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8-6 愛の逃避行、翠と茜の森、予期せぬ追撃者

 パナギウム王国南西、ギガスラインの最南端、クレイド大山脈の絶壁付近にようやくわたしたちはたどり着きました。

 ここより南は永遠の中立地帯、草も生えない不毛の山岳が続くだけの世界の果ての始まりです。


 地図上に限ればギガスラインの迂回路候補に一見は見えるのですが、あまり採用されることはありません。

 実際に何度か通ったことがあるわたしに言わせていただけば、あそこには道なんてお行儀の良いものはありません。


 登っては下りてを繰り返すたびに体力をおびただしく消耗し、けた外れに強力な固有モンスターに遭遇しては兵を失う。

 そして何とか踏破したところで、その先に退路はないのです。


 目的を達した後は、もう一度クレイド大山脈を越えて戻るはめになります、最悪でした。


「おや、どうされましたか、シスター・クークルス?」


 逆に今のわたしたちにとって都合の良い部分もありました。

 この辺りの土地は人間側よりも魔界に性質が近く、モンスターも出るので近付きたがる者は少ない。よって住む者もおらず、隠れてやり過ごすにはうってつけだったのですよ。


「いえ……ただ何となく……」


 クークルスがフードと腰を下ろして、モズの木に下にたたずんでいました。

 その頃には空も色合いを変えていまして、少ししんみりするような茜色の日射しが森の中に射し込んでいたのです。


 東の空は群青色、頭上は茜色、西側には魔界の暗雲がある。


「遠くに来ちゃいましたね……」

「ええ、こちら側に来るのはわたしも久々です。何せここいら、何もないですから」


 彼女は汗ばんだ髪を整えながら、東を見たり、茜色の天を見上げた。


「まさに、愛の逃避行、だなんてロマンチックな言葉が浮かんでしまうくらい、なんだか空までもが自由と開放感にあふれているような気がします」


 聖堂の仕事が嫌いだったんですか?

 そう言いかけて止めました。そうではないのでしょう。


 しかし好きな仕事でも義務になると大変です。大聖堂のシスターというのは、それだけその義務も重かったのではないでしょうか。


「日が落ちたらギガスラインを越えます。その先に休憩地点となりえる集落もありますので、そこにある現状も、きっとあなたは見ておいた方がいいでしょう」


 その義務とやりがいも婚姻をきっかけに彼女は失った。

 わたしにさらわれてここにいる。いつだって失うときはあっという間です。


「集落……。ギガスラインの向こう側……ぁ……」

「はい、あちら側にある人間の集落なんて、アレ1つだけです」


 それが蒼化病の里であることを、それとなくクークルスは悟りました。

 だからでしょうか、わたしに詳しくは聞こうとしません。


 彼女は弱者救済を求める人です。よって己が今日まで目をそむけ続けてきた人々のこととなると、色々と複雑な感情を抱くようでした。


「はぁ……空が綺麗、私、当たり前の美的感覚すら忘れかけていたのかもしれません。早くネコヒトさんの里を、見てみたいです」


 感傷に浸れるのはそこまでです、わたしは鼻を鳴らして辺りの匂いを嗅ぎ分けた。

 レイピアに手をかけて匂いの方角と現在の風向きを確認する。


「まあそう簡単にはいかないようです。どうも納得出来ませんがね……」

「あら、どうしたんですか? あっ、わたしもしかして……、わ、私……おかしな臭いとかしてますかっ?!」


 違いますよ。そう告げようにもわたしたちの会話に割り込むヤツが現れた。

 森の中、どこからともなく男のだみ声が響いてきた。


「驚いた……もしかして、もしかしてぇ、君ぃ……、あのベレトートルートかぁー? 魔軍を裏切って、処刑されたっていうあの、死なねぇ猫じゃねぇ~?」


 いえ別に不死身なんかじゃありませんが。

 しかしはてさて、これはどういうことでしょうか。ソイツは先ほどのサラサール王子からしたものと、同じ匂いを放っています。あれよりもっと強烈なものを。


「ああ、なるほど……」


 そこまできてやっと気づいた。

 この生臭い匂いがある種の魔族が放つ特殊なものであることに。


「なぁそうだろ、そうだと言えよおいー?」

「あいにく人違いです、わたしはこちらのクークルスをいたく気に入って、お嫁にしようと誘拐しただけのただのスケベ魔族です」

「ひぇっ、す、すす、スケベなことをわたしにっ、するおつもりだったのですかっ?! そ、そんな、そんなの心の準備が……っ」


 真に受けてクークルスがわたしから遠ざかった。

 それがどうも面白かったのか、刺客がゲロゲロと特徴的な笑い声を上げる。


「……それより姿を現したらどうですか、サラサールに命じられて追って来たのでしょう?」

「おっと、それもそうだ、そうしようねぇ」


 すると正面奥の樹木よりドサリと何かが降った。

 わたしの想像通りの姿だった。それはカエルの性質を持った少し珍しい魔族、フロッガーと呼ばれる種です。

 あえて平坦に言い直そう。追撃者カエル男がわたしたちの前に現れた。



 ●○(ΦωΦ)○●



「きゃぁぁーっっ?! かっかかっ、カエルはイヤァァァァァーッッ!!」


 フロッガーの緑色の皮膚が茜色の日差しにテカテカと光っていた。

 金色の眼孔がギョロギョロと動き回り、嬉しそうにシスター・クークルスの悲鳴に笑う。


「何でそう思うの、根拠はなにさ君ぃ~? あ、新嫁さんはフロッガー苦手? 大丈夫? ゲロロロロロ、見た目で人を判断しちゃダメでしょぉ~」


 それは軽薄なカエル野郎でした。

 追撃は一見おもしろ半分、それと結構なおしゃべりさんにも見えます。


「サラサールから貴方の臭いがしたからですよ。だから付き合いがあるのだろうなと、そう推理したまでです。……まさか魔族が人間の下僕に成り下がっているとは思いませんでしたが」


 試しに挑発してみましたが乗ってきませんでした。短気ではないようです。

 それがどうしたと平気そうにゲロゲロ喉を鳴らして、良く動く目でわたしを観察している。

 ベレトートルートその人であるかどうか、まだ疑っているのでしょうか。


「正解~♪ 俺はよ~、正統派から派遣されたロッグだよ。ま、サラサールの悪趣味に付き合わされてる、かわいそうなカエルちゃんさぁ~」

「まあ、それはかわいそう……ひ、ひぇっ、こっち見るときは見ると事前に言って下さいっ……!」


 緑髪美しいシスターが自分より小柄なネコヒトの後ろに逃げ込みました。

 正しい判断です、このカエル野郎、どことなくヤバい匂いがします。


「傷つくなぁ……まあいいけどね、どうせ、最期は肉になる女(・・・・・)だし」

「フフフ……肉ですって? あなた、今さらっととんでもないことを言いませんでしたか?」


 わたしの予想は当たっていた、このアマガエルみたいな緑のやつはお喋り野郎です。

 質問に機嫌を良くして喉を鳴らし、自分が肉扱いした女に凝視を向けた。


「知りたい? じゃあ教えてあげるよぉー、サラサールがそう言ってたんだ、クークルスは、新しい肉だってね、ゲロロロロ……♪」


いつも誤字報告ありがとうございます。

おかげさまで600ブックマークいただけました、これからもじっくり続けてまいりますのでご愛顧下さいませ。

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