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9-2 リセリとパティアと心配性のネコの朝

 リセリとパティアはすぐに仲良くなっていた。

 リセリにとってうちの娘は偏見を持たないやさしい女の子。その時点で強い信頼に値し、ちょっとほっとけない危なっかしさも含めて、強く波長が合ったようです。


 パティアにとってもここでは1番年齢の近い女の子です。

 やさしいリセリの気質をすぐに見抜き、甘えるすべを覚えてしまいました。


「パティアちゃん、水くみ行くんだよね。私も手伝っていい?」

「おおー、ついてきてくれるのかっ、おねえちゃっ!?」


「うん、一緒に行ってみたい。昨日は疲れてて、あまり外に出れなかったから……」

「へへへー、いいよ、いっしょにー、いこー! あ、あとでな、リセリおねえちゃにー、パティアのな、あめあめふれふれぇー! も、みせたげるー!」


「あはは、なんだろうそれ、楽しそう。早く行こうパティアちゃん」

「うん! パティアのまいにちのおしごと、みせる! あのなー、みずうみ、あってなー、きれいなんだー」


 ということでこうして翌朝となりました。

 若い2人は大人よりも早起きをして、水くみに出かけていきました。

 ネコヒトが身をもたげ、周囲を見回すともう姿がない。石の床を歩く2つの足音だけが遠ざかってゆく。


 わたしと一生をそいとげる親友こと、まどろみの姿はありません。実家に帰られたのでしょうか。

 まあ人数にして3桁の人間を寝かせたのです。どうやら私の活動時間は、いまだに引き延ばされた状態にあるようでした。


「ちと、心配かねぇ……ああ、けど眠いわ、あの後よ、話が盛り上がっちまってなぁ……。ってことで、代わりに行ってきてくれよ」

「起きていましたかバーニィ。ええ、もちろんそのつもりです。盲目の女性が森で迷ったら大変ですからね」


 東の森にはスライムや下級エレメント、ジャイアントバットなどの雑魚モンスターが出る。

 うちのパティアがおかしいのであって、一般人にはリスクのともなう危険な場所です。


 普通の人間と並べてみると、どれだけうちの娘が規格外か朝っぱらから思い知らされる。

 バーニィの隣から立ち上がり、レイピアを身に付けて軽くだけネコヒトが顔を洗った。


「みんな早起きだな……、ならば朝食の準備をするか。シスター、興味と気力があれば手伝ってくれ」

「はい喜んで。あ、ねこさん、寝癖がついていますよ。……これでよし。おはようございます、いってらっしゃいませ」


 わたしとしたことがスキンシップで手ぐしを通されていました。

 バーニィが暗い目で羨ましがったのは言うまでもない。

 いえどうしてか我が弟子リックまで、ムッとした顔を浮かべておりました。


「教官、ずいぶん人間と、仲が良いようだな……」

「そのようだねぇ……ま、クークルスちゃんからすりゃ、白馬の王子様ならぬ、アレだからな」


 アレと言われても困ります、ドレですかソレ。


「はい、エレクトラムさんは私の、白猫の王子様ですね、うふふふっ♪」


 白猫、ですか……?

 わたし、昔は白くなかったんですけどね……。


「ご勘弁を。ではあの子らを見失う前に失礼いたします。シスター・クークルス、街と比べるとさすがに住みにくいこと確実ですが、今日からお互いがんばってまいりましょう」

「あら、わたしここ気に入ってますよ。バニーさんも、リックさんもそう言っていました」


 不思議なもんです。環境だけ見れば街の方がずっと良い。

 だというのに皆ここが良いと言う。全くそれが不思議なものでした。……わたしすらもそう思っていることも含めて。



 ・



 城内通路からバルコニーに抜けると、パティアとリセリの後ろ姿を見つけた。

 城門前畑広場を抜けて、東の森に入るところでしたので、ちょっとゆっくりし過ぎていたかもしれません。危うく見逃しかけました。


 それを足音を消してネコヒトが追った。せっかく子供同士が2人だけでお使いに向かったのです、それを邪魔するのも無粋と相場が決まっておりました。


 ところでリセリですが、彼女は彼女で不思議な子です。

 これがまたおかしな話なのですが、ときどき彼女が盲目であることを忘れてしまう。


 思えば大地の傷痕への移動の際もそうでした。

 今も瞳を閉ざしたまま正面に現れる木を避けて通り、パティアと並んでここからいくらか先にあるキラキラの湖を目指して歩いていました。


「リセリおねーたん、かっこいいな……」

「え、どうして……? 私、そんなこと言われたの、初めてかも……」


「め、つぶってるのに、なんでまえ、みえる……? それ、まほーか?」


 うちのパティアがわたしの疑問を代弁してくれました。

 盲目の娘に対して、それは投げかけにくい質問です、わたしは聞き逃すまいと距離を保ちながら耳を立てる。


 いくら見ても不思議です、まるで本当は見えているかのようでした。

 ワイルドオークのジョグをイケメンと慕う限りでは、見えていないはずなのですが……。


「気配で何となくわかるの。それに匂いも、風に木の葉がこすれる音も、足音・・、とかも……」

「フ……」


 参りましたね、この娘、わたしの尾行を見破りますか。

 わたしの潜伏能力は300年がけの技術です。これほどの索敵能力があるのなら、心配などいらないのかもしれません。


 むしろパティアの代わりに敵を察知し、警告してくれるなら良いコンビになってくれる。


「ぉぉ……けはいか。おねえたん、しゅごくカッコイイ……」

「恥ずかしいよ、パティアちゃん。私なんか普通……普通には見えないかもしれないけど、大したことないよ……」


「あのなー、みずうみ、いいところだぞー。め、みえなくてもなー、きっときにいる! おさかなもー、いっぱいなんだぞー!」


 すみません、リセリにとっては大事なところだったのかもしれません。が、うちの子はちゃんと話を聞いていないようです。

 自分の話したい次の話題に移っておりました。それだけパティアにとって、蒼肌の見た目など気にすることではないのでしょうか。


「……うん、水の匂いが強くなってきたね。良い匂い、濁ってない綺麗な水の匂いがするよ」

「ここからわかるのかー。やっぱ、かっこいいなー、リセリおねーたん。パティアもそれ、できたらいいのにー、いいないいなぁー」


 水路の完成状況は3分の2、未完成とはいえ十分に使えます。

 それなのにパティアは湖までわざわざ行く。

 その方が水質が良く、飲料としてだけではなくそれを使った料理も美味しくなるのだから、食いしん坊のパティアとしては正しいのでしょう。


 それに今回は、言葉にしている通りリセリを湖に連れて行きたいようでした。



 ・



 やがて目当ての湖に到着した。

 抱えてきた水瓶でパティアが湖水をすくい、後ろのリセリに振り返る。


「とうちゃくぅー、おしごとも、おっけー! へへへー、ねえねえリセリおねえちゃー、あさのー、みずあび、するー?」

「えっ……。そ、それは……それは今はいい……。誰かが、見てるかもしれないから……」


 はい、やはり気づかれてます。

 わたしがここにいなければ、誘いに乗っていた、そんな乗り気の姿にも見えました。


 悪いことしてしまったようです。わたしに尾行を依頼したバーニィが悪いことにしておきましょう。


「ざんねんだ……はぁ、リセリおねえたんと、あそべると、おもってたのに……」


 すみませんパティア、それわたしのせいです。のぞき魔の存在に気づいているのです、彼女は。

 ちなみにわたし魔族ですので、のぞき魔、これ間違ってはおりませんね。


「でも素敵なところだね、ここにいるだけで気持ちいい……すぅ、はぁ……。あ、ねぇ、パティアちゃん、ここからはどんな光景が見えるの?」


 その願い事は少しうちの娘には難しいのではないでしょうか。

 8歳のわりに幼い言動が多々目立つくらいですし……。


「あのねっ、おひさまがキラキラー! き、いっぱいでそよそよー、みずうみぴかぴかでー、おさかながいたり、とりさんとんでる! あ、あとね、あそこにおいしいきのみ、なってるよ!」


 するとリセリの口元がやさしくほころんだ。

 情景が映らぬ目に浮かんだのでしょうか、閉じていた瞳を開いて見えないはずの湖を眺めだす。


「パティア、ちっちゃいからとれないけどな……。はぁ、ねこたんとかー、バニーたんいたら、とってくれたのに……。あ、あのなー、バニーたんな! おねがいしたら、かたぐるましてくれるよー!」


 何の変哲もない、いつものサルナシの実がそこに生っている。

 やれやれ朝食前に間食ですか、困った娘です。ですがバーニィの意外な一面を聞かせていただいたことです、なら仕方ありませんね。


「そうなんだ。ねぇ、エレクトラムさんって、カッコイイね。小さくて、あんなにかわいいのに、強くて、大人で、やさしい。パティアちゃんがちょっと羨ましいな……」

「へへへー、そうだろー。ねこたんはなー、ふかふかでなー、パティアのじまんのパパだ。……あーっ、リセリおねえちゃ! きのみ、おちてきたー!」


 五感の中でも特に耳でしょうか。リセリには犯人がわかっていたみたいです。

 飛び上がったわたしがレイピアで一閃して、サルナシの実が偶然落ちたように見せかけたのを、瞬時に見破っておられました。


「ほらほらおねーたん、くちあけてみてー! あーんだぞ、あーんっ」

「え、でも私それ食べたことないから……。ぅ……、あ、あーん……」


 けれどやはり目が見えていない。

 困った様子でパティアの方角を探して、戸惑いがちの半開きに口を開く。


「んぅっ?! す、すす、すっぱ……ッッ。あっ、でもおいしい……っ! こんなにおいしい木の実、ここでは普通に生ってるんだ……」

「はぇ? リセリおねえちゃのとこには、なってないのかー?」


 リセリに少し同情です。

 いきなり口に甘酸っぱい物を入れられたら、誰だって驚きますよ。


「うん……里の近くの食べ物は採りつくしちゃってるから……。木の根っこのスープとか、渋い味のする、油っぽくて美味しくない実とか、苦い葉っぱを煮たりするのが、多いかな……」

「それ、あと……、どろみず、とかかー……?」


「うん、雨が降るとしばらく泥水かな……。ここみたいな水、私ね、初めて飲んだかも」

「わかる……わかるぞパティア、よくわかる……。そっかー、じゃあ、はやくみんな、ここくるといいなー!」


 おやおやこんな泥臭いガールズトーク、わたしも初めてですよ。

 澄んだ水が飲めるというだけで恵まれている。妙な共感が2人の間に出来上がっていた。


「う、うん……でも本当にいいのかな……。私たち、お金も、物も、何も持ってないよ……? 昨日だってエレクトラムさん、あんなにがんばって、お肉集めてたのに、私たちは……」

「いいよ! パティアがめんどう、みてやる! じつはねー、パティアもつよいんだぞー、もっともっとつよくなってなー、ねこたんにかわって、かり、てつだうんだー。そしたらー、みんなもっと、おなかいっぱいだ!」


 そういうことです、あなた達みたいな子供が大人に遠慮なんてしなくていいんです。

 バーニィもわたしも、打算の面では新しい労働力として、あなた達を期待しているのですから。


「ありがとうパティアちゃん、パティアちゃんって、やさしくてイケメンだね。あ、そろそろ戻ろうか。それでね、悪いんだけど、私のみずがめにも入れてくれる……?」

「おお、そうだったなー……わすれてたなー! おねーたん、おはなししながらかえろー。そしたらパティアのスコール、あとでみせたげるねー!」


 さっきも同じことを言っていました。それ、あなたが自慢したいだけでしょう……。

 自慢を介して優位や優越感を得たい。そう無意識に考える人種とは違った、純真な言葉でしたので、リセリも温かく笑ってくれている。


「エレクトラムさん、あとは平気です。ありがとうございます」

「……そうですか。ではお先に」


 リセリがわたしの隠れている右手側に振り返って、そんな小声をつぶやきます。

 それに対してわたしも小さな声で返答すると、濁った瞳の少女が静かにうなずいていた。


 視力を失い、あんな過酷な環境に長年順応してきたのです。

 リセリをただの障害者として扱うのは、この機会に止めましょう。


 ネコヒトは森でパティアの好きなノーム・ブラウン・マッシュルームを採集して、一足先に城へと戻るのでした。


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