8-4 予定にない、ネコとの刺激的なハネムーン(挿絵あり
下剤の効果は強烈でした。
「なぜだかわかりませんが、皆さんあっさり通して下さいましたね……」
「そうですね。きっとわたしたちを誤解して、この門出を祝福してくれたのでしょう」
遅効性とは聞いていましたが、それは戦闘不能と言っていいくらいの酷い惨劇です。具体的なビジュアル描写を避けたいくらいに。
そのお腹の痛い聖堂騎士と従者たちを素通りして、わたしはシスター・クークルスを予定通りの地下水道に連れ込むことに成功しておりました。
「誤解……? あっああっ、これって、そ、そんなふうに映るものなのですか?!」
「ウェディングドレスの乙女と、その誘拐者。どっからどう見ても略奪婚の始まりですね、フフフ……」
一度シスター・クークルスを下ろして、わたしは一緒に水路を歩きながら心拍を回復させていました。
地下水路を使ってレゥム市郊外を出たとしても、昼間のギガスライン、しかも警備状態にある場所を抜けるのはさすがに困難です。足も付くので出来れば強行突破は避けたい。
「私……やっぱり戻った方がいいのでは……」
「止めた方がいいですよ、様々な人々の目論見も崩れますし、それに、勘違いでなければあの臭いは……」
式場で妙な匂いがしたことを思い出しました。
それはあのサラサールから香っていた。
あれは人のものでない、サラサール本人は人間だったが、ヤツからあるはずのない臭いがしていた。
あの王子は良くない連中と付き合っている可能性がある……。
「でも、サラサール様との結婚から逃げれば、やっぱりご迷惑が……」
地下水道には木の葉や土、生活で生じるゴミなども流れていたが、汚水と呼ぶほど汚れてはいない。
どうやらこれは上流、生活用水を街へ運ぶものらしい、糞尿まみれの逃避行は避けられたようでした。
「はい、それを計算した上で、式典のあのクライマックスを狙いました」
「え、えええっ……じゃ、み、見てたんですか全部っ?!」
「いえ残念ながらわたしは屋根におりました。ともかくこれでサラサール王子と、現司祭一派の顔がつぶれる形となり都合が良いそうで。おまけに魔族に誘拐されたとあってはただの不幸、あなたの周りの者に累が及ぶこともない、ちゃんと計算した上での作戦なのです」
魔族に矛先が向く可能性もありますけど、今の平和ボケした体制を変えてくれると、穏健派寄りとするとむしろ助かります。
「も、もしかしてエレクトラムさん……わ、私のことを、女性として愛しておられたのですか?! ああ、知りませんでした、そうとも知らず私、期待させるようなことをたくさんしてしまったような……ああですがっ、貴方のようなモフモフっとした方も、こうして今となってはなかなかそれも……っ!」
「何を勘違いしてるんですか……、シスター・クークルスは意外と妄想力が豊かですね」
そうそうこういう人でした。
もふもふっとした物に目がない人です。その趣味が悪化しかけているような――事実からは目を積極的にそらしたい。
「あら……? 違うのですか? ならなぜ私なんかを、わざわざ……」
「あなたがわたしたちの恩人だからです。それに……あなたのような人をわたしの娘に紹介したい、ずっとそう思っておりました」
クークルスはドレスが汚れないようにとすそをまくって歩いていました。
普段の彼女はあの修道服姿ですので、若い者が見たら興奮されるでしょう。ああ、美しいおみ足です。
「そ、それはつまり……っ、女性として私を愛しているということでは……っ?! う、ううっ、娘を紹介だなんて、それこそ心の準備が……」
「違います」
「えっ……。なんだ、そうですか……。残念……」
期待を込めてクークルスが、わたしにひかえめな目線を向けてきています。
昔、聞いたことがあります。女性はドラマチックな展開に弱い、男女は死に瀕した危険な状況に身を置くと、互いに惹かれあうものなのだと。
ちなみにわたしは悪運の強さのたまものか、窮地そのものに慣れてしまっておりました。
「まあまあ、先の話は生き延びてギガスラインを越えてから考えましょう」
「それもそうですね……さらわれたからには、しっかり誘拐を完遂していただかないと、物事が締まりませんものね!」
「ええまあ……」
マイペースで変わった人です。
長い長い地下水路が直線に変わると、ようやく水路の出口が進路方向に白くまぶしく現れました。
待ち伏せを警戒しながら出口にたどりつく。約束通り施錠が解かれており、タルトからの餞別なのか、包みがそこに置かれていた。
開封するとそれは土色のローブ2着です。犯行を行ったその姿では目立つので、着替えて夜までどこかに潜伏しろということだった。
「行きますよ、追っ手が付く前に。……まずは南に行きましょう」
「南、ですか……? だけど本当に私、自由になっても良いのでしょうか? いっそ、愛しているので私を強引に奪ったと言って下さったら……覚悟も決まる気がします……。ふふ♪」
女性というのは略奪婚に憧れるものなのですか?
