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1-3 世界を滅ぼす焔ではなく、娘に常識的な魔法を教えよう

「恨みはありませんが、あなた方は危険ですので悪く思わないで下さい」


 古城を飛び出して北部側の森に入った。

 そこでちょうど見つけた山芋と、ブラッディベリーの実を採集して、それから首狩りウサギを狩った。


 このウサギは中型犬ほどもあるそれは大きなウサギで、見た目に反して非常に獰猛、剣のように鋭い爪と牙で生物の首を刈る生態を持っている。

 もしパティアがコレに遭遇したら結果は明白、見た目に騙されて食われてしまうでしょう。


 ところがその辺りで眠気をまた覚えてきました。

 そこでわたしは元の古城に戻り、ウサギを解体して食肉に変えて、薄緑色が特徴的なやわらかい毛皮をはぎ取った。


「眠い眠い、そうそう都合の良い魔法でもなかったようですね……。それとももう少し慣れが必要なのでしょうか。おっと、これはなかなか掘り出し物」


 厨房の引き出しの中に幸運にもまだ錆びていないフライパンを発見しました。

 それを持ってパティアの眠る司令部に戻り、メギドフレイムの灯る暖炉にかける。

 中にはさばいた首狩りウサギの肉を入れて、どうにか焼けないものかと様子を見ました。


「面白い。世界を滅ぼす炎も使い方次第、これはちょっとした発見ですね、フフ……まさか魔王様が使われた、あのメギドフレイムを、調理で使うことになるだなんて……。フフフフ……」


 火力はあまりに脆弱、火が通るまでだいぶ時間がかかりそうです。

 暖炉の暖かさのせいか、わたしはすぐにうとうととしたやさしい眠気に負けて、深く心地良い眠りに落ちていくのでした。



 ・



 目が覚めるとパティアが部屋に戻ってきた。

 いや逆か、彼女の気配にわたしは目を覚ました。


「おはようございますパティア」

「ねこたん! おはよー、すりーぷ、すごかったー! パティアいっぱつだった!」


 時刻はもう夕方、太陽が高く高く昇り、もうじき魔界の暗雲に沈もうとしていた。

 いつものわたしならば、ここでおめおめと眠気に負けて二度寝をしていたことでしょう。

 しかしわたしは司令部の書斎机というベッドから起きあがり、我が娘パティアの前に立つ。


「ええ、有用な使い道がありそうな術です。それはそうとパティアさん、今から大事な話をします」

「なんだー? むつかしいはなしは、にがてだぞ」


「この魔導書は報酬としてわたしがいただいたものですが、しばらくあなたに預けることにします」


 手帳サイズのままのナコトの書を、わたしは8歳の娘にやさしく、しかし強引に押し渡しました。


「おおー……?」

「あなたには魔法の才能があります、ここでの生活を始める前に、それをわたしが強制的に開花させます。……普通の魔法のお勉強をしましょう、ああ、その書はしまっておいて下さい」


 言われるがままにパティアがナコトの書をかわいらしいバックにしまった。

 それから何とも子供らしからぬ神妙な顔をする。一瞬見間違えるほどに暗く真剣に見えた。


「まほう、つかえるようになったら……」


 その強いまなざしの中にわずかばかりの怒りが混じる。


「かたき、とれるか……? おとーたんの、かたき……」

「仇ですか」


 手招きをして彼女をあのテラスに導く。

 この歳で復讐を望んだことにわたしは少しばかし驚き戸惑っていました。

 だが、あんな形で父親が殺されれば仕方がない経緯ですか。


「きいてるか、ねこたん!」

「はい、聞こえてます」


 最悪です。このメギドフレイムが使えてしまえる驚異的な才能と、憎しみの心が混ざり合ったときどうなる……。

 決まっている、ろくなことにならない。深い絶望が世界を滅ぼすかもしれない。


「エドワードさんが望んだのはあなたの幸せです。けして復讐などではありません」


 テラスに着きました、わたしはパティアに振り返り真摯に少女の強い眼差しを見つめ返す。

 少女は何も言い返しませんでした。


「よくお聞きなさい。仇討ちというものはですね、厄介なものなのですよ。1度そうすると決めてしまったら、当たり前の幸せを捨てなければならなくなります」


 こんなわたしが言うのも滑稽ですが、エドワードさんの遺志を彼女に伝えたい。

 怒りに身を任せて、道を外すことの愚かさも。


「わかりやすく言うとですね、嬉しいこと、楽しいこと、幸せなこと全てを――仇討ちを果たすまで喜べなくなってしまうのです。それがエドワードさんの望む未来とはわたしには思えません」

