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8-2 ネコヒトは結婚式をぶち壊しにする予定のようです

 白い仮面とローブを付けて、大聖堂の裏門から敷地へと入りました。

 タルトは約束通り朝方に帰ってきまして、こうして怪しいわたしをエスコートしてくれたのです。


 裏口からこっそりと大聖堂に入り、警備をやり過ごし、案内されるがままにその屋根裏部屋に登りました。

 クシャミが出かけるくらい埃っぽい部屋でした。金銀の彫像や、華やかなステンドグラスがちりばめられた下の世界からは想像も付かない、聖堂の舞台裏です。


 その屋根裏に、1人の老いた聖職者がわたしを待っていた。

 たくさんの白髪と、倹約家を連想させる痩身が特徴的な男でした。


「こちら、副司祭のホルルト。で、こっちが――エレクトラム・ベル」


 タルトの言葉に合わせて、わたしはフードの下のものを副司祭に見せました。

 タルトが紹介する以上は信頼できる相手、そう見なしたのです。


 ホルルト副司祭はわたしの姿に驚くも、社交的にそれを微笑みで塗り替えていきました。


「ネコヒト、ほぼ全てが魔界穏健派に属する穏やかな種族、人間に対して理解的とも聞いていましたが……実物を見るのは初めてです。初めましてエレクトラムさん、わたしはこの聖堂の副司祭ホルルトと申します」

「わたしも司祭クラスと接触するのはだいぶ久々ですよ。エレクトラム・ベルです、よろしくお願いします、ホルルトさん」


 副司祭の握手に応じてわたしも社交用の笑顔を向けました。

 わたしのふかふかでプニプニの手が気に入ったのか、彼はなかなか握手を離してはくれません。


「じゃ、時間も限られてるし話を進めるからね。副司祭は今回、あたいらに全面的な協力をしてくれるそうだよ。まあバレない範囲で、って付くけどさ」

「先日はご両名に迷惑をおかけしました、平にお詫び申し上げます……。まさかあそこまで彼らが愚かだったとは……」


 わたしに言わせれば、副司祭は失脚するタイプの男でした。

 これが演技でなければ善人、この手合いが権力を握ることなどそうそうなかったのです。


「先日……それはいつの話でしょうか? いえ、愚かといえば、もしかしてそれは……」

「蒼化病患者を、貴方が守って下さったと聞いております。魔族でありながら同胞を守って下さった方、そんな貴方を私は信頼することに決めました」


 あれは聖堂の総意ではないそうです、一部の独断行動だと彼は言いたいらしい。

 たとえ9割がまともでも、残りの1割が腐っていてはどうしようもないのが組織です。その善良な方に謝られても困りました。


「実は、現司祭と私は上手く行っておりません。私も今回の婚姻は、神に仕える者クークルスを、生け贄に捧げるようなことは止めるべきだと、司祭に意見したのです……」

「要するに権力争いさね。今回の婚姻が失敗してくれると、現司祭の責任問題になるのさ。魔族に王族の嫁をさらわれた間抜け野郎にね、なってくれるんだよ」


「恐縮です」


 ホルルト副司祭は否定しなかった。

 控えめにうなづいて己の打算を認める。これから始まるわたしエレクトラム・ベルの犯行を利用したいのだと。


「それにしたって、なかなかリスクの高い賭けに手を出しましたね。発覚すればあなただってタダでは済みませんよ」

「わかっております……。ネコヒト・エレクトラムさん、どうかクークルスを助けてやって下さい、できれば患者たちもどうか、安全な世界に……」


 悪くない、もし現司祭が失脚したら彼が次の司祭候補です。

 このコネクションにより、レゥムの街で今後わたしが動きやすくなる。


「見取り図を見せて下さいますか」


 言われた通りにわたしは要求のものを取り出して、付近にあった木箱の上にそれを広げました。

 増改築され続けた大きな建物なので、かなり複雑な構造です。


「もう覚えたのでこれはお返しします。もし紛失すれば内通者がいた証拠になってしまいますしね」

「ご配慮助かります。さて……ここの警備担当は聖堂騎士団の担当です、彼らの食事に遅効性の下剤を仕込んでおきました。このルートを使うと良いでしょう」


 副司祭の痩せた指が西への退路をなぞる。

 もうタルトとの間で話が付いているらしい、赤毛の女がそこに割り込んだ。


「ここに地下水道があるよ、出口側の鍵はあたいらで開けておく、そこを抜けたらレゥム市の外だ、そっから後はそっちで何とかしな……言っとくけどね、捕まったら容赦しないよ」


 市街を花嫁を抱いて抜けるのでは目立ちすぎます。聖騎士らも厄介です、最適の判断でした。


「至れり尽くせり、タルト、あなたを頼って正解でしたよ。ところで誘拐のタイミングに希望はありますか?」

「それなのですが、エレクトラムさんは強力なスリープの術が使えるそうですね?」


「はい、犯罪レベルにけた外れのやつが使えますよ。魔力ではなくわたしの眠気を消費する特殊仕様ですので、その気になれば何発でも撃てるでしょう。試したことはありませんが」


 そうしたら、しばらくわたしは寝れなくなってしまうのでしょうか。

 睡眠という喜びが遠ざかるとなると、わたしはその間何をして過ごせばいいのだろうか。ネコヒトには哲学の域です。


「私どもは、サラサール王子と現司祭の顔を潰したい。そこで誓いの口づけ、この式のクライマックスを狙っての襲撃をお願いしたい、出来るだけ派手にやって下さると……」

「フフフ……よっぽど両者に鬱憤がたまっているようですね。了解しました、ならばここのステンドグラスを外側からぶち破り、身軽なわたしが天より降下、護衛を術で無効化し、サラサールを制圧したところでクークルスを連れ去る――というのはどうでしょう」


 婚姻が成立するその直前で奪ってやれば、王子が大恥をかくことになります。

 もしクークルスが頑固に抵抗したら寝かしてしまいましょう。


「ステンドグラスをぶち破るだって?! あははっ、最高じゃないか! 夜逃げ家業をサボって正解だったよ! ホルルトさん、後で顛末を聞かせてくんなよっ」

「ええ、問題ありますが、問題ありません。ふふふ……失礼、聖職者の仮面を今だけ外して言わせてもらいますと、いいざまです、あんな男が次期国王だなんてあり得ない、加減無しでお願いします、エレクトラムさん」


 このくらいの作戦、魔軍のムチャクチャなミッションと比較すれば何のことはありません。

 やってみせましょうとも、恩人をさらい、悪党のメンツを叩き潰してあげますよ。


 ……どうかわたしをお守り下さい魔王様、あなたが消えてしまったこのクソッタレな世界に生きる、このわたしを。



 ・



 その頃、パティアは――

 どうも朝から暖炉の前にしゃがみこんでいたそうです。

 昼食の仕込みをしておこうと、そこにリックがやってきました。


「驚いた、パティアか。そんなところで、何してるの……?」

「あ、うしおねーたんだー! うんっ、あのねー、おにんぎょう、やいてるー♪」


「え……っ?!!」


 パティアの事情はバーニィから聞いていたらしい。

 だから心が病みだしたのではないかと、心配性のリックは思ってしまったそうだ。


「パティアがつくったー、おにんぎょう、こどもたちきたらね、あげるんだー。ねこたんがね、おみやげくれるとうれしい。だからなー、おにんぎょうあげたらなー、なかよくなれるとおもうんだー」


 人形は人形でも、それはメギドフレイムの超高温で焼いた陶器の人形のことです。

 彼女の操る不滅の業火は、炎を利用した生産活動にも有用でした。


「あ、ああ、土を焼いた人形か……はぁ、驚いた……。それなら今のうちに、食器も作っておいてあげないとね」

「あ、それもそうだなー! うしおねーたんかしこいな、それいいかんがえだ。んー……でも、ねこたん、はやくかえってくるといいなー……。まだかなー……」


「教官なら大丈夫だよ。教官の悪運は絶対だ、無茶な任務を命じても、どういうわけか必ず戻ってくる、それが教官だ。……それ終わったら、粘土、集めに行こうか」

「うんっ、じゃあおねーたんにはー、かっこいいっ、ばにーたんにんぎょう、つくったげるー!」


「……ごめん、それはいらないかも」

「そうか……よく、かんがえたら……パティアもそんなに、いらないかもー……」


 この話はバーニィには黙っておきましょう。

 いつかリックが本気でバーニィ人形を欲しがる日まで。来るかどうかは知りませんけどね。


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