まあ相手が相手でしたし、なかなか我ながら鮮烈なショーにはなったと自負しておりますが。
それはそうとなんだか、わたしの知るシスター・クークルスが遠くなった気がしました……。
「言ってませんでしたか? わたしは、齢300年のお爺ちゃんです、さっきのサラサールよりあり得ませんよ。とにかく南へ、辺境に向かいましょう」
「わかりました、一生お供します、エレクトラムさん♪」
「では失礼、先を急ぎたいのでご容赦を」
「むしろそのモフモフに抱き上げられるなんて、感動です! まるで子供に読み聞かせてあげる絵本の世界みたいで、夢にあふれていると思います!」
アンチグラビティを再発動させ、シスター・クークルスを抱き上げました。
それからネコヒトは南へ、文字通り大地の果てなる土地を目指して草原地帯を駆け抜ける。
しばらくすると草原は森となり、けして管理されることのない森林地帯へとわたしたちは潜り込んでいった。
●◎(ΦωΦ)◎●
一方、その頃パティアは――
「ねーねー、うしおねーたん」
陶器を焼き終わり、今日も美味しいホーリックスの昼食を食べ、それから広場の余ったスペースで剣術の手ほどきを受けていたそうです。
「ねこたん、けっこん、じゃましに、いったんだよなー?」
「おう、ソイツが悪い旦那さんでなー、俺よか歳食ってるくせに、嫁さん40人近くいるんだわ」
バーニィとも一緒に。
よってパティアは短剣術を贅沢にも、わたしたち3人それぞれから教わっていることになります。
「桁が多すぎると、嫌悪感を通り越して理解不能だ……バカかソイツは……」
はい、すっごいバカでクズでうるさい人でした。
「んんー……じゃあ、ねこたんはー、けっこん、したことあるのかー?」
「え……っ」
思わぬ質問が長い沈黙を呼んだと、後でリックが言っていました。
わたしはついつい不在の間のパティアの様子を、彼らに事細かに詳しく聞いてしまうところがあるようです。
「そこんところどうなんだ、ホーリックスちゃん? なんか気になるところではあるな……300年生きてりゃ、子供くらいいてもおかしくねぇしなぁ? いや気になる、メチャクチャ気になるだろそれっ!」
「バニーたんもわかってくれるかー! だよなー、ねこたんのかこを、パティアはあばきたい……ねこたん、ひみつすきだ……」
2人の目線がリックに集中したそうです。
どちらも好んで胸を見るので勘弁して欲しい、特にバーニィ。と言っておりました。
「いや、それが……よくわからない……。そういった話は聞いたこともないよ、教官は生ける魔界の七不思議だから……」
「だけどまさか童貞なんてことたぁねぇだろー?」
「ど、どてー? バニーたん、なんだそれー? パティアに、わかるようにせつめいして!」
バニーは不注意な発言が多すぎる。そうともリックがグチをこぼしていました。
「いや、すまん……どてーというのはな、パティ公……あー、そのー、いわゆる、あれだ。子供を残したことがない――」
きっと冗談でしょうけど、軽い殺意も抱いたと。
「黙れ……」
「ま、待て待て待て待て俺が悪かったっ、こっちに武器を向けないでくれよ、魔軍の斬り込み隊長さんよぉぉっ?!」
「パティア、そこで見ているといい。剣を持てバニー! パティアに試合を見せてやるとしよう……」
「うわっ、おっさん勝てる気しねぇわ……マジでやんのかよホーリックスちゃん?!」
「かくごをきめろ……バニーたん。パティアにー、おてほん、みせてー。ゆけー、バニーたんならやれるー!」
……まあそんなことがあったそうですよ。
ああはい、わかってましたがボコボコにされたらしいです。さっきと同じ言葉を繰り返しますが、相手が相手ですので。
ちなみにわたしは、子供がいないという意味では、どてーです。