「でも、おとーたん、ころされた! パティアは、くやしい、ゆるせない!!」


「わかってます。だけど割に合わないのですよ。パティア、わたしが代わりにおとーたんの仇を取ってあげます。だから、そんなものは早くお忘れなさい」


 この幼い身体に人類最強になれる才能が眠っている。

 もし歪ませればそれは魔族全体にも最悪の影響を及ぼす。


 この子には、何が何でも清く正しく真っ直ぐに明るく育ってもらわなければならないのです。

 未来のため、そして何よりエドワードさんの遺言を果たすために。


「ねこたん……パティア、ねこたんしゅき……」

「お、おおっと……。驚いた、これはいきなりですね」


 理解してくれたのか、パティアは涙目でわたしの胸に飛びついて、ふわふわの毛並みを無心にまさぐるのでした。


「よく、わからないけど、ねこたんしんじる。あ、まほう、おしえて!」

「喜んで。では炎系の基礎ファイアボルトを覚えていただきましょう」


 彼女はきっと炎魔法の才能が高いと思います。

 語るより実物を見せた方が早い、わたしが人差し指の上に炎の矢を生み出すと、少女が驚きつつも熱心にそれを見つめだしました。


「ひのや! ねこたんすごいっ!」

「いえいえそれほどでも。でして、こんな感じです」


 そのファイアボルトをテラスの壁に向けて撃った。

 コケ蒸した壁が水蒸気と煙を上げて、焦げ臭く茶色く変色しました。


「お~っおぉ~っすごいすごいっ、ねこたんすごいぞ! パティアにも、コレできるか?!」

「フフフッ、何だかわたしまで舞い上がってしまいそうですよ。もちろん出来ますよ、あなたには才能があると言ったでしょう」


 わたしはパティアの熱烈的な拍手を受けました。

 年老いたわたしの心が、まるで孫と接する祖父のようにうきうきと跳ねているようです。


「えへへ……てれるぞ。がんばるぞー!」

「はい、ではこのファイアボルトを覚えて下さい。そうしてくれたらわたしは安心して、他のことに集中出来ます。ふぁ……ん、んん、たとえば夕寝するとか、あふ……」


 あくびをかみ殺してさすがに気の早い眠気に耐えました。

 まずは基礎を教えないと、あの首狩りウサギあたりに殺されてしまいます。あれは本当に凶暴で凶暴で……。

 魔界の住民も、出来ることなら根絶させたいと思っているほどです。


「おお、ふわふわ……♪」

「レクチャーです。いいですか、左手に意識を集中させて下さいね」


 ともかく眠り倒れる前に目的を果たそう。

 わたしはパティアを後ろから抱き、左手にネコ手をそえて、彼女の身体を通してファイアボルトを発生させました。


「おっおおおーっ、パティアのてから、ふぁいあでた!!」

「で、こうやって撃ちます」


 彼女が自ら作ったわけではありません。

 まずは感覚だけ覚えさせることにしました。時間はかかるでしょうが生き残るために、一日でも早くこれを覚えさせなければ。


「もえたー!!」


 わたしたちはファイアボルトを放ち、壁のコケを黒く焦がしました。

 人の世界では怒られるどころじゃない、危険な火遊びです。


「はい、では今のを見よう見まねでやってみて下さい」

「わかった、やってみる、せんせー!」


 しかし困りましたね。今まで沢山の兵士を育てましたが、こんなにかわいい生徒は初めてです。

 そのせいでしょうか、ついついわたしは浮かれて、5本の指それぞれに小さなボルト魔法を生み出すという持ち芸を見せていました。


「うわぁっ、ねこたん、ねこたんすげー、すげーぞ!!」

「たくさん勉強すると、こういうことが出来るようになります」


 火、氷、雷、土、闇の5種類の魔法矢です。

 さらにクルクルとその5つの矢を回転させて見せました。

 器用貧乏のわたしが誇るちょっとした芸の1つです。


「パティアもやるぞー! うー! うぅぅー! うぅぅぅぅ~!!」

「あの、パティアさん? うなっても魔法は出ませんよ? 先ほどの感覚をどうか思い出して、頭の中でイメージしましょう」


「おう! うーー、うぉー! がお、がおーっ! がおがお~~っっ!!」


 がに股になる必要はない。

 がおがおと、うなる必要ももちろんありません。

 方向性がそもそも間違ってるのでそれじゃ出るものも出ませんよ……。


「いえだから、そうではなく。自分は魔法が使えるんだと、強く思いこむことが重よ――えっ?」

「でっ、できた~~! パティア、できたぞねこたん!!」


 ネコは顔を洗いました。

 けれど目の前にある信じがたい光景は変わりません。

 最強炎魔法メギドフレイムを扱える少女はなんと、わたしのボルト魔法同時発動の芸を模倣して見せてくれました……。


 小さなその指先に5属性全てが針のような矢として生み出され、それを振りかぶったのです。

 多属性の反発作用により、着弾した壁はコケどころか爆裂により薄く表面を剥離させていました……。


「むーー! くるくるはできない! ねこたん、どうやったんだ!?」

「どうもこうも、それはこちらのセリフなのですが……しかしこれはなるほど」


 エドワードさん、魔導書をわたしに譲ったのはこういうことですか。

 あんな魔導書なんかより、もっとぶっ飛んだお宝がそこにあったんですね。

 それがこのパティアという少女にして、自分の愛娘だったと。


「こうです」

「くるくる、むずかしい! なんでそんなこと、できる!?」


「慣れです。わたし300年生きてますから」

「ぅぅぅぅ……できない、くやしい! ねこたんてんさいか!?」


「だからそれは、こっちのセリフですよパティアさん」


 この子、今のうちに殺すべきでしょうか。

 ええ、そんなことわたしに出来るわけがないんです。

 わたしは人殺し中毒のミゴーとは違います。

 魔軍にとって都合が悪くなったわたしを、大地の傷痕に落として処分しようとしたやつらとは。


「それだけできれば上出来です。いいですか、もし怪しいやつがいたら、容赦なく今のをぶち込みなさい」

「え、ひとに、うっていいのか?!」


 本当はだめですけど、まともな人はこんな土地に来ませんし、いいでしょう。


「パティアさん、やっておしまいなさい。この先もわたしがあなたを守りますが、わたしがいないとき、眠っているときは、あなたがあなたを守るのです」

「わかった! パティアがー、わるそうなやつは、やっつける!」


「あふ、ふぁぁ……。それと薄緑色の、大きくてかわいいウサギにも気をつけて下さい。見た目はかわいいのですが、凶暴で素早いですので、無理に交戦はしないように。ああ、眠い……わたし、もう寝ます……」


 話の途中です、しかしわたしはネコヒト、眠気に逆らえない。

 書斎机に上り、白い毛並みのネコヒトさんはそこへと横になりました。


「よっせ、よっせ……へへへ♪」

「パティアさん、何を……あ、あふぅ……っ?! やめなさい、ぉ、ぉぉぉ……っ」


 するとパティアさんが人懐っこく添い寝してきました。

 わかっていました、わたしはモフられる。全身を徹底的にモフられました。

 けれど不思議なものです、悪い気分ではない。少女は大変なテクニシャンで、わたしの脳髄はただちにトロトロに犯されていきました。


「ミ、ミャー……くぅっ、変な声が、わたしとしたことが、フミャァ……♪」

「ねこたんねこたん、かわいい、かわいい。ヘヘヘ、ふかふかであったかい……」


 パティア・エレクトラム、恐るべし……。

 これは将来末恐ろしいモフり手になる……。


「……あ、そうでした、そろそろ、そこの暖炉のお肉が焼けます。あなたのメギドフレイムで焼いた肉です。ブラッティベリーと山芋はそこ、わたしは外でもう食べてきたので、あなたの血肉にしてしまって下さい。それではおやすみパティア」


 お腹空きました。それに眠い。

 このどちらを先に満たすかと聞かれれば、わたしなら眠りを取ります。


「ねこたん、おなか、なってるぞ?」

「それは、きっと、聞き間違えでしょう……」


 こんなにかわいい娘が出来てしまったら、自分が飢えてでもお腹いっぱいになってもらいたい。

 それが人類最強の資質を持った、もしかしたらわたしたち魔族の天敵になる存在であっても……。


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