可を取るのですか……。まあ、触りたいならお好きにどうぞ」
「やったー! パティアもまぜろー!」
「ミャッ?! ちょっとパティアっ、なぜあなたが真っ先に……っ」
座り込むわたしの右腹にパティアが飛び込んできた。我が身をもってリセリの背中を押すその覚悟……なんかではなくて、ただモフりたくなっただけなのを、わたしは知っています。
「し、失礼します……。わぁ……っ、ふわふわ……気持ちいい……」
「でしょーっ、ねこたんはなー、ふわふわのー、ふかふかなのだ。これがないとパティア、ねれない……」
「いえ、昨晩はリセリとお楽しみだったようですが?」
「うんっ、リセリおねーちゃとねるの、たのしかった!」
「私もだよ、パティアちゃん。はぁぁ……それにしても、これは、癖になる触り心地です……」
作りたてのバリケードを背にネコヒトは両手に花、ジョグに見られたら少し説明に困る光景がそこに出来上がっておりました。
リセリは慎ましくひかえめで、パティアはアグレッシブに体をすり付けてくる。
どちらもわたしの胴にしがみ付き、顔を埋めております。
「ねこたんのふかふか……パティア、ホッとする……んん……」
「なんだか私、急に……ふぁぁ……。すみません……」
しかし疲れていたのでしょう。
いつしか2人は眠ってしまいました。わたしもつられてまぶたを閉ざしてみると、自覚するよりも先にやさしい安眠の世界が意識を奪っていたのでした。
いつもいつも誤字報告ありがとうございます。
小さな誤字が多くてすみません